第11話 碧


 雫は患者の口元に落ち、口の中へと吸い込まれていく。

 侵入を感じた体は口を閉じ、ゴクリと大きく喉を鳴らした。


 だからといって何が変わるでもない。

 まだ何かするのかと思いきや、口元を拭ってみているだけ。

 辛そうな表情のまま、患者は瞼を閉じてしまった。

 呼吸は浅く、顔色は悪い。

 彼女はそれを知ってか知らずか、膝を立て、次の患者の元へと歩き出す。



「おい……大丈夫か?」

「そうですねぇ。半刻経ったらまた様子を見てあげてください」

「半刻って……」



 半刻経ったら何だというのか。

 小声での会話も、立ってこそこそ話している様子も、看病人たちからは不信の塊だろう。

 短い会話で終わらせると、彼女は最初と同様の行動をした。

 声をかけて、口を開けさせ、血のようには思えないものを垂らす。

 それを蔵の中の患者全てに行った。

 全員をゆっくり丁寧に回り切ったところで、最初の患者のもとに戻ってきた。



「お加減はいかがですか?」

「……なんか……」



 !

 喋れるのか!?



「なんとなく、楽になった……かも?」



 わぁ、と声が上がる。

 ずっと見守り続けていた看病人たちの嬉しい悲鳴だ。

 患者が喋ったことに驚いたのは俺だけではない。

 息を潜めていた看病人たちも、喋れるまでに回復したことを驚いていた。

 この、たった半刻での、回復だった。



「本当に……本当に治ったのか!?」

「ああ、よかった……!」

「俺の子は!? 大丈夫か!?」

「おとうさん……のど、かわいた」



 看病人たちが駆け上がり、我が子の元へと向かっていく。

 喋れるまでに回復した患者もいれば、まだ辛そうな子もいる。

 それでも表情は明らかに違っていた。

 回復の兆しがある。

 たったそれだけの事実が、暗い雲から光がさしたように期待を膨らませた。



「お医者様」

「あ、ああ」

「こちらへ」



 彼女は俺の腕を引き、蔵を後にした。

 回復を喜ぶ村人たちは俺たちを気にするでもなかった。

 俺たちが寝泊まりしたところに戻ってくると、彼女は框へ座って手を差し出す。



「止血を、お願いできますか?」



 なんだ、そんなことか。

 そう思ったのは否定しない。

 だから、その手を見る時。

 油断していた。



「……碧」



 青とも緑とも断定できない、中間の色味。

 それが、彼女の手の傷口から流れていた。

 血のように流れ、けれど血ではない色。

 この女は人間のように見えて、もしや人間ではないのだろうか。



「わたくしは人間でございます」

「……わかったか?」

「ええ、お顔に書いてあります。少し変わった人間、というだけですよ、わたくしは。あ、お薬は塗らないでください。嫌いなんです」



 念入りに重ねて、主張する。

 血が碧い人間がいるものか、と言いたくなる。

 言葉を飲み込んで、血を拭き、布で縛った。


 手を離してやれば、濁って開いてを繰り返す。

 屈託のない顔で「ありがとうございます」と言った。



「教えてくれないか?」

「何をですか?」

「その血と、どうやって治したのかを」



 雨の日しか病が流行らない、季節性。

 それが噂が広がるほどの長期間繰り返されている。

 近年は商人はこの街へは寄らない。

 つまり買ったもので不調を起こしているのではない。

 また、この土地の作物も、雨によって育っていない。

 環境的な要因か?

 村として変わっているところはない。

 けれど、この村ならではの特徴がある。

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