第10話 解毒
―――――……
「 い ま」
「ん」
「おいしゃ ま」
「んぅ」
「お医者様」
「……はっ、つぅ」
寝すぎた!?
勢いよく頭を上げた瞬間、首筋に痛みが走った。
嫌な寝覚めだ。
「いって……」
「ふふ」
「……あ、起きたのか」
「ええ。お医者様も、おはようございます」
目の前には、特に何ら変わりのない彼女。
あんなにも
なんか、寝る前の記憶が……。
「ああ、汗をかいてしまいました。はやく水浴びがしたい」
「汗……?」
「あら、お医者様、随分眠ってしまったのですね」
「どういうことだ?」
「わたくしがあんなにも
「え? あ、すまん……?」
「……ふふ、冗談です。
表情をころころと変え、楽しそうにしている。
なんだ、なんなのだ。
俺が眠ってしまっている間に、何かあったのか?
湧き出る疑問を聞こうと手を伸ばした。
けれど、彼女は軽やかな足取りで上がり框を下り、戸の前で振り向いた。
「さあ、参りましょう。患者様がお待ちですよ、お医者様」
開けられた戸の向こう側は、雲が晴れ、日が登り始めていた。
―――――……
頭が追い付かないまま、彼女を患者のいる蔵まで導く。
地面は濡れ切って、水溜りのほうがむしろ多い。
俺は濡れていないところを選んで歩くが、彼女は水たまりを選んで敢えて飛び越えている。
まるで無邪気な子どものようだ。
だからこそ、不安になる。
蔵を目の前にして、不安はついに垂れ流されてしまう。
「どう、するんだ?」
「はい?」
「どうやって治すつもりなんだ?」
それを聞かないことにはこの蔵の中には入れない。
医者が逃げかけて、治るかもしれないと言われて、村人たちの期待は一までで一番大きいだろう。
これで「やっぱり駄目でした」は……生贄や食料どころか、惨殺されてもおかしくはないと思う。
不安な俺に対し、彼女はすっきりした表情で笑いながら口を開く。
「なにも。ただ、患者様方にはお薬を飲んでもらうだけです」
「薬なんてどこにも……まさか
「そうでございます。もしそれが効けば御の字。効かなければ、お医者様とわたくし、仲良くこの世からさようならいたしましょう?」
「はっ……笑えないな」
全く笑えない。
けれど、どこかに薬があるという。
俺の頭はまだ疲れて眠っているのだろう。
答えを貰ったことで満足してしまった。
もう、どうとでもなれと思っている。
戸に手をかけた。
「待たせた。これから薬を配る」
後光とともに言い放ち、村人は目に光を宿す。
「患者様はそのまま寝かせてあげてくださいまし。看病人の方は、申し訳ございませんが、扉側か壁側に寄っていてください」
彼女の一言で、看病人は扉側へ即座に移動した。
助けたいと思う一方、逃げ道が亡くなったことも理解する。
彼女は何も気にしていないのだろう。
薄っすらと笑みを浮かべたまま、一番近くにいた患者の枕元へ腰を下ろす。
「お辛いでしょう。もう少しの辛抱です」
患者は薄く目を開けた。
まだ幼い子どもだ。
栄養が足りていない。
この子こそ、治ってもその後の体力が持たないかもしれない。
どうにかしなければ。
彼女は懐から何かを取り出した。
――小刀だ。
「……!?」
俺の体が揺れた瞬間。
彼女は口に指を立て、俺を見る。
しー、と、微かに聞こえた音。
鞘から出して何をするのか、俺の予想と反してくれることだけを願う。
そして、それは見事に打ち砕かれた。
彼女は自分の掌を、切り裂いた。
「ん」
表情は一片も変えることなく。
小刀を器用に鞘へしまい、さらに胸元へ潜める。
何の変哲もない顔のまま、片手は血に染まる。
血……だよな?
なぜか、赤くはないなにかに見える。
「口を開けられますか?」
患者に問う。
微かに、ゆっくり開かれていく。
満足げに頷いた彼女は、滴る何かを片手で受け止めながら、その手を口に寄せる。
看病人からは袖で手元が見えないように隠している。
側から見れば手元から何かを垂らしているようにしか見えないだろう。
まさか、それが彼女の血液だとは思うまい。
そして、得体のしれない血であるはずの何かを、患者の口に垂らした。
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