第6話 治せない医者の守り方

 足りていないのなら、追加するしかない。

 頼れる相手を。

 確かな技術と知識と経験を持つ相手を。

 そのためには、行かなければならない。

 そのうちに何人かが死んでしまうとしても。

 俺がただこの村にいるだけでは、全員が死んでしまうかもしれない。

 俺が街に向かって薬を持ってこれれば、この場の何人かは助かるかもしれない。

 どっちがいいかなんて……明確だろう。



「すまない。これが……最善なんだ」

「そん、なぁ……」

「すまない……行ってくる」

「いやぁぁああああぁぁぁぁぁ!!!」



 逃げるように。

 決してそういうわけではないのだけど。

 まるで逃げているように、蔵を飛び出した。


 行く先は村の入り口、ではない。

 直前までいた場所だ。



「おい!」

「ふぃ……?」

「起きろ! お前、村を出ろ!」

「なんですか……?」



 のんびり寝ていた女を叩き起こし、女の荷物を押し付ける。

 一応怪我人ということは覚えていたので、足に配慮しながら立たせた。

 一考に自分では歩こうとしない様子に苛立ちつつも、なんとかこの女を逃がさなければならない。

 体を屈めて、彼女の耳にくっついてしまうほど口を寄せる。



「さっき耳に挟んだ話だが」

「はい?」

「「手負いの女を川へ」、と」

「あらあら……生贄、ということでしょうか」

「だろう。察しが良くて助かる。わかったらさっさと行くんだ」

「お医者様は?」

「俺は……」



『男は食料に』

 頭の中で反響する。

 もちろん俺も、何をされるかわからない。

 言葉的に碌な目には合わないだろう。

 彼女を逃がそうとしている時点で、この村の人間からは反発を買うに違いない。


 でも。

 それでも。




「俺は人を助けたい」




 ただ、それだけだ。



「患者も。看病人も。もちろんお前も。俺は皆を助けたいんだ」

「……」

「だから、早く。入り口からは出るな。村人が張っているかもしれない。反対側から出るんだ」


「その必要はありませんよ、先生」

「っ!?」



 この場の扉には、誰もいない。

 けれど壁の外側から、影が見え、その姿が見える。



「村長……」

「やはり聞かれていましたね」

「くそ……」



 この場の出入り口は一つしかない。

 底に村長が仁王立ちしている。

 村長をどうにか切り抜けたとしても、その後ろにはまだいるだろう。

 いくら弱っているとはいえ、多勢に無勢。

 彼女は足を怪我している。

 なにより、状況を鑑みたとしても、俺がこの人たちを傷つけることは……。



「頼む。彼女は見逃してやってくれ」

「あら」

「ほう」



 こうするしか、ない。



「ここにいろと言うのならいる。俺だけの力で最善を尽くす。それで納得がいかなければ好きなようにしていい。けれど、彼女は全くの部外者だ。帰してやってくれ」



 框から降りる。

 膝をついて。

 両手をついて。

 頭をこすりつけて。



「……この通りだ」



 自分ができる、最大限の頼み方。

 頭に血が登っているはずなのに、表面はいたく冷たい。

 湿っていく感触。



「お医者様……」

「先生。頭を上げてください」



 これは返答ではない。

 了承ではない。

 ならば、まだ上げることはできない。



「先生……」

「お願いだ」



 目の前の男も、俺自身も、何も、揺らがない。



「そこまでされても、村の方針は変わりません」

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