第7話 可能性

 冷たい。

 冷たい。

 音が落ちてくる。



「我々も、生きるのに必死なのです。食べ物がない中で生きるにはどうしたらよいか、ギリギリまで粘ったんです。行商人はここを通り過ぎる。買いに行こうにも雨の中行って帰ってくるのは、貧しい我々には命懸けだ。近くを通る人に声をかけようも、病を移されてはかなわないと石を投げられた」

「……お辛いですね」

「ああ。辛い。旅の女よ、そなたならばどうする?」

「身近にとれる野草を食べるか、食べれる肉を探します」

「そうだ」

「この雨です。山に入るのは危険。獣も身を潜めていることでしょう。ならば、待ち伏せるしかない」

「……そうだ」



 だから。

 だからというのか。




「噂を知らぬ阿呆な客を、食料もしくは日照りの生贄としたのですね」




 村が生き延びるために。



「そうするしか、ほかに手段はありませんでした」

「個人的興味でお伺いしますが、最近お召しになられたのはいつですか?」

「……七日程前ですね」

「もう、限界でしょう」

「ええ。限界です」



 淡々と。

 誰かの何かの雑談が聞こえて来る。

 同じ人間だ。

 けれど、それがなんだ。

 極限状態では、獣も、虫も、共食いなんて普通にあるだろう。

 魚ならば同じ魚を食うし。

 虫なら同じ虫を食うし。

 動物も、同じ動物を食う。

 それと同じ。

 人間が人間を食うだけ。



「村人たちの命が懸かっているのです。何卒なにとぞ



 何も違わない。

 何も変わらない。

 何も、不思議なことではない。



「生贄、ですか」

「最大限配慮させていただきます」

「ああ、いえ。怖くはありませんのよ。けど、ねぇ……」

「何か?」

「うーーーん……」



 何故だかのんきな声。

 今は地面しか視界に入らないが、あの女はなぜこうも悠長なのだ。



「提案があります」

「なんですかな?」

「この村の病。もしかしたら、治せるかもしれません」

「……」

「……は?」



 聞こえていたのに、反応が遅れた。

 そして間抜けな声を出した。

 頭を上げて振り向いた先の女は、布団の上で慎ましくただただ立っていた。



「あ、貴方も、医者なので?」

「いいえ、わたくしはお医者様ではありません。けれど、特技があります。まあ、確実ではありません。治せる可能性があるというだけです」

「詳しくお話を」

「詳しくお話はできません」

「……でまかせ」

「でもありません。わたくしは、本当のことを申しております」



 そう言って、彼女は目を閉じる。



「貴方方が命を賭しているのでしたら、わたくしも、命を賭けましょう」



 俺にしたのと同じように、瞳を伏した。

 敵対の意思がないように。

 油断している。

『貴方に敵意も不利益もない』と。

 情報を遮断することで。

 自分を不利な状況にして。



「すぐにはできません。今から準備したとして、丸一日半、かかります」

「一日半でできるのですか」

「ええ。なのでその間、お医者様には患者様の御命をなんとか繋いでください。村長さんは、村の方々に声をかけて、この花を摘んできてください」

「それは……」

「綺麗に沢山咲いていますよね、繍球花しゅうきゅうか。それぞれの木から何本か、花と葉がついたものを茎から切って持ってきてくださいな」



 女は人当たりの良い笑顔で、村長に頼みごとをする。

 ただし、その目は、笑顔とは程遠い色をしていた。

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