第3話 一時しのぎ
「お、おい!」
ゆっくり。
跳ねた雨や泥が、白い足に飛ぶ。
色のコントラストが眩しい。
白と茶色と……赤。
「え?」
「蛇に噛まれてしまいまして」
「へび!?」
「ええ。なので、歩き回りたくないんです」
何ともなさそうな顔で、淡々と話す彼女。
服を離せばどこもおかしそうではない風貌。
いや、彼女という存在は、この場では異質なほどの妖艶な佇まいなのだが。
「よろしければ、ここに泊めてくださいませんか?」
再度、問われる。
手負いと知ってしまえば、「どこか別の場所へ行け」とは言いにくい。
「……聞いてくるから、ここで待っててくれ」
返事は待たずに身を翻した。
何故だか、一刻も早く離れたかったのだ。
重いはずの足を無理に動かして。
ここにしかない人気のある場所に戻ってきた。
「先生!」
「戻ってきた!」
「先生原因は!? うちの子は!?」
扉を開けた瞬間に寄ってきた看病人。
最初の頃とは違った反応。
藁にもすがる思いなのだろう。
「すまないが、原因はまだわからない」
「そんな……」
「それと、実は」
「お邪魔します」
鈴のような声が、空間を支配した。
一斉に後ろを見れば、やはり、彼女。
朱の傘をさし、手には花。
雨音に足音を隠し、真後ろに佇んでいた。
「え……」
「女……?」
「旅の者でございます。どうか、この村に一泊させていただけないかと思いまして」
待っていろと言ったのに。
見た目は美人で、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべている彼女。
村人たちはもちろん怪しんでいる。
人の立ち寄らない村のはずが、今日だけで二人も来たのだ。
そして、美人なのにどこか妖しさを持つ彼女が来た。
女性の一人旅というのもまた、どこからともなく怪しさがある。
「か、彼女は、怪我をしていて」
「怪我?」
「うわっ」
また。
彼女は徐に裾をたくし上げる。
それに慄く村人たち。
からの。
「どうか、泊めていただけませんか?」
彼女の、一押し。
村人は頷くほかなかった。
そのタイミングで、彼女の後ろから、また人影が。
「でしたら、宿に案内しましょう」
「……あら嬉しい」
か細く小柄な彼女の二回りもありそうな体格。
それでも、この村だ。
恐らくは作物が十分ならばもっと大きかったのだろう。
それでも、彼女からしたら大男と思えていそうな体格差。
「申し訳ないが、お二人とも一緒の場でよろしいかな?」
「えっ」
「わたくしは構いません」
「えぇっ」
「泊めてもらう身で贅沢は言いませんわ」
「……俺も構わない」
「では、ご案内いたしましょう。こちらへ」
大男は俺と彼女を連れ、蔵から離れたおよそ綺麗とは言えない家に案内した。
荷物を置いて、布団をひいたらいっぱいな程度の四畳半。
初対面とはいえ、いきなり二人きりというのは些か緊張する。
「こちらでよろしくお願いいたします」
「ありがとうございます」
早々に彼女は腰を下ろす。
相当辛かったのか、怪我をしている足を擦っている。
「ありがとう……貴方は、この村の長ですか?」
「いかにも。先生。この場でお聞きしたい」
「……患者のことですね」
「はい。先生の見立ては、いかがなものでしょうか」
「正直、なんとも……」
「そうですか」
重い空気が流れる。
力になれないことが一番悔しい。
拳に力が入る。
そんなことをしても意味がないのに。
それしかできない。
「先生の出してくれた吐き気止めは良く効いたようですよ」
「それはよかった」
それだけでも、良かった。
少しでも患者が安楽になったのなら……。
「また診てください」
そう言い残し、村長はその場を跡にした。
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