2. テスト勉強と佐伯さん
窓の外は曇り空から雨に変わろうとしていた。私の隣では佐伯さんがココアを飲み終えて、ぼーっと天井を見つめている。教室では授業が進んでいるのだろうか。多少の後ろめたさ感じながら私も天井を見つめる。保健室の中は、先生が何かを書く音だけが響いているだけで、とても静かだ。
佐伯さんとの最初の出会いを思い出していると、彼女がぽつりと呟いた。
「最近暑くなったね。」
季節は六月。雨が降る日も多く、ここ最近はじめじめとしている。
「そうだね。テストももうすぐだし、本当に憂鬱だよー。」
「テストか……」
「佐伯さんはテストいつもここで受けているの?」
「うん。でも授業にあまり出れていないから、あまり成績はよくないんだ。」
病弱である佐伯さんは、学校で過ごすほとんどの時間を保健室で過ごしているらしい。
「じゃあ、私が教えようか?」
そう提案すると、佐伯さんが嬉しそうにこちらを見る。
「え!?いいの?」
「うん。もちろん。なんの教科がいい?」
「じゃあ、数学をお願いしようかな。」
そう言いながら、佐伯さんはベットを降りてどこかへ行く。
しばらくすると、数学の教科書と問題集を抱えた佐伯さんが、私の隣に戻ってくる。
彼女はそれらを膝の上で広げて、問題を解き始める。
私は時々、解き方のヒントや必要な公式をアドバイスする。
時間はとても緩やかに流れており、カーテンで周りを包み込んだベットの中は心地よい空間が出来上がる。会話こそ多くないが、二人の距離は近く、私は少しドキッとする。
15分くらいたっただろうか。佐伯さんが宿題であろう範囲を終えて、ふぅーっと一息を着く。
「ありがとう。西本さんの教え方すごく分かりやすかった。」
「そんなことないよ。佐伯さんの集中力と飲み込みが早いだけ。」
実際、彼女の数学の成績は悪くないように思えた。授業に出てない分ハンデはあるものの、私が教えたところは、すぐに理解した。
「こんなに教えるのが上手なんて、西本さんは頭がいいのね。」
そう佐伯さんが微笑む。
「そんなことはないよ。勉強は一応頑張ってはいるけど、最近はサボることも多いし。ほら、今日みたいに……。」
学年で十番目くらいをいつもキープしている私だが、そうやって謙遜をする。
実際、こうやって授業中に教室を抜け出し(ずるじゃない)、佐伯さんに会う回数も出会った時から少しずつ増えている。
そんな少しの罪悪感からか、四月からは塾を通い始めた。
すると突然、五時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り、私たちは現実に引き戻される。
気づかないうちに私は一時間近くもここにいたことになる。
「じゃあ、そろそろ戻るね。」
私はそう言い、脱いでいた制服のブレザーを着る。もう腹痛も治ったし、六限目からは授業に出ないと。
そう思いベットから降りようとすると、
「あ、あの!ライン交換しませんか?」
スマホをぎゅっと握りしめた彼女がそう呟く。
私は佐伯さんとの連絡手段をもっていないことに気づき、ポケットからスマホを出す。
互いにラインを交換し合うと、友達のところに猫のアイコンをした『奏』という名前のアカウントがでてくる。
(佐伯さんの下の名前って奏っていうんだ……)
私は意外にもこの時、佐伯さんの下の名前を知った。
私はベットから降り、
「じゃあ、またね。」と言う。
「うん。あ、勉強教えてくれてありがとう。」
そう言う佐伯さんに私は軽く手を振り、先生に会釈をして保健室を後にする。
そうやって今日も平穏な一日が終わる。
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保健室の回転椅子に座りながら先生と談笑をしていると、いつものあの足音が少しずつ聞こえてくる。
私は心の中でガッツポーズをする。西本さんが来たと思う。
保健室の扉が静かな音をたてて開く。
その生徒こそが西本さんだ。
今年の冬に初めて会ってから、約半年。たまにこうやって授業中に保健室に来る隣のクラスの生徒だ。
彼女は先生に腹痛だと伝え、ベットに向かう。
その途中、私の方をちらりとみて、軽く微笑む。
しばらくすると、心地よい寝息がすぅすぅと聞こえてくる。かわいいなあと私は思う。
二十分くらいたっただろうか。私は頃合いを見て、先生との会話を終わらして、西本さんが寝ているベットへと向かう。
カーテンを少し開けて中を覗くと、ベット上でぼーっと天井を見つめている西本さんと目が合う。
起こしちゃったかなと思ったけれど、彼女はそんなことないと言い、上体を起こし私が座れるスペースをつくってくれる。
私はそこに座り、先生がくれたココアを飲みながら彼女との時間を楽しむ。
ここに正直に告白します。
西本さんは本当にかわいい。
私と違って肩までに、揃えられたツヤツヤな髪。綺麗肌にパチリとした大きな瞳。
私より背が高く、運動も勉強もとてもできるらしい。
(西本さん。いつもいい匂いするんだよなあ)
保健室の窓からはグラウンドが見え、実は体育の時間に球技で活躍したり、体育祭でリレーの選手として赤組を引っ張る西本さんをずっと見てきた。
そんな彼女とここで二人きりで話せるなんて本当に夢見たい。
心臓がドキドキする。鼓動が速くなり、体が少し熱を帯びるのを感じる。
そんなことも知らず隣に座る西本さんはココアを美味しそうに飲んでいる。
喉と胸が春の到来を告げるように軽く上下しながら、ココアは西本さんのピンク色の唇から体内へ流れ込む。
(かわいい)
私はそんな彼女をバレないように、ずっと見ていた。
今日、彼女は私に勉強を教えてくれた。
私の苦手な数学をていねいに教えてくれる西本さんの声は、とても澄んでいて今にも惹き込まれそうだった。
「ここはこの公式を使って……」
「そうそう、ここはこう解いて……」
「あ、ここはこっちから計算したほうが早いよ!」
そんなことをしているうちにすぐに時間は過ぎていく。
やがて、私たちの時間に終わりを告げるようにチャイムが鳴る。
(もっと西本さんといたいな)
そう私は思うけど、西本さんは次の授業のためにもう教室に戻らなければならない。
準備をしている彼女は私は声をかける。
私は西本さんとの連絡手段を持っていない。
保健室で会う以外、会話をする機会がほとんどない。
そのことをとても寂しいと感じていた私は、ラインを交換しないかと尋ねる。
彼女は笑顔でそれを受け入れ、私の数少ない友達に西本さんが追加される。
(西本さんの下の名前、遥なんだ。かわいいな。)
私は心の中でその名前を何度も繰り返す。
こんな日がずっと続けばいいのにな。
〜続〜
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