3. 終業式と佐伯さん①

期末テストを終え、季節は夏へと移ろうとしていた。梅雨のあの独特のにおいや、空一面を覆っていた灰色の雲はどこかへ行き、今週に入ってからは暑い日が続いた。

 

 七月になり、夏休みを慌ただしく待つ日々が続く。あれ以来、私は保健室に行っていない。それは、ずっと佐伯さんに会っていないことを意味する。

 保健室以外でも会えないかと思った。廊下を歩いてる時や隣のクラスに用事があるときに私は佐伯さんを探したが、出会うことはできなかった。

 

 私は久しぶりに佐伯さんとおしゃべりがしたいなと思った。

 でも、用もないのに、体調が悪くないのに保健室に行くのは何か違う気がした。

 前に会った時に交換したラインは、お互いの『よろしく』とスタンプで止まっていた。保健室では会話は続くのに、チャットでは何を話せばいいか分からなかった。

 私たちには保健室以外に共通点がなかった。

 

 そんなことを考えながらも、佐伯さんと会えない日々が続き、今日は終業式。

 私はもやもやしていた。

 (佐伯さんに会いたいな。今日会えなかったら、もう夏休みだし、ずっと会えないかも。)

 終業式での先生の長い話は全く入ってこなくて、いつの間にか放課後になっていた。

 私は重い足をなんとか持ち上げながら廊下を歩いていた。

 しばらく佐伯さんとは会えないんだなと思っていた時、昇降口へと繋がる廊下で保健室の先生とすれ違う。

 私は軽く会釈をして通りすぎようとすると、

 「西本さん、久しぶり。最近は体調大丈夫?」

 と、私に声をかけてきた。

 「あ、はい。大丈夫です。」

 私は慌ててそう答える。

 「そう。それはよかった。でも最近は保健室に来ることが少なくなったから、佐伯さんが少しだけ寂しそうだったのよ?」

 先生がいたずらっぽい顔でそう呟く。

 「え!?そうなんですか?」

 「うん。今保健室に彼女いるけど、少しだけ会いにいく?」

 「はい。い、行きます!」

 私は心の中でガッツポーズをしながら、保健室に行くことを決める。体調が悪くないのに保健室に行くことには罪悪感があるが、今まで佐伯さんに会うことができなかった分、先生にそう言われると仕方ない。

 そう心の中で呟いた。


 私は先生の後をついて行き、保健室の前へとたどり着く。

 ここに来るのは約一ヶ月ぶりだ。

 先生がドアを開けると、そこには懐かしい景色が広がる。カーテンが広げられた窓からは、ぽかぽかとした日光が顔を見せている。そんな天然のライトに照らされるように、佐伯さんは奥のベッドに腰掛けていた。

 そして、私と先生が来るのに気づくと、驚いた表情を見せる。

 「ど、どうしたの?西本さん。」

 「久しぶり。今日で一学期最後だから会いきちゃった。」

 私は手を振りながら、佐伯さんに近づく。

 嬉しそうな表情を見せた彼女はベッドから腰を浮かして、私が座れるスペースを作ってくれる。

 そこに座ると、長い間そこにいたのか、佐伯さんの温もりがおしりに伝わってくる。

 「そういえば期末テストどうだった?」

 私は佐伯さんにそう尋ねる。

 「うん。結構良かったよ。前よりもかなり成績が上がってね。」

 「本当に!?おめでとう!」

 「うん、ありがとう。西本さんが教えてくれたおかげ。本当に感謝してる。」

 そう言い、佐伯さんがぺこりと頭を下げる。

 窓の外では運動部が元気よく部活している声が響いている。私たちはそれをぼーっと眺めながら、会えなかった時間を埋めるようにぽつぽつとたわいもない話をする。

 私は正直寂しかった。夏休みになれば、当然学校に行く時間が少なくなり(補習はあるけど)、それは私たちが会えないことを意味する。もしかしたら、次会うのは二学期以降かもしれない。

 

 私はふと思いつき、佐伯さんにこう聞く。

 「夏休みってどこか行ったりする?」

 「うーん。特にどこにも行かないかな。私あまり体強くないし。お母さんの故郷に行くぐらいかも。」

 「そうなんだ。」

 「うん。西本さんは?」

 「私は……勉強かな。来年大学受験あるし、親がそういうのにうるさいから。」

 私はそう言い、天井を見つめる。

 大学受験いやだなあと、心の中で呟いていると、

 「あ、あの。お願いなんですけど……。今度うちに来ませんか?」

 突然佐伯さんがそう言う。

 「え!?佐伯さんに家に?」

 私は少しびっくりした。

 「う、うん。実は勉強教えてほしいなって思ってて。西本さん忙しいと思うから無理にとは言わないけど……。」

 「うんうん!全然そんなことない!行く!行かせてもらいます!」

 私は顔を手を横にブンブンと振る。

 それを見た佐伯さんは、少し驚いた後に安堵の表情を見せる。

 「ありがとう。じゃあ、またラインで連絡するね。」

 「うん。分かった。楽しみにしてる。」

 私たちの会話はそこで終わった。

 

 窓からは茜色の夕日が建物の隙間から私たちを照らしている。少し眩しかったが、私はなんだか嬉しかった。隣では少しだけ嬉しそうな佐伯さんの肩が楽しそうに揺れている。

 

 帰り道。わたし足取りはとても軽かった。鼻歌とスキップ混じりの軽快なステップは私が佐伯さんの家に行くことを楽しみにしていることの表れだった。

 

 今年の夏は、いつもより楽しくなりそうだ。


~続~

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る