保健室の語らい 〜ここは私たちだけの秘密の場所〜
九藤ラフカ
1. 保健室と佐伯さん
保健室の語らい~ここは私たちだけの秘密の場所~
窓の外は快晴とはいえない天気だった。今すぐにでも雨が降りそうで、灰色の雲が空を覆っている。まるで夜みたいだなあと思っていると、いつものあの違和感が急に身体を襲ってくる。次第に下腹部がキリキリと痛みを伴ってくる。私は自分のお腹を左手でそっと撫でて、保健室へ向かうべきかどうかを考える。最後に行ったのはいつだろう。しばらく保健室に行っていないことを確かめると、授業中ではあるが、そっと手を挙げて立ち上がる。そのまま先生のところへ行き、腹痛のため保健室へ行くことを伝えると先生は軽く頷く。私はそのまま廊下へと出た。
私が慢性的な腹痛持ちで度々授業中に保健室に向かうことはこの学校の多くの先生によって知られている。それは大々的に知られているようなことではなく、いわゆる暗黙の了解みたいなものだ。特に今の授業は担任の春本先生の国語の授業だったから、事情を多く言わなくても察してくれたみたいだ。
私は冷えきった廊下を一人で歩いていた。季節は六月。少しじめじめとしたあの梅雨の季節特有のあのにおいが廊下を充満していた。廊下は静かで、私の歩く足音だけが静かに響くだけだった。私の足取りは重くはなかった。
保健室の扉を開けると、そこには一人の先生と生徒がいた。
「あら、いらっしゃい。久しぶりね。腹痛は大丈夫?少しベットで寝ていく?」
私は先生の言葉に頷き、ベットに向かう。その際、先生の隣にいた一人の生徒に軽く目配せをする。ベットのカーテンを閉めて、横を向きながら軽くうとうととしていると、カーテンが軽く開けられた。その生徒こそが隣のクラスの佐伯さんだ。カーテンからひょこっと顔を出している佐伯さんの表情はとてもにこやかで今日も美しい。そんな佐伯さんに少し見とれていると、
「久しぶり。お腹大丈夫?」と声をかけられた。
「うん。大丈夫。少し休んだから。」
「よかった。隣いい?」
「いいよ。」
私は体を起こして佐伯さんが座れるスペースを作ると、彼女がちょこんと隣に座る。そこに先生が温かいココアを二人に持ってきてくれる。私たちはベットに座りながらココアを啜る。私はこの時間が一番好きだ。
佐伯さんは私の隣のクラスメイトだ。背は私より少し低いくらいで、亜麻色の長い髪の毛と澄んだ瞳が特徴だ。隣でちびちびも飲み物を啜る佐伯さんをちらっと横目で見る。佐伯さんはかなり病弱な女の子で、学校でのほとんどの時間をここ保健室で過ごしている。そんな彼女と廊下ですれ違ったり、ここ以外で話したりすることはない。
佐伯さんと初めて出会ったのは半年前くらいだろうか。私はもともと腹痛持ちだった。この高校に入ってから週に何回かお腹が痛くなる時がある。今までその痛みに耐えながら授業を受けてきたが、ある日の痛みはいつもとは違った。その日は雪が降り積もる寒い冬の日で、私はきりきりと痛むお腹をさすりながら、すぐに保健室に駆け込んだ。
そんな時に私は保健室で佐伯さんと出会ったのだ。たまたま保健室の先生が席を外していて、彼女しかいなかったが、痛みに耐える私を優しく看病してくれたのだ。
「えーっと、今先生いなくて。」
「そうなんですか、、」
「腹痛?大丈夫?」
「少し痛いです。ベットで休んでもいいですか?」
そうして返事も待たずしてベットに潜りこもうとした私だったが、何故か佐伯さんがついてきた。
「??」
「名前。私は佐伯。よろしくね。」
そう言って私のお腹を軽く撫でた後、少ししわくちゃだったベットを整えてくれた。
その時、彼女が私と同じ赤のリボンをしていることに気づき、同級生だと分かった。
「あ、私は西本。ベットありがとね。」
そう言うと彼女はにこやか笑って、そのままどこかへ消えていった。
最初はそれだけだった。一時間ほど寝た後、カーテンを開ければそこに彼女はいなくて、先生だけがいた。
「体調は大丈夫?ごめんね。ちょっと用事で職員室に行ってて。」
「はい。大丈夫です。少し寝たら治りました。」
先生はほっとした表情を見せる。
「佐伯さん?ていう生徒がいろいろやってくれて……」
「ああ、そうなの。あの子いつも保健室にいる子なの。体があまり丈夫じゃなくて。もしまた、ここに来る機会があったら仲良くしてあげてね。」
私は先生の言葉に「はい」と笑顔で呟いた。
それから私はたまに保健室に行くようになった。といっても、授業中の腹痛が耐えられないくらい痛かった時だけだ。あまり多くの回数保健室に行っていると変に注目を浴びそうだし、私は一応、成績は学年の上位の優等生で、授業をサボりたいわけじゃないから。
でも最近保健室に行く頻度が増えていることは内緒。
これからは少しずつ佐伯さんと過ごす時間が増えるのかなーと思うと少し不思議な感じがする。
隣に座る佐伯さんをちらりと見ると、ちょうどココアを飲み干したところで、不思議そうにこちらを見てくる。
「どうしたの?」という問いに対して、
「なんでもないよ。」と私ははにかみながら答える。
保健室での偶然の出会いがなければ、決して交わることのなかった二人。
これはそんな二人だけの幸せでありふれたお話。
~続~
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