第32話 なんの前触れもなくゴスロリ美少女にキスされた勘九郎


◆ 


 灯台付近の海岸 十五時 


 視界が悪く不便だから眼鏡を車まで取りに行った帰り道。高台の上にそびえ立っている灯台付近の海岸に人が沢山集まっている。気になって野次馬根性丸出しで近づいてみると、カメラの前で一人の男性が演技をしていた。


 もう少し目視できるところまで人だかりをかき分けて進むと、「うわー! カリン様最高でーす!」どこかで聞いたハスキーボイス。


「織音ちゃん。こんなところで何やってるの?」

「あれれー、黒田先輩じゃないですか⁉ 私は友達と遊びに来ているんです。今は別行動ですが……」 

「ここで何かやっているの? 何かのイベントとか?」


 情報を掴んでそうな織音ちゃんに何かあるのかと尋ねる。


「ぎやまんの公開撮影なんですよね」

「あー 噂になってる演劇ユニットだっけ? 凄い上手いね彼? 俳優さんかな」

「そう。今日はカリン様が出ているんですよ。楽しみで楽しみで」

「そんなにぎあまんって凄いの?」 

 

 少なくても僕は聞いたことがない。幼馴染み達の話にも上がってこないのだ、大したことじゃないだろう。


「はあー? 何言っているんですか黒田先輩は? 凄いなんて騒ぎじゃないですよ。何処にも在籍してない年齢不詳性別不詳の謎の演劇集団。自主制作動画配信でショートドラマや連続ドラマでコメディからラブロマンスまで何でもこなすんです。再生回数なんて上級クラスですよ」

「へー、 そうなんだね。ってか、織音ちゃん顔近い近い」


 興奮気味の映画マニア。演者にも同等の熱い思いがあるようだ。


「スカウトとか一杯かかっているのだけど全て断っているそうです。普段は夜の街とか自宅で撮影するんですけど、場所を使ってくれとオファーがくればこうやって出向いて撮影するんです。普段は勝手に撮っちゃ怒られますからね」

「流石は監督志望詳しいね」

「常識ですよ。常識。ふふん! 特に今でも続いているショートドラマ『ひだまり』が最高なんです。幼馴染達の日常を描いたリアリティーあるやつです。もうスポンサーが付くってニュースも出てましたよ」 


 織音ちゃんは水を得た魚のように生き生きと語る。オーバーアクションで回転付き。相当そのぎあまんが好きなんだね。


 自主制作の撮影にも色々お金かかるらしいけど、撮影場所は普段はお金がかからない自宅とか 公園、廃工場、河川敷とかを利用してるらしい。 

 あとは腕の立つクリエイターがいてCG加工とかも多用して処理。

 全然知らない世界だ。僕とはこれから先も関わることがないだろうな。

 たいして興味も湧かないのでこの場を去ろうとしたら、カリンと呼ばれる役者の元へ更に二人加わり歓声がヒートアップ。


「嘘嘘うそー⁉ なんでなんで! ヤバイって! ヤバイ!」

「織音ちゃんどうしたのさ?」

「あれあれ! あれを見てください! ナナホシとヤマトちゃんですよぉ!」


 織音ちゃんが示す先に、背の高いイケメンとゴスロリの女の子が出てきた。

 色を落としている髪に、甘いマスク、青い瞳、夏なのに何故か白のジャケットとネクタイ。さながら絵本から出てきた王子様。一方は赤に近い黒髪ツインテール、長いまつ毛、赤い瞳、フリルがたくさんついた黒のゴシックロリータ、網タイツ、ブーツ、危険な香りが沢山醸し出している女の子。


「あの子すごい格好だね? 暑くないのかな?」

「あわわわ! 嘘でしょう……あの二人今まで大衆の面前に現れたことはないんですよ。凄いことですよ! レアでレア! あのヨーロッパの王子様みたいなのがナナホシで、あのお人形みたいな可愛いのがヤマトちゃんです。もう、幸せですよー!」

「ははは、そうなんだねー」


 織音ちゃんは興奮して大いに語る。対して興味が全然なかった僕との温度差は激しい。


「演劇ユニットぎあまんのリーダーナナホシです。重大発表があります。ニュースにもなってましたスポンサーの件でお話があります。この度ぎあまんにスポンサーがつくことになりましたが断りました。白紙です。今まで応援してくれた皆さんごめんなさい。これまで通りがんばりますのでまた応援よろしくお願いします」

「カリンだぜ。俺達には俺達の流儀があるのに色々と注文つけてきたからお断りしたんだよ。会社が何だってんだ。シナリオとか演出がしょぼいって言われて頭にきてさ。だがらなんだって言うんだよ。いいじゃん。素人創作なんだから自由にやらせろよ。スポンサーや視聴者が物語を作るんじゃない。見たくなければ見なくて結構。世界を作るのは俺達クリエイターだ。間違えるなよ!」


 ナナホシにたしなめながらも言い切った毒舌なカリンのスピーチに周囲は拍手喝采。今ので場を支配した。


「これで益々人気が出てきますね。まー確かに最近シナリオがいまいちなのは確かなんですよね。昔のキレがないというか……別人が書いているというか。でも演出は良くなると思いますよ。天才が加入予定ですからね」

「今度そのぎあまんの劇、見てみようかな?」


 なんか興味出てきた。触りだけでもこの目で見てみたい。


「だったら貸しますよ。高画質の動画もってますので」

「ありがとう織音ちゃん」


 ——その時だ、ゴスロリ少女と目があった。そのままこちらへと近づいてくる。


「わーヤマトだ! 黒田先輩ヤマトちゃんです! 凄い可愛い!」   

「それはいいんだけど僕の方に来ているんだけど気のせい?」


 気のせいじゃなかった。僕の前で止まる。


 僕の腕を引っ張ると「何かご用でしょうか——」不意に頬へキスされた。


 周囲は大いに驚く。大スクープもの。一斉にシャッター音が鳴り響く。

 隣にいた織音ちゃんも大興奮だ。


「君はなんでこんなことしたのさ? えっと名前は……」


 ゴスロリ美少女は何も語らず砂の上に『ヤマト』と書いた。


「こらヤマト! 台本にないことするなよ!」

「………………」


 ヤマトちゃんはオールバックのカリンに引きずられていった。

 なんで彼女はあんなことしたんだ。わけわかんない。

 だが、それよりこの瞬間を一番見られたくはない相手に目撃されたことを後で知る。


 数時間後 夕方


 僕は海に沈む夕焼けを眺めながら、待ち合わせ場所ではぐれた仲間が合流するのを待つ。

 心配だった。全く連絡が取れなかったから。女神姉ちゃんに心配するなと嗜められるも我慢できず周りをうろうろ動き回る。


 暫く後、空が暗くなり星が彩った頃、息を切らせながら砂浜を駆けてくるシルエット二つ。


「ダイワ、ホクト、待っていたよ。みんな心配してた。何処まで行って迷子になっていたんだ。せめてチャットぐらいすぐに反応できるようにしておいてよ」

「はぁはぁ、まじですまん勘九郎」

「ご、ごめんね勘九郎」


 全力で走りきったのか座り込む二人。僕も釣られて砂浜に座り込む。安心したから力が抜けた。


「よかった……もう、心配させないでよね。大切な人達が突然この世からいなくなる経験はもうしたくないよ!」

「弟よ、まあいいじゃないから終わったことだし。 さあ帰ろう」

「アクアお腹減った」


 まだまだ言いたいことは一杯あったが、 折角の和やかなムードが変わるのも嫌なんで矛を収める。

 僕もなんでこんなに腹が立っているのかわからない。けど一言だけ口にするなら、こんなモヤモヤするなら一人でいた方が気が楽だ。

 

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