第30話 海と空と加藤さん?


◆  


 午前十時 車 海岸通り 


 車に揺られ数時間後、車窓から海が眼前に迫ってきた。太陽に照らされて白く輝く砂浜と深い限りなく黒い海と中間の明るい青空、圧倒的な黒とブルースカイと白、三色が織りなすコントラスト。

 眠気で何度も意識が飛びそうな女神姉ちゃんを励ましながら漸くここまで辿り着く。

 みんなを起こすと歓喜というよりどよめきが上がる。


「女神さんが何事もなくここまでこれただと……勘九郎マジックだな。これ」

「救急箱持ってきたのに無駄になった」

「アクアは信じていた。だからタコ焼き奢って」


 みんな好き勝手に誹謗中傷を女神姉ちゃんへ飛ばすも、「何とでも言いたまえ。弟ボイスで常にチャージしていた私に死角はないのだよ」偉そうに鼻を鳴らす。

 いやいや、何度もウインカー出し忘れるは、ノロノロ運転で後続車にクラクション鳴らされるは、挙げ句の果て、線路の上で停止して左右確認する陽気な女神姉ちゃん。隣にいる僕の命が先に尽きるところだったよ。


 他の車へぶつかりそうになりながらも、何度も何度も切り返して駐車スペースへ車を収めると、僕は開放された気分で車を降りる。 


 海だ。車から降りた瞬間に世界が変わる。暑い日差しの中優しい潮風が僕の頬をなでた。まるで来たことを歓迎してくれてるようだ。


「潮の匂いだ。気持ちいい!」


  無事に着けた一番の功労者と自負する僕はううーん! と背伸び。ずっと同じ体勢だったから体が痛い。


「おお! しょっぱいな。 魚の干物の匂いだ」


  ずっと寝ていた役立たずのダイワが大きなあくびをしながらだるそうに車を降りる。不公平だから途中何度も起こそうと試みるもまるで狸寝入りしているかのように五月蝿いイビキをかく。歯ぎしり付き。


「気持ちいい……」


 ホクトは深呼吸をしながら早速海を堪能していた。色白なので海の色が映えていた。ちなみに肌が弱いから日焼け止めクリームを二本持参してきている。


「焼きそば」


 大食らいのロリツインテールアクアは平常運転。お腹が鳴っていた。


「こら、感傷に浸っている場合じゃないぞ。 時間が勿体無いから速やかに移動だ」


  引率係でもある最年長の女神姉ちゃんはテキパキとみんなへ指示を出す。うちの鬼軍曹は相変わらず厳しい。

  まだまだ海の余韻と無事についた喜びを堪能したい僕達は不平不満を口にするも、女神姉ちゃんの顔が引きつり出したので荷物を持って砂浜へ移動。

 

 どこまでも先は見えない青い海と空。 普段僕らが目にすることもない風景だ。 

 額縁の中にある世界へ足を踏み入れたような感覚。


  僕とダイワは着替え終わるとパラソルを立て荷物を置く。僕らと同じ服の中に水着を着ていたアクアをラムネで買収、留守番をお願いして思い思いに波打ち際まで歩いた。

 慣れてないから砂に足をとられて中々先に進まない。サンダルの中に太陽の光で高温にさらされた砂が入り込んでとても熱い。


「普段いるところと全然違う場所だから何かいいね。興奮する」

「気分転換になるだろ? 勘九郎、最近仕事やってるから大変だと思ってな。みんなで企画した」

「ありがとう。嬉しいよ」


 ダイワは元々野球の選手だったので、がっちり身体ができている。今でも基礎トレーニングを続けてるんで細い体の割には筋肉がしっかりとついていた。

 比べて僕は細い。たいして鍛えてないので力もそんなにない。完全に文化部系向き。不意に体育祭の失態を思い出す。恥ずかしい。


「本当は統星も連れてきたかったんだけどな」 

「僕のせいかな?」

「違う。俺が未熟なせいだ。自分の思い通りに行かなくて馬鹿な事ばかりしている。ただ単にあいつに喜んで欲しくてやっているだけなんだけどな」

「加藤さん怒ってなかった?」

「いや、 それがやけににこやかだったよ。怖いぐらいに。楽しんで来いってさ」

「そっか……」


 それ確実に死亡フラグだね。帰ったら殴られるよ……。


「諸君お待ちどうさまだ!」

「海に入る準備できた」


 女神姉ちゃんは黒のビキニ。剣道で鍛え抜かれた健康的なボディを余すことなく引き立てていた。大きな胸を惜しげもなく強調しているのは姉ちゃんらしい。

 対してホクトはクラウンのワンピースタイプ。肌をあんまり露出するのが好きじゃないので。背中しかあいてない。普段着みたいなフリル付き。

 感情には現れてないがもう膨らませ完了の手に持っている浮き輪とビーチボールでどれだけ楽しみか分かる。


「うわぁ、二人ともよく似合ってる。とても可愛いよ。ここで何時間と眺めていても飽きない」 

「そんなもん、どうでもいいから早く泳ごうせ!」


「はははっ、ありがとう弟。ふむ、凄く嬉しいぞ」

「ありがとう勘九郎…… やったやった……」


 ニ人からお礼が帰ってきた、「ちょっと待て! 痛い痛い!」ダイワを蹴りながら……。


 ——それから僕達は沢山遊んだ。何もかも忘れて童心に戻りあの頃みたく、泳ぐ、レンタルボート、ビーチバレー、海を余すことなく満喫した。

 もちろん女性陣は日焼け止めクリームを塗る。何故だか僕が強制的にやらされた。下っ端だからこき使われるのだろうか……。

 それと意外にもダイワは身体のメンテをちゃんとやっている。日焼け止めを塗ってあげると気づく。傷やシミをもちろんのこと、女の子みたいに脇毛の処理、体毛が全くなかった。イケメンモテ男はこうして作られるのかと感心。


  それで今は海の家に移動していた。   

  一杯体を動かしたのでお腹減ったから。

 僕はカレーうどんと焼きトウモロコシ、ダイワはしらす丼と海鮮焼き、アクアは焼きそばと味噌おでんと手羽先、 ホクトと女神姉ちゃんは醤油ラーメンを食べていた。

  やはり海の家で食べると味は違う。まずいものも美味く感じるわけじゃないが、相乗効果はあるんだろうな。外で食べる焼きトウモロコシは絶品だ。醤油をかけながら焼いたから香ばしさが増すんだよね。


 僕は食べながらもバイトの参考になると思い、海の家の店員さん達を一挙手一投足にて追っていた。

  それにしても今日は人が多いらしい。 店員さん達がしきりなく動いている。喫茶店も毎日これだけ忙しかったら僕もバテているよね。


「楽しみー公開撮影」「だねー、生でぎあまん見れるなんて最高」「でもナナホシはこないみたいよ。今日はカリン様だって」「それでもいい。だってかっこいいもん!」


  どうやらここでドラマ撮影みたいのがあるみたいだ。どおりで人で混んでるわけだ。家族連れより、若い人が多いということはそういうことなんだろう。


「なんか、ここでドラマ撮影があるみたいだよ」

「ほーん、まぁ別にどうでもいいよ。俺は芸能人とか興味ないからな」 

「アクア胡椒取って……」

「うん」

「 そんなことより、キララがお土産買ってこいっていっていたな」


 うちのメンバーにミーハーな人間は少ない。芸能人の大御所とか、大統領が来ても普通の反応をしてるんだろう。大はしゃぎしてるのはヒノワと銀河お姉ちゃんぐらいだ。

  なのでヒノワに『ぎあまん』というグループが来ていることをSNSで知らせた。でも、いつまで経っても既読にはならない。忙しいんだろうね。


 物足りなくてイカ焼きを追加注文しようとしたら、「すいませんイカ焼きください!」振り向いたら一瞬だが加藤さんが外を歩っていた。 僕はそんなに彼女に未練があるのかと目をこするももうそこにはいない。多分、僕の見間違いだろう。うん。

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