第17話 プールのアクシデント 人工呼吸ってキスに入るのかな?



 数日後の夕刻

 女神姉ちゃんの依頼でプールの清掃を任せられる。本来清掃すべき水泳部は合宿の為学園を離れているからだ。

 お礼はお姉ちゃんの接吻と言われたから丁重にお断りしてその代わりうちの喫茶店で飲んで貢献してくれるとお願いした。


「こっちは終わったよ加藤さん」

「はあぁぁぁ……」

 

 デッキブラシ床を擦りながら大きなため息をつく加藤さん。仕事はまだ全然進んでない。水面に映る彼女の顔がとてもせつなそうだった。


「ねえ、黒田?」

「どうしたの加藤さん?」


  室内プールの為、声が反響するので結構遠いところにいるんだけどそんなに大きい声出してないがはっきりと加藤さんの声が聞こえる。


「あの二人でいつもあんな感じなの?」

「誰のこと言ってるのかな?」

「大和と北斗だよ」

「ああ、あの時のこと? そうだね。僕達幼馴染みは皆比較的距離は近いよ。焼き餅かな?」 

「分からない。まだ付き合ったばかりだから実感がわかないだけかもしれない。漫画とか映画ではよくやるっていることだから、気にしなくてもいいことかもしれないけど、私って独占欲強いのかな?」

「どうなんだろうね。僕もホクトとしか付き合ったことがないからなんとも言えないけど、相当手酷い裏切りに合わない限り許せると思うけど」

「黒田、私なんか隠してることない?」

「特にないよ」

「そう」


 あることはあるが、それは僕の問題であって彼女には関係ない。別に話してもかまないとは相手を言ってるが、それは本人が言うべきことであって僕が言うべきことはない。付き合っていた頃、ダイワだけならいざ知らず、知らない男と裸で抱き合ったりキスしたり、ベッドで寝ていたのに言い訳一つしないで謝っている奴よりはマシだ。

 僕にいっさい見せたことのないあの笑顔は忘れられない。

 当時、事件に巻き込まれたと心底心配していたんだけどな。そこはダイワが否定してくれた。ただしホクトが真相を話さない限り俺も打ち明けるつもりはないと付け加える。


「そういえば私、金槌だからあんまり水のそばへ 寄りたくないんだよね」 

「うわ、今までどうやってごまかしてきたの?」

「毎回毎回、仮病を考えるのは大変だった。 そろそろ水泳ができるようになりたいんだけど」

「もうすぐ海の水泳教室あるよ? また模範にならなきゃいけないんじゃないの?」

 

 加藤さんは洗剤無くなったので新しいのを取りに行こうとしたら、「ははは、黒田どうしよう?  考えてなかった———しまった!」よそ見して下においてあった空容器で足を滑らす。

  そのままプールに落ちた。


「加藤さん!」

「私、私、本当に泳げないんだけど! 黒田助けて!」


 うちの学園のプールは飛び込み台もあるので結構深い。だから足がつかなかった。


「待っててすぐに助ける!」

「痛っ! 足がつった……」


 加藤さんは深く沈むと同時に僕は飛び込んだ。

 どんどん沈んでいく。


 時既に遅く引き上げたときは、「加藤さん! ……息がしてない」脈を測っても反応なし、鼻に手の甲を当てても無風だった。


 先生? いや、救急車? いや慌てるな、どうする? どうする? 落ち着け……。僕のできることをしよう。加藤さんは死なせない。死なせない! もう大切な人が死ぬのを見るのは嫌だ。


 加藤さんの鼻をつまみ息をゆっくりと吹き込む。全身に息を吹き込むイメージで計二回。

 それでリズムに合わせて心臓を押す。30回。

 それを何度も繰り返す。

 こんなこと昔倒れた妹の時以来だ。


 「死ぬな、死ぬな、死ぬな、死ぬな! 加藤さん死ぬな!」


 何度も何度も空気を送り込む。加藤さんの濡れた顔に涙が落ちる。


「…………ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ!」

「やった! 良かった、本当に良かった……」


 気管に入った水を吐き出すとともに息を吹き返す加藤さん。

 でも意識を朦朧としていて僕だということの分かっていない。


「苦しかったよクロー」

「もう大丈夫だよ。今保健室に連れて行くから安心して寝てて」

「クロー……スースー」


 うわ言。

 クロー? 犬の名前かな? 無意識時に言うってことは相当大切な存在なんだろうな。

 そのまま意識はまた閉じる。

 今度は意識を失っただけだ。とりあえず織音ちゃんと銀河先生にメール。 


「それにしても重たいなー。スタイル抜群なのにどこで重いのかなー。絶対にお尻と胸だよねー」

「………!」


 水が吸っている制服着ているのを差し引いても重い。おんぶしているので背中にぎっちりと胸が圧迫されている。


「人工呼吸ってキスに入るのかな? 妹の時は機械使ったから今回は僕のファーストキスなんだよねー。加藤さんはダイワと済ましているから平気だろうけど」 

「…………⁉」


 さてと、もうひと仕事だ。スマホを取り出してあるところへかける。


『どうした勘九郎?』

「加藤さんがプールで溺れた。今から保健室へ連れて行く。ダイワも早く来て。目を覚ます前に僕と交代すればいい。そうすれば君が助けたことになる」

『勘九郎分かってて言っているのか? そんなことしてなんの得になる?』

「加藤さんが納得する。僕が助けたって意味がない」

『大体、お前怒ってないのか。勘九郎が今まで統星を助けたことは俺としたということになっているんだ。あのダンスのノートだって』

「僕のことなんかどうだっていい。彼女が幸せであってくれればそれでいいんだ。ダイワだったら絵になる。理想の王子様だからな。僕みたいな陰キャラじゃ嫌がられるだけだ。女の子の夢を壊したくない」


 何……れ、私バカ……た……いじゃん……じゃ今まで……ことって……


「今なんか言った?」 

『いや、とにかくわかった。今家だからそっちに向かう』

「よろしく頼む」


 保健室の扉をノック、誰もいないことを確認すると入って加藤さんをベッドに寝かす。

 大丈夫だろうか。心配だ。もっと仲間も呼びたいが、それとダイワの手柄にならないだろう。    


 でも、このままでじゃ風邪をひく。確かタオルケットが棚にあったはず。

 制服を全部脱がしタオルケットで丁寧に拭き取る。髪や脇の下から足のつま先まで隅々。

 つばを飲み込むほど美しい肢体とピンクの下着姿は目のやり場に困るがそんなこと言っている場合じゃない。

 勝手が違う女の子の身体に右往左往しながらも僕のジャージを着させた。


 顔が赤く、息も荒い、熱があるのか?

 おでこではかるも、そうでもなかった。

 銀河先生達にはダイワが助けたことにしてある。これで根回しオッケーだ。


 せっかくダイワに恋人ができたのに応援しないわけにはいかない。でもなんだろうか、心が切ない。もしかして僕は…………いや、まさかね。もう僕はあれだけ苦しくなるなら恋なんてしない。

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