第9話 黒田勘九郎の謎行為(スバルサイド)

 数日後の夕方下校時間


 蜂須賀先生の頼まれごとと生徒会の用事は済んだ。あとは掃除当番があるので教室へ戻ろうとしていた。

 夕陽が廊下の壁に反射して私の影は先に行く。

 廊下を歩いてるとボヤッとした眼鏡が向かい側から歩み寄って来る。

 相変わらずヘアスタイルに気を使ってないテンパまたは癖毛のボサボサ頭をただワックスで固めている男子。

 教室でも全然気づかなかったが隣同士で気が滅入るのに、この前のことがあるからいつまた怒りに着火するかわからない危うさがあった。

 

 早速有言実行。人を差別しないのが美徳と思っていた私が差別する初めての相手。それが黒田勘九郎。

 私に楯突いたこと後悔させてやる。

 

「 こんにちは、 もう帰りですか?」

「………………」


 向こうから挨拶してくるとは思わなかったので面食らった。

 笑顔、とことんスマイル。私は無視と決め込んでいるので挨拶も空気扱い。私に嫌われるそれ自体もう末期。この学園生活のデッドエンドと知りなさい。

 

「 そんな怒った顔も素敵ですね、とても好きですよ」

「………………………?」

 

 私は思わず振り返る。好き? 何ほざいているんだあのボサボサ眼鏡は? 鏡みて行動しろよ。学園ナンバーワンの加藤統星と学園一の嫌われ者黒田勘九郎じゃ釣り合い取れないでしょうが。馬鹿かよ。何であんな奴が女泣かせなのかわからない。大方弱みを握ってエロいことしているんだろう。北斗もあんなクズに惚れるなんてどうかしている。


 教室に戻ると異変に気付く。 

 あれ? 掃除登板誰か変わってくれたのかなー、教室の中が綺麗だ。いい人もいるもんだ。ありがたい。


 次の日 

  

 どうしようか、ホコリだらけになってしまった。こんなになるとは思ってなかったからタオル持ってきてないんだよね。困ったな。私が汚い格好を晒すわけにはいかない。校内のイメージが崩れるからね。

 

 ……またあいつが歩ってくる。

 昨日と同じ時間帯、ぽややーんとしたボサボサクラゲがまたニコニコと私に笑顔を向ける。 

 今日は先生と生徒会の手伝いで倉庫整理。これからイベントが多くなるので道具の確認だそうだ。内申書にいいこと書いてもらう為にも私は手を抜かない。

 体操着とジャージの上着を着て臨戦態勢で挑んだ結果すすだらけ。

 体操着は胸のラインとかお尻とかくっきり分かるので、この変質者に盗撮されないように大きく幅を空ける。


「こんにちは加藤さん」 

「………………」


 無視無視。 寝癖ツンツン頭なんとかしろよ眼鏡。


「体操着も似合っているね、好きだよ」

「……………」


 気持ちわりー! うわー! 最悪だ。体操着た私を好きとか褒めるなんて間違えなく変質者。

 おっさん相手なら通報案件だぞそれ。

 

 早足で慌てて教室へ逃げ込むと机の上にはバスタオルと汗取りシートが置いてあった。友達かな? とても助かる。ありがたく使わせてもらいます。


 また次の日


 もうあいつとは会いたくない。キモい。キモキモだよ。丁度今日は雨で傘を忘れてしまったので生徒会室で時間をずらした。さあ帰ろう。

 …………なのに、私の正面から黒田がにこやかな表情で歩ってくる。あんたストーカーだろ⁉ 絶対私がここを通るの見張っていたよな?


「こんにちは加藤さん。遅くまでお疲れ様」

「………………」


 雨のせいなのか、黒田の髪はいつにも増してワックスで抑えきれない寝癖が葛飾北斎作、冨嶽三十六景のうねる波みたく見事に暴れていた。

 思わず笑いそうになり必死に我慢する。


「その香水いい匂いだ。ローズ系か素敵だね。好きだよ」


 黒田はまたそのまま去っていく。

 教室へ戻ると折りたたみ傘が置いてあった。なんていい人なんだ。黒田とは正反対だ。きっとハンサムで天使みたいな人なんだね。

 

 ——こんなくだらないやりとりが暫く続いた。


 黒田勘九郎。女泣かせのクソ野郎。

 私が内面だけで話す相手。別に気を許したとか、気兼ねなく話せる相手ではない。元々きらわれてもなんの都合悪くならないという理由。


「こんにちは。今日もかわいいね」

「話しかけないで」


 私の敵。 

 だからこの平和的スマイルが大ッキライ、女の敵に毅然として立ち振るわなければならなかった。こいつに表面で話す必要性はないので攻撃的裏の顔で対峙する。  


「今日も正直者だね、好きだよ」


 毎回拒絶しているのに懲りずに私に挨拶をするナンパ野郎。どれだけその笑顔で女を落としたから知らないけど私にはそんなこと効かないからね。


 だが、流石に黒田との対峙に疲弊してきた時、彼と接点を持つ人物が接触していた。黒田も北斗も親友だから情報が的確。


「やあ加藤さん、お仕事お疲れ様」 

「お疲れ様石田君、何か用かな?」

「君と一緒に帰ろうかなと待っていたんだよね」 


 笑顔が眩しい。

 彼の名前は石田大和。同じクラスで学園一のイケメンだ。とても紳士で私の話をよく聞いてくれる。親友が黒田勘九郎なのはいただけないがそれを差し引いても仲良くする価値はある。


 黒田のことは大体石田君から聞いた。

 元々女癖悪いと言われていたが今は改心しているという。だからたまにナンパしても大目に見てやってくれと。それだけで加藤さんは魅力的なんだと。

 石田君は聖人君子で女の子に優しくてとても紳士だ。イケメンというだけで女の子にとっては信用度百になる。それにいい人だし、話上手だし、褒められると悪い気はしない。


 別の日


「——まだ勘九郎に言い寄られいるんだって? あれだけ怒っておいたんだけどなー。相談に乗ってあげてもいいよ」

「ありがとうね石田君」

「大和でいいよ」

「じゃ、私も統星って呼んでよ」


 それがきっかけで私は大和とよく会うようになった。

 また別の日


「——今日も声かけられて気持ち悪い。あの陰険メガネ」

「まあ、許してあげて。というか優しい統星は勘九郎にだけは辛辣になるよね」

「多分生理的にだめなんだと思う。あのポヤヤーンクラゲは」

「でも、大和もよく怒らないね? 大親友を馬鹿にしているんだけど?」

「そのくらいじゃ怒らないね。自他ともに認める変人だから勘九郎は。沢山の女を泣かせた最低ヤリチン野郎だしね。それに加藤さんは噂で人をなじらない。直接会って判断しているだから興味でた」


 なじってました。もう色眼鏡でみるのやめたけど。


「それに比べて大和は優しいよ。さり気なく傘置いといてくれたり、日直代わってくれたり、好きな朗読劇のデータも黒田君に頼んでくれたんでしょ」

「………………そうそう。よくわかったな」

「ならお礼にデートは如何?」

「毎日お弁当まで作ってくれているからお礼いいけど、デートは賛成。いいお店知っているから食べに行こう」

「分かった」


 暫くデートを重ね五月末。


「統星、俺と付き合ってくれないか? 本格的じゃなくてお試し期間ということで。嫌ならすぐに別れてもいいからさ」 

「いいよ大和」


 別に断る理由もないし二つ返事でオッケーした。

 初めての交際だから理解ある人のほうが助かるし、簡単に別れられそうというのもあった。


 これがあとで死ぬほど後悔することになる……。これが大きな足枷になるからだ。


 交際をOKしたこの時、心の隅になぜか好きだよという言葉とともに黒田の顔が思い浮かんだ。なんとなくわかってる悪いやつじゃないと。でも一歩踏み出すきっかけがなかった。

 そして春から夏に変わり、 私達の関係も変わっていく。




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