第3話 恥ずかしいこと
今日も沢城がプリントを届けに来た。
だけど、ちょっと様子がおかしい。
「それで、数学の問題は……」
「なぁ沢城」
「な、何よ」
「なんでそんなもじもじしてんだ?」
カーっと顔を真っ赤にする沢城。
「も、もじもじなんかしてないわよ!」
「そ、そうか」
俺の気のせいってことか。
「じゃあ続きを頼む」
「う、うん。ここは教科書の該当ページの類似問題を見れば簡単にと、解ける、から」
「ほう」
「あと古文の宿題が出てて、助動詞の意味をし、調べてきてって、先生が……」
「……なぁ」
「な、何よ。今私が説明してる途中なんだけど」
「お前、やっぱりもじもじしてるだろ」
「だからしてないわよ!」
「…………」
「じーっと見るな! 変態!」
そう言われてもやはり沢城はもじもじしている。
スカートの端を握っているし何かを我慢しているような……。
「あっ分かった。お前トイレ・・・行きたいんだな」
「は、はぁ⁈ ち、違うわよ! わ、私は……そう、トイレしないから!」
「ひと昔前のアイドルみたいなこと言うな」
「う、うるさい! ほんと五十嵐ってデリカシーがないわね!」
自分の発言で余計行きづらくなってるじゃんか。
でもどう見たってトイレに行きたそうにしている。
「トイレ行くことは恥ずかしいことじゃないだろ? あの可愛い女優だってトイレに行くし、アイドルだって……」
「うるさい五十嵐! そんなんだから友達いないのよ!」
「不登校の俺に傷をえぐるような発言しないでくれません?」
「あっ、ご、ごめんなさい」
素のいい奴が出ている。
まぁ別に俺は気にしてはいないのだが。
「良いよ別に。俺もデリカシーない発言したし」
「はっ! そ、そうよ! 五十嵐が女の子にひどいこと言ったから!」
「手のひら返しがすごいな」
ともかく、この様子では説明も何もないだろう。
「まぁとりあえず行って来いよ。突き当って左にあるから」
「…………うん」
すごい恥ずかしそうな顔でトイレに向かっていく。
なんだろう、すごくダメなことをしている気分になった。
耳を塞いでしばらく待っていると沢城がゆっくり近づいてきた。
「お手洗いお借りしました」
「いいっての」
「……何よ」
「いや、耳まで真っ赤だから」
「っ! き、キモい! ほんとキモい!」
バシバシと俺の頭を叩いてくる。
「五十嵐は勉強を覚える前にデリカシーを覚えた方がよさそうね!」
「学ぶ機会がなかったからさ」
「これから学びなさい! しょうがないから私が付き合ってあげる」
「あ、ありがとう?」
「素直に感謝して!」
「は、はいっ!」
背中をバシッと叩かれる。
「全く、五十嵐は私しかいないんだから」
「え?」
「……あ」
冷め始めていた顔が一気に熱を帯びていく。
「そ、そういう意味じゃないから! ほんと勘違いしないで! こ、この童貞! 生涯童貞!!」
「ひ、ひどいなおい」
確かにそうなりそうではあるけど。
「もう、ほんとやだぁ……」
その場に座り込んで顔を覆い隠す沢城。
こいつ感情の起伏激しすぎだろ。
「まぁ勘違いしてないから。第一、沢城みたいな可愛い奴が俺を……なんて思わないから」
勘違いして痛い目に合ってきたのだから同じ轍を踏むつもりはない。
「……そんなこと言うんじゃないわよ」
「え?」
沢城が真剣な表情で俺に迫ってくる。
「五十嵐は自分のこと低く見積もり過ぎよ。私はあなたが価値のない人間だとは思わないわ」
「さ、沢城……」
「それに、私は私の価値観に従って恋するの。五十嵐が勝手に決めないで」
「……そっか、ごめん」
「ふんっ、分かればいいわ」
そんなこと言われたのは初めてだった。
胸が熱くなるのを感じる。
やっぱり沢城は、最高にいい奴なのかもしれない。
「まっ、今のところ五十嵐に惚れる要素はどこにもないけど」
「うぐっ、ひどいなおい」
「デリカシーないし、ぬぼーっとしてるもの」
「悪かったなそんな男で」
「ふふっ、別にいいのよ。でも、もし私を惚れさせたいならもう少し頑張りなさい?」
「うるせーよ」
別に一度も好意を抱いてるとは言ってないだろ。
……まぁ、いい奴だとは思うけど。
「じゃあ来週」
「あぁ」
帰っていく沢城を見ながら俺はさっきの言葉を思い出していた。
「……やっぱりいい奴だな、沢城って」
めちゃくちゃツンツンしてるけど。
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