第2話 クッキー

 ——ピンポーン。


「はい」


『沢城』


「了解」


 四回目にして出来上がるルーティン。

 すぐさまドアを開けると仁王立ちした沢城が今日もムスッと俺を睨んできた。


「遅い」


「人間が出せる最高速度だと思うんだけど」


「口答えしない」


「……すみませんね」


 たった四回だがこうして沢城と話して分かったことがある。

 こいつはツン強めのツンデレであるということだ。


「それで今日もプリント持ってきたから」


「今日は少な目だな」


「不満なの?」


「そういうわけじゃないけど」


「なら口答えしない」


 このままだと俺、何も話せなくなるんですけど。


「ちなみに前回の宿題はやったんでしょうね?」


「あぁプリントか? それなら当然やってないが」


「……五十嵐、私がどんな気持ちで毎週プリント持ってきてるか分かる?」


「うーん……めんどくさい、とか?」


「それは自明よ。正解は、『なんで私が五十嵐なんかのために時間を費やしてんだか』よ」


「それ、つまりめんどくさいでは? あと結構傷つくんだけど」


「うるさい五十嵐黙りなさい」


「もう俺に口は必要ないようです」


 相変わらず手厳しい奴だ。

 顔はこんなにも可愛らしいのに。もったいない。


 まぁおかげさまで意識せずに済んでるんだけど。


「あのさ、めんどくさいならポストに入れといてくれればいいよ。何なら俺に届けないで捨てたっていいし」


「それはダメよ。だってそうしたら五十嵐、ますますダメになるじゃない」


「そこは優しいのかよ」


「優しさなんかじゃないわ。将来の日本を考えた時に、働ける若者一人いるだけで変わるかもしれないでしょ?」


「規模が段違いだった」


 沢城は政治家でも目指してるんだろうか。


「とりあえず宿題は必ずやること。……ふぅ、やっとこれで今週の説明ができるわ。誰かさんがグチグチ言うから」


「すみませんね」


「それで、このプリントなんだけど――」


 こんなツンツンした態度でもかなり丁寧に教えてくれた。


「——ってわけ。これで全部ね。分かった?」


「分かりました」


「よろしい」


 ちょっと満足そうに頬を緩ませる沢城。

 こういう表情は素直で可愛いなと思ってしまう。


「そういえば、今日はちゃんとしてるのね。寝癖とか直ってるし」


「あぁ。一応沢城に言われた通り生活習慣見直したんだよ」


「へ、へぇ。ふぅーん? そ、そうなんだぁ……へへっ」


 こらえきれない喜びがにじみ出ている。

 なんだこの生き物、可愛い。ってか、可愛い。


「ま、まぁ当然よね! うん、やっとまともな人間になった程度って感じ!」


「今までが人間じゃなかったみたいな言い方だな」


「初めて来たとき、人間ではなかったわ」


「めちゃくちゃひどいな」


 確かにそう言われてもおかしくないほど廃人ではあったけど。


「とにかく、ちゃんと継続すること。忘れないで」


「了解です」


「よしっ、じゃあ今日は終わりね、じゃっ」


「ちょっと待ってくれ」


 帰ろうとする沢城を引き留めると鬼の形相で睨まれる。


「何?」


「いや、その……なんつうか、毎週お世話になってるから」


 控えめにクッキーを差し出す。

 実はネットで評価の高いものを買っておいたのだ。


「これを、私に?」


「まぁ。さすがに俺も何か返さないとつり合いが取れないから」


「そう。じゃあありがたくもらっておくわ」


「おう」


 クッキーの箱を受け取ると赤子を抱くようにギュッと抱きしめる。

 決して俺と視線を合わせず俯いたまま呟いた。


「……ありがと」


「お、おう」


 思えば女子に何かあげるのは初めてで顔が熱くなる。

 目を合わせず数秒沈黙が流れると「と、とにかく!」と沢城が口を開く。


「来週ちゃんと宿題をやること! いい?」


「来週も来てくれるのか」


「そうよ。どうせ私以外に沢城にプリントを届ける人なんていないんだし」


「確かにな」


「……悲しい肯定ね。自己評価が正しいが故により悲壮感が漂ってるわ」


「やかましい」


 くるっと俺に背を向けて歩き出す。


「じゃっ」


「お疲れ」


 沢城は弾むような足取りで帰っていった。





 


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