第4話 お節介焼きさん

 ぼんやりとした意識の中で鳴り響く音。


「ん、ん……なんだこれ」


 それがインターホンだと気づくのに十秒。

 そして今日が金曜だと気づくのに、五秒。


「やべ! 今日は沢城さんの日だ!」


 急いで応答する。


「五十嵐です」


『……開けろ』


「……はい」


 これはマズい。

 怯えながらドアを開けると予想通りの沢城がいた。


「さて、どんな言い訳を聞かせてくれるの?」


「いや、その……大便を」


「汚いし嘘がバレバレよ。自分の頭見たら?」


「あ」


「寝癖、すごいわよ? 今起きたんでしょ?」


「……こういうセットだ」


「ならダサすぎよ」


 誤魔化すのは無理そうだ。

 ここは潔く罪を認めるしかない。


「すみません寝てました」


「理由を述べよ」


「そ、その……昨日漫画を読んでたら止まらなくなって」


「へぇ? それで?」


「よ、夜更かしをしてしまいました」


 沢城から放たれる殺気。

 ……今日が命日かもしれない。


「五十嵐、私と約束したわよね? 生活習慣を改めるって」


「ま、まぁ」


「それがどうして前の廃人に戻ってるわけ?」


「ごめんなさい」


 なぜ同級生の女の子に怒られてるんだろうか。

 プライドはないからいいけど。


「……はぁ。私が目を離すとすぐこれね」


「最近頑張ってはいました」


「頑張るだけなら誰にでもできるわ。欲しいのは結果」


「塾講師みたいなこと言うなよ」


「うるさい五十嵐正座」


「え、せ、正座?」


「せ・い・ざ」


 命令されるがままに正座する。

 仁王立ちした沢城からの説教はまだ続いた。


「もし次こういうことがあったらモーニングコールするから、朝五時に」


「ご、五時⁈ それはお前がめんどくさくないか?」


「別にいいの。だって私五時起きだから」


「そ、それにしたって毎朝俺と電話って、なぁ?」


「何、嫌なの?」


「嫌……」


「あ?」


 刃よりも鋭く睨まれる。


「……ではないけど、お前は嫌じゃないか? 毎朝俺だぞ、俺で始まる朝だぞ」


「すごく嫌」


「じゃあすんなよ」


「でも、五十嵐がだらしないのはもっと嫌」


 なんだこいつ。

 まだちゃんと話して一か月くらいなのに、容赦ない発言だ。


「俺とお前仲良くないんだからいいだろ? 俺が何したって」


「なか……そ、そういう問題じゃないわ。私は五十嵐を心配してるの」


「心配?」


「そう、心配」


「そ、そうか」


 そうとしか答えられず沈黙が流れる。

 するとみるみる沢城の顔が真っ赤になっていった。


「そ、そういう意味じゃないから!」


「どういう意味だよ」


「ほんと違うから! 知ってしまった以上見過ごせないというかその……そう、道端に捨てられた子犬を心配するようなものよ!」


 俺は子犬かよ。


「意外に沢城ってお節介焼きなんだな」


「優しいってことにして」


「はいはい」


 確かに、俺みたいな奴に親切にしてくれるのは優しいと思う。


「それにしたって、夜更かししちゃうほどその漫画面白かったのね」


「なんだ、興味あるのか?」


「いや、そういうわけじゃないけど」


「興味あるなら貸すぞ」


「べ、別に漫画に興味なんか……」


 やっぱり沢城は素直じゃないな。

 ここは俺が助け船を出してやるか。


「貸したいから読め。俺から頼む」


「ふ、ふぅん? 五十嵐が呼んで欲しいって言うなら読んであげる」


「ありがとうございます」


 めんどくさい奴だなほんと。


「じゃあ取りに行ってくるからちょっと待って……」


「何言ってるの? 私も一緒に行くわ」


「は? 俺の部屋に?」


「うん。ついでに生活環境の調査もしてあげるわ」


「いや、お断りします」


「拒否権はないわ。それにそっちが頼んでるんだから私の要求ぐらい呑んで」


 お前の意思を汲み取って気を遣ってやったのになんだこいつ。

 ただここでバトっても勝ち目はないので俺から黒旗を上げる。


「はいはい。分かりましたよ」


「それと、私に触れないでよね」


「触れないから」


「約束よ?」


「分かってるって」


 ギロっと俺を試すように見てくる。


「だから触んないって」


「……そ。じゃあお邪魔するわね」


 沢城が靴を脱ぎ、行儀よくそろえてウチにあがる。


 ……俺の家に初めて女子が上がった。

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