第2話 吉報
その日は木曜日、帰宅した京也を待っていたのは母親の笑顔だった。かつてのこの曜日には考えられないことである。
しかも、親の方から玄関口まで出迎えることなど、京也の記憶になかった。
「どうしたの?」
ただいまも忘れて怪訝そうにする京也だったが、妙子はお構いなしに、彼を居間に誘導した。
そこに待ち構えていた正則がにやけ顔で京也を見上げた。
「受かったぞ、青葉英朋」
… 京也は状況を呑み込めなかった。
「驚いたろう、さっき学校から電話があったんだ。欠員が出たんだな」
まさか… 俄に信じ難い正則の言葉に京也は色を失った。
「明日、母さんが入学手続に行って来るからな。土曜日に制服の調製だって。お前も行くんだぞ。その頭、床屋に行けよ、長過ぎるから」
「京ちゃん、よかったね」
妙子の一言に、ようやく京也は我に返った。正気を取り戻した、と言った方が的確かもしれない。
折角伸びた髪が気に入っていたのに、…いや、そんなことではない。大変なことになってしまった。最悪の事態とはこのことをいうのだろう。
でもどうして?
京也は「プログラム」を実行した2月1日の試験中の記憶を呼び起こしていた。
たしかに、理科と社会は解答欄をデタラメに記入したはず。たまたま正解したのが何問かあったのか。
いや、そんなはずはない。選択問題は記号と数字を全て入れ替えたのだ。
仮に算数と国語が満点近かったとしても、総合点数5割弱で合格は無理だ。傾斜配点があるにしても、400点満点として、算国が120点ずつ、理社が80点ずつで、せいぜい6割くらい。
補欠とはいえ、これで合格できるとなると、実際に入学してくる奴らは随分アタマが悪いな…
京也は思考を巡らせながら、暗い心持ちに沈んで行く自分を感じていた。
第3回合否判定模試の結果が出た日のことが思い出された。開栄を諦めるよう、正則に言い渡された日である。
より正確には、机上に置かれた茶封筒の中身を取り出し、開栄の合格ラインを震える指でなぞった時。
さらに精緻には、算数の答案と最後の一問の正解が目に入った瞬間。
京也は途方もない無力感に再び苛まれていた。
しかし、今回は決して自業自得ではない。プログラムは確実に実行されたのである。
それ以来、京也の目にはっきり見えていた、あの独特の校章が、ペンが剣を制するシンボルマークが再び霞み始めていた。…
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