第4話 宝箱を求めて

 ぼくと道子さんは並んで隠し空間を出た。


 道子さんの案内に従って、地上へと向かう。


「――道子さんって強いの?」

 道中で気になったので訊いてみた。


「いえ。戦ったことがそもそもないです。モンスターとの遭遇を避けてきたので」

「さっき五階層にいたのも、モンスターと戦わずにあそこまでたどり着いたってことだよね」


 道子さんは頷いた。


 道子さんは誤ってダンジョンに入ってしまったわけじゃなかったのだ。


 今思うと、彼女が誤ってダンジョンに入ったという考えは、馬鹿げているとしか言いようがない。もし誤ってダンジョンに入ったのなら、五階層ほど深くは潜らないだろう。一階層や、せめて二階層をうろうろとしていたに違いない。


「道子さんはどうしてダンジョンに潜ってるの?」


 ダンジョンに潜る人のほとんどは、ギルドに冒険者登録をしている、いわゆる冒険者だ。冒険者の資格を剝奪された人がダンジョンに潜っているという話も聞いたことがあるけど、道子さんはそうじゃないだろう。


 彼女がダンジョンに潜る理由が気になった。


 彼女は頬を少し赤く染める。

「……お金を稼ぐためです。最近、作物が売れなくなって、お金に困っていたんです。街に出稼ぎに行く途中で、偶然ダンジョンの入り口近くを歩いていたら、一階層の地図が頭に浮かんできて……。ダンジョンでは高く売れるアイテムが手に入ると聞いていたので、試しにと入ってみたら、うまく宝箱までたどり着けて、アイテムを手に入れられました。それからダンジョンに入って、宝箱からアイテムを持ち帰って、街で売るようになりました。単に出稼ぎするよりも、かなり稼げるんです。……両親には、街に出稼ぎに行っていると嘘をついています。私がダンジョンに入っているなんて知ったら、危ないからやめなさいと言って猛反対するのは目に見えてますから」


「娘思いの優しいご両親なんだ」


 ぼくは顔も知らない自分の両親に思いをせながら、ズボンの腰に着けたブローチを見つめた。

 二対の翼を持つ金色の鳥のような生き物が、丸くて赤い宝石を包み込む形をしている。

 両親がぼくを孤児院に預けたときに、ぼくが手に握っていたらしい。ブローチは両親の唯一の形見だった。


 ぼくの返事を聞いた道子さんの表情は暗かった。

「……そうですね、二人はとても優しいです。私には勿体ないくらいです。……少し、私の身の上話を聞いてもらえますか?」


 ぼくは頷いた。


「実は私……別の世界からやってきたんです。信じてもらえないかもしれないですけど」

「信じるよ」

「……え、信じてくれるんですか?」

 

 道子さんは目を丸くしている。


「うん。いわゆる異世界転生ってやつだよね。冒険者でもたまにいるから、そういう人」

「そうなんですか。驚きました。てっきり私だけなのかと。世界は本当に広いですね。――話が逸れてしまいました。それでその、私は八歳の頃にこっちの世界に飛ばされて、森で倒れていたところを助けてくれたのが、今の両親なんです。両親には子どもがいなくて、私を本当の子どものように育ててくれました。両親にはとても感謝しています。だけど……ふと両親の愛情を重く感じることがあって……。どうして私なんかにこんなによくしてくれるんだろうって。本当の子どもじゃないのにって。……私、最低ですよね。育ててくれた両親に、こんな失礼なことを思うだなんて」

「……」


 ぼくは道子さんの話を聞いて、すぐに答えを返すことができなかった。


「すみません。湿っぽい話をしてしまって。だけど、誰かに聞いてもらいたかったんです。そうでないと私、いつか両親に酷いことを言ってしまう気がして……。すみません、カイラスさんの優しさに甘えてしまいました」


 道子さんは寂しげな笑みを浮かべた。


 ぼくは、何か言わないと、と思って口を開いた。

「気にしないで。ぼくでよければ、いつでも話し相手になるよ」

「……カイラスさんは本当に優しいですね」

「そうかな……?」


 優しいなんて初めて言われたので、くすぐったいような気持ちだった。


 道子さんのユニークスキルは本当に優秀で、ぼくたちはあっという間に地上にたどり着いた。彼女の案内に従って移動したので、モンスターと一度も遭遇しなかったことは言うまでもない。


 ダンジョンを思うがままに案内できる彼女のユニークスキルは、名付けるなら〈迷宮案内ダンジョンガイド〉といったところだろうか。


 手に入れたアイテムを換金するために、二人で街のギルドに向かった。アイテムを売るだけなら冒険者登録は必要ないため、未登録の道子さんでも問題にならない。


 道子さんは肩掛けポシェットにアイテムを入れていたようだ。見たことのないアイテムがあったので、どこで手に入れたのか訊いてみた。


「これですか? 二階の隠し空間にあった宝箱です」

「へえ。道理で見たことがないわけだ」


 宝箱には様々なアイテムが入っているが、中には特定の宝箱でしか手に入らないアイテムがあり、レアアイテムと呼ばれている。道子さんが持っているのも、多分それだろう。


 これからは隠し空間にも気を配って探索してみようか、と頭の隅で考えていると、道子さんがとんでもない情報をぶっこんできた。

「さっきカイラスさんと入った四階層の隠し空間にもありましたよ、宝箱」

「……え、そうなの?」

「はい。もう少し奥のほうに行ったところですけど」


 気がつかなかった……。オーガから逃げるので精いっぱいで、隠し空間の奥がどうなっているかなんて、全く気にしていなかったのだ。


 宝箱の中には何が入っていたのだろう。


 冒険者としての好奇心が、むくむくと湧き上がってきた。


 できればこれからもう一度ダンジョンに潜りたいくらいだ。


「だけど、オーガがいるからなぁ……」


 ぼくの呟きが耳に届いたのか、道子さんが教えてくれた。

「あのモンスターですけど、私たちが三階層に上がったときには、四階層からいなくなっていました。多分、下の階層に下りていったんだと思います」


 そう言われると、納得のいくことがあった。以前ぼくが一人であのルートを通ったときは、オーガなんていなかったのだ。どうして今回はオーガがいたのか不思議だったのだが、おそらくあの個体は階層を行き来しているのだろう。そういう特殊な個体がたまに出るという話を聞いたことがある。


 オーガは本来、十三階層よりも下の階層に棲んでいるモンスターだ。奴が下の階層から戻ってくるには、まだまだ時間がかかるだろう。


 であれば、四階層の隠し空間に行くなら、今がチャンスだ!


「道子さん。ぼくはダンジョンに戻るよ。その宝箱に何が入っているのか気になるから」

 ぼくは片手を上げて彼女に背を向ける。


「そうですか。気をつけてくださいね。宝箱の近くには――」

「オーガが現れるかもって言うんでしょ。大丈夫! 多分あいつはしばらく四階層には戻ってこないと思う。――それじゃあ!」

「あ、カイラスさん――」


 ぼくはダッシュでダンジョンの入り口に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る