08

「指輪から何かを感じ取れたら、今言った石のひとつをお前にやる」

「え……へ?」

「そういうのが好きなんだろ? オレは石とかよくわからんが、水帆に言ったら狂喜乱舞してたぞ。宝石好きには垂涎なんだってな」

 垂涎。確かにそうだ。滅多なことじゃ手に入らないどころか、生でお目にかかることだってないだろう。ボクみたいな貧乏人には一生縁がない石、ではなくて宝石だ。でも、違う違う、論点はそこじゃない。

「頂けませんよ」

「ひとつじゃ不満なら」

「違います!」

 ボクにしては大きな声が出た。石たちは、持つ人を選ぶんだ。それは宝石もパワーストーンも同じだ。

「……じゃあ、どうしたら感じてもらえるんだ」

「感じてもらえるって、頑張れば感じ取れるとかそういうんじゃないんです」

「けど、水帆の指輪は感じ取れたんだろ? えらい感謝してたぞ」

「そりゃ……あのときは」

 一年の後期、もう春休みに入っていた頃だ。琥珀に呼び出され、二年生の水帆先輩を紹介された。

 目がくりっと大きくて、ふわふわとカールした髪の毛が柔らかくて、猫みたいな女性だった。

 彼女は泣きはらした目でボクに懇願したのだ……恋人からもらった指輪を失くしてしまった。見つけて欲しい、と。

 あのときも最初は断ったけれども、彼氏さんからもらったという指輪が、彼の祖母の形見であるスターサファイヤだと聞いて心が動いたのだ。宝石も石もどれも好きだけれども、アンティークなものであればあるほど興味を唆られる。

 結局、あのときはその指輪といつも一緒につけていた、成人のお祝いでご両親からもらった別の指輪にもアクセスし、彼女の部屋のベッド下からそれを見つけたのだ。

 水帆先輩は、何度もそこを探したのにと不思議がっていたけれども、ボクはこれまでの経験から、持ち主と強く結びついた石は、不思議なことに自然に持ち主のもとに戻ってくることもある、ということを知っていたから、当たり前のこととして受け止めていた。

「水帆先輩の時は特別だったんです。先輩の指輪、アンティークだったし、琥珀の紹介だったし」

「なんで水帆は良くてオレはダメなんだ」

「だ、だから」

 確かに、水帆先輩は良くて獅童さんはダメ、という明確な理由はない。いや、ある。しかしそれを本人に伝えていいものか。

 圧があるから。怖いから。面倒くさそうなことに巻き込まれる予感があるから。

 そんな理由で納得してもらえるわけがない。

 獅童さんは、カップの紅茶を啜るとボクを見た。不意に目が合い、身動きが取れなくなる。黒い、光を通さないブラックホールのような瞳。なんだこの磁力は。この人、一体を持っているんだ。

「大叔母の正式な遺書が残されていれば良かったけど、病室で走り書きしたらしいメモしか残されていない。それでも、大叔母の直筆だからと今は一応この家を任されている。

 だが、本当にオレにこの家を継がせたかったのかを知りたいんだ」

 獅童さんの目はボクの目を捉えて離さない。見つめ合ったまま、彼は話し続ける。ああ、目力が強すぎる。吸い込まれる。

「あの指輪は、大叔母が死の間際まで身につけていた。だから、まぁ、お前なら指輪から何かを感じ取れるんじゃないかと思ったんだが」

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