04

 その後も獅童さんがボクに声をかけてくれることはなかった。

 諦めてくれたか、と思いボクはほっと胸を撫で下ろす。なにせボクは「ヒトと関わらないようにすること」で忙しい。

 どこに行ってもヒトだらけのこの世界で、極力親しい人間だけと関わっていたい。知らないヒトと話すなんてもってのほかだ。そのために、アルバイトも極力人と関わらないで済むものを選んだ。

 ネットで見つけた横須賀のパワーストーン屋さんにメールをし、石を磨いたりポップを描く仕事を手にしたのだ。

 幸いなことにボクはパワーストーンが大好きだし、文字を書くことも好き。それに、仕事は宅急便で週に一度アパートに送られてきて、ボクは期日に合わせて石を磨き、ポップを書き、ときには石の声に耳を傾けて彼らからのメッセージをそっとポップに添えたりする。

 それは案外お客様にも好評らしく、店からはもう少し仕事を増やせないかと聞かれていて、夏休みはイベントもあちこちであるからと倍の仕事量になることを了解している。


 その日、ボクはうっかりしていたのだと思う。連日の石の研磨で指の感覚がなくなっていたこともよくなかった。いつも左手にしているモリオンのブレスレットのゴムが切れて、そこら中に散らばった。

 校舎の休憩室の手前だったこともあってか、中から人が出てきて拾うのを手伝ってくれた。その行為自体はありがたいことだけれど、必要以上に関わりたくなくてぺこぺこと頭を下げながら、ボクは早々にその場を去ろうとした。

「おい」

 例の低い声。これだけで姿を見なくとも誰だかわかる。どうしてここ数週間彼の姿を見なかったのに、油断した途端に目の前に現れるのか。

 獅童さんは掌の上の一粒のモリオンをボクの前にすっと差し出した。

「おまえんだろ、これ」

 ボクは彼の顔を碌に見られないまま、そのモリオンを取ろうと手を伸ばした。と、獅童さんはモリオンを握りしめるとその手を背中に隠した。

「え」

「これ、大切なんだろ」

 うんともううんとも反応できないまま、ボクは立ち尽くした。

 モリオンのブレスレットがなくなった今、ボクの全身はじわじわと様々な気配を感じ始めている。

「オレにもあの指輪は大切でさ」

 ボクは返事を飲み込んだまま、自分の周りに感じる雰囲気に気を取られないように体の中心に意識を集中した。

 ブレスレットは十字架のネックレスとセットでボクを守る魔除けだ。あれがあるからなんとか普通の生活ができているのだ。すべてのパーツを揃えて、なんとか修復しなければ、ボクはこの世界で普通に生きることが出来なくなる。

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