第30話 洗礼

 ようやく遠く蜃気楼に霞む街並みを目に出来たのは、戦艦を脱出してから4日後の事だった。ノロノロと気分次第で休憩する乗り物に揺られ、ジリジリと肌を焼く砂漠の日差しとの闘いも終盤に差し掛かっていた。


「畜生‼ 早く歩け、コノッ コノッ‼ 」


 だる暑さの中、分厚い甲羅をガンガン叩くが此奴こいつには全く効果が見られない。


「いぢめたらダメなのですっ。また歩かなくなるですっ」


 棒を突っ込んで細長い箱で凍らせた氷菓子を、ペロペロ舐める日傘を差した子猫に、ヤレヤレと両手を広げると、耐え切れず長い耳の付いたフードを上げた。


 山のような大きな甲羅に全身を包まれた巨大な生物は、古代種と位置付けられ、万年の時を超え今なお現存する生きた化石と呼ばれていた。危険を察知すると頭は勿論、手足をも器用に甲羅の中に引っ込める事の出来る特殊な生体だ。

 

 乾燥地帯を好んで生息し完全防御に特化した身体はIMアイアンメイデンでも破壊するには手古摺てこずるらしい。


 巨大な爪と、その有り余る巨体を支える岩の様な硬い皮膚を持つ手足は、砂漠を横断するのには適しているらしく、日差しを激しく照り返し、灼熱と化した砂の表面温度さえも物ともせずに、砂丘を苦も無く越えて行く。


 ―――だが。

めっちゃ遅い―――


 何なら歩いた方が速いが、灼熱の砂の上を歩くのは自殺行為らしい。きっといく純種デイウォーカーいえども熱波で体力が削られて、最後には行き倒れてしまうのがオチだ。


「こんなにでっかい図体で草食なんて、信じられないわねッ」


 敷物を敷いた甲羅の上で空間を歪ませ天井裏バックヤードから飲み物を取り出しノンへと手渡すと、自らの分も取り出し胸元を大きく開けて水を流し込んだ。


「こんなの早く脱がなきゃ死んじゃうわよ」


 現在ミューは、風呂屋で拝借したウサギの着ぐるみを着ている。これは特段好んで着ている訳では無く、脱衣所に置いてあったのを仕方なく一時的に借りたと云うていで頂いて来た物だ。


 生臭いフード付きのコートには矢張やはり耐え切れず、とうとう犯罪に手を染めてしまったと云う訳だが、他に客は見当たらず、持ち主に心当たりがあるとすればカエルだけなのだが……


 いや然し、カエルはもっと小さい。ガンモと同じ位の背丈だったのだから、これを着ていたのであればかなりブカブカだろう。カエルがウサギだったのか、ウサギがカエルになったのか真相は風呂の中。

 

 お気に入りの衣装は全てバケモノに引き裂かれてしまい、天井裏バックヤードにも着るのもは入ってない。あたりめぇだッこちとら基本ヌーディストだからねッ ただずっとウサギのままでも居られない。街に着いたら早速服屋とジャンク屋に向うと決めていた。


 ミューは未だにメタモルフォーゼの兆候が見られない事に、不安を拭えずに、少しばかりバルザの言葉を思い出していた。


≪俺達には謎が多過ぎる――― ≫


「チッ‼ 何だってんだよ畜生」


 ―――神格化の影響だろうか……

(今迄こんなに入れ替わりに時間が掛かった事は無い)


 ―――無事なんだよな?……


 む~んッ と無い頭をひねっていると、着替えは無いのかと尋ねられた。着ていた服は全て破れてしまい天井裏バックヤードにも無い事をノンに伝えると、不思議な表情を見せ、何処でイヤーカフスを無くしたのか覚えて無いのかと聞かれた。


「イヤーカフス? 何ソレッ」


「―――えっ⁉ おねいちゃんって火星アレス木星ユピテルから来たんぢゃないのですかっ? 」


 どうやら降り立った惑星の女神により洗礼を受けると、この星の住人である星人権という証が与えられ、その星を管理する女神から2つ加護神具を授けられるようだ。


 女神は惑星に其々それぞれ1人存在し、洗礼を受ける事で加護を2つ与えてくれるらしいが、授けられる加護は女神により違いが在るという。


 逆にその惑星の女神に洗礼を受けてしまうと、住人の証である星人権が与えられ、住民登録の管轄区域により、在籍する星と国に税金を納付する義務が発生するとの事だ。


(ナニその特典w 一応アタシ女神らしいが全くしらねぇ~ぞオイッ )


 この惑星を仕切る女神の加護神具の1つ目は、イヤーカフスと云う物。これはカフスに衣装や装備を登録しておけば瞬時に換装してくれる神具の類で、武器等は登録出来ないらしい。カフスに衣装を登録するには衣装コードを購入し衣装をあらかじめ登録する必要があり、装備を登録する際にも購入時に付与される装備コードが必要になるとの事だ。


「これゎ冒険の時に役にたつのですっ、いきなり寒い場所に迷い込んだり、熱い場所にいきなり落ちた時なんかに直ぐに着替えられるのですっ」


(言いたい事はわかるけどッ 熱い場所にいきなり落ちる状況の下りを詳しく頼むよw 落ちたら溶けんじゃね? )


 2つ目はバングルパスと云う物で、簡単に言うと腕輪型の簡易ポータル転送陣。行き先のゲートのアドレスを購入し登録すると、ゲートのある場所へ飛べるジャンプという代物だ。


 ゲートの場所は惑星内に在る主要都市の中心に位置する事が多く、他惑星の都市部に飛ぶ事は出来無い。しも降り立った惑星で使用したい場合は、その星を管理する女神にバングルパスを書き換えして貰う必要があるらしい。 


 ―――へぇ~女神様って忙しいのねッ……


「じゃあノンも、この星の女神の加護を持ってるの? 」


「この惑星リジェイルは女神様ゎいないのですっ この星ゎメインベルト小惑星帯の準惑星ケレウスの裏側で、丁度、火星と木星の間なのですっ だから火星の女神様と木星の女神様の両方から加護を選んで貰える特殊な惑星なのですっ」


「ふ~ん。まぁどっちの女神の加護が便利なのかって話になるわねッ」


「ノンゎ勿論、火星の女神様に頂いたのですっ 多分殆どの人が火星の女神様の加護なのですっ」


「何でよッ? 」


「そっ…… それはっ――― 」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る