十七人目 ゆびきり
私は名家の出で随分と恵まれた暮らしをしておりました。だけど、私の家には可笑しな決まりがあったのです。ゆびきりをしてはならないという決まりです。
ゆびきりというと何を思い出しますか?
互いの小指を絡める儀式でしょうか。或いは遊女の覚悟でしょうか。
遊女の覚悟というのはあなたを好いているという意味で意中の相手に小指を託したのだそうですよ。実際にやる方は少なかったと言いますけども。
私の家に芸者と将来の約束を交わした人がいたそうなんです。遺品の日記や手紙に残る程に好いていたのでしょうね。その中に木箱に大事に仕舞われた小指らしきものがあったのです。
ああ、やはり驚かれますよね。それ程までに芸者の方は御覚悟があったのだろうと察します。
ええ。ここまで聞いたらお察しの通りです。約束は果たされませんでした。
何故かと言いますと、男が死んでしまったからです。車に跳ねられて死んだ不幸な事故です。
芸者を妻にすると決めた矢先のことでしたから、家の者は誰も知らなかったそうです。知る由もありません。
気付いたのは半年後、遺品整理をしている時のことでした。慌てて迎えに行こうとした時には芸者は狂った果てに亡くなったそうです。
おや、迎えに行かれることが珍しいという顔ですね。珍しいかもしれませんが、そういう家なんです。
それからです。昭和の中頃でしょうか……。
ゆびきりげんまんという遊びがありますでしょう。小指を絡めて歌を歌う……。
ええ。それで私の母が小指を無くしたのです。
次の日に遊ぼうね、という約束でしたが、母は熱を出して寝込み、約束を果たせなかったのです。その日のことでした。母の叫び声に気付いた祖父母が慌てて部屋に駆け寄ると母の小指が無くなっていたのです。
最初は指が腐ってしまったのだとか、強盗が入ったのかもしれないとか犬の仕業かもしれないとか色々とあったのでしょう。母の無くなってしまった小指はそのままに時は流れました。
違うと気付いたのは私の時です。私もゆびきりをしました。用事が出来てしまって叶いませんでしたけど……。ほら、こちら。小指ないでしょう。でも幸いなことに揶揄われずにすみました。
二度も小指がなくなるなんておかしいと思ったのですが、祖父はここで気付いたのだそうです。驚きながらも納得したそうですよ。
ああ、あの芸者か、と。
祖父はその頃を覚えておりましてね、ええ。祖父の兄でしたから。本当に優しい兄さんだったそうです。でも芸者にとっては約束を反故にした男です。恨み辛みはさぞ、深かったことでしょう。
せめて、事故にあったことだけでも伝わっていたなら、と祖父は今でも口にします。約束を違えることはない厳格な人だったそうですから。
今更、死んだ人に伝わらないことを言っても仕方のないことでしょうけれど……。
以来、私の家では指きりは禁じられることとなりました。
それから時が経て、私は子に恵まれました。
ええ。私の娘も小指はありません。
屹度、これから先もそうでしょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます