第15話 旅立ちの日
柴犬義父こと、龍堂ヒデオさんのお話。
彼の旧姓は犬飼。DRAトレーニングセンターの厩務員時代に、エイジさんのお母さんである龍堂アスカさんと出会い交際。
結婚の際に、『龍堂レーシングドラゴンファーム』を経営していたエイジさんのお祖父さんの意向により、入り婿となる。当時、すでに人気
その後、DRAの厩務員から、競争竜の生産者側への転職を考えていた矢先、長年師事していた調教師に後継者として指名され、DRA調教師の道へと進む。
調教師としての成績は、十五年間で通算六五六勝、うち
現在、健康上の理由により、休業中。
とりあえず、気が気でなくて、事務所のパソコンで名前検索をしてみたら、柴犬義父、意外とマジですごい人だった。
でも、ブランク八年もあるじゃん。本当に大丈夫なの? エイジさん。
私が眉をハの字にして、彼らの動向を見守っていると、電話をかけてくると言っていた柴犬義父が戻ってきた。
「
龍堂家の父・息子・娘で三者密談が行われている様子を、事務パソコンの陰から私は盗み聞きする。
DRAのトレーニングセンターは二カ所あり、それぞれセンターのある地名から
モヤモヤ……モヤモヤ……モヤモヤ……モヤモヤ……
……。
…………。
………………。
ジャックポットユズの
お金払うのも私なのにぃぃいいい!!!
「とにかく、早く
そこまで言いかけて、龍堂家の父・息子・娘はようやく思い出したのか、私の方を見た。
そうです。私がその
ジトッとした目で見つめていた私が彼らと目が合った途端に「へへ」っと口元だけ笑ったので、龍堂家の父・息子・娘はなんとも気まずそうな顔をしたのだった。
◇◇◇
「お話は大体わかりました。ブランクが八年間あるとはいえ、龍堂調教師が素晴らしい実績をお持ちだというのも先ほど調べて理解しています」
私はあえていつものように「お義父さん」とは呼ばなかった。事務所の応接ソファーで、柴犬義父と向かい合う。申し訳ないが、エイジさんとハルカさんには席を外してもらった。
「廃業するつもりだったのに、このようなお申し出をしてくださるということは、よほどジャックポットユズの才能を評価していただけているということでしょう」
それに、柴犬義父の提示してきた調教師へ競争竜を預けるために支払う毎月の預託料は、かなり安かった。おそらく「自分自身は無報酬でもいいから」ということなのだろう。
まだ酒が抜けきっていない様子の顔色だが、目は真剣そのものだったし、それなりに誠意は感じ取れた。しかし……。
「でも、JPをお預けするのに、条件があります」
柴犬義父は「なんでもする。言ってくれ」と頷いた。
「まず、お酒をやめてください。最低でも二歳新竜のデビュー戦までは。お酒を飲まれた時点で、契約は解除させていただきます。これについては、私は一切の情状を考慮しません。飲んだらそこで終わりです」
柴犬義父は、真面目な顔で「わかった」と短く了解してくれた。
「それから、契約解除となった場合に備えて、代替の調教師さんを事前に指名してください。あなたのせいで、JPがレースまでに仕上がらないという状況は絶対に許しません」
これには、彼は「元々、練習等を他の調教師と連携して行う予定だったので、その中から事前に頼んでおく」と答える。
「最後に、通常調教師は十騎以上の競争竜を管理しますよね? おそらくそれによって調教にかかるコストも抑えられてると思うんです。だから、JP単騎での調教は逆にお金かかりますよね?」
この牧場の事務に携わるようになって三年。経営についても見えてくることがある。片手間ながら勉強もしてきた。そして、私は龍堂家一門が『どんぶり勘定遺伝子』を持っていることを知っている……。
「なので、むしろ割り増しの預託料をお支払いしますので、調教助手などスタッフをきちんと雇ってチームの体制を整えてください」
私がそこまで言い終わり、ようやく笑顔を見せると、柴犬義父は「こりゃ、まいったなぁ」と頭を掻いた。
◇◇◇
龍堂調教師との競争竜預託契約がまとまり、彼が事務所を出ていくのと、入れ替わりにハルカさんが入ってきた。
「私、ユズさんに謝らないといけないことがある」
私が柴犬義父に出していた湯のみなどを片付けていると、壁にもたれかかって、ハルカさんはポツポツと話をし始めた。
「この牧場ね、潰れたらいいと思ってたの」
それは、薄々感じていたことなので、さほど驚かなかった。人気騎手の年収は驚くほど高い。彼女はここ数年一億円プレイヤーなのだ。それなのに、私が来る前の赤字経営だったこの牧場を援助している形跡はなかった。
「兄さん、経営なんて全然わからないクセに、ガムシャラに残そうと頑張ってて、父さんはずっと飲んだくれてるし」
おそらく、この牧場はご両親の名声もあって、どんぶり勘定でも成り立っていたんだろうけど、エイジさんだけになってからは、にっちもさっちもいかなくなったのだろう。
「だから、最後の牝竜を競りにかけたけど売れなかったって聞いた時、ようやく潰れてくれると思ったのよ」
そうだったのか。私は、あの時エイジさんに何か恩返しをと思ってたけれど、ハルカさんにとっては余計な行動だったんだなぁ。
「そしたら、急にスロットの賞金でノリで牝竜を買った成金女と結婚したっていうし、マジで意味不明すぎて、私ずっと怒ってたの」
彼女は持たれていた壁から背を離すと、私の前に立った。
「それで、結婚のお祝いにもずっと来ないで、本当にごめんなさい」
ハルカさんに頭を下げられて、私は「頭をあげてください」と慌てた。
実際、はたから聞いたら意味不明な話だし、私がノリでドラゴンを買ったのは間違いないエピソードなので、むしろハルカさんの反応が普通なのである!
「一昨日、久しぶりに兄さんから電話があって、『とにかく、すごいから見に来い』って興奮してて。正直、そこまで期待してなかったんだけど、実際に会って乗ってみたら、本当にすごい子だった」
自分が褒められたわけでもないのに、私はついつい「えへへ」と笑ってしまう。親バカ炸裂なう。JPはすごい子なのだ!
「それに、兄さんも前みたいに、よく笑うようになってて……。これ全部、ユズさんのお陰だね」
ハルカさんは、ニコッと笑う。
「兄さんと結婚してくれて、ありがとう」
ラッキーだけで、ここまできただけなのだけれど、なんぞ感謝されてしまったぞい。でも、照れくさくて、「私こそ、毎日楽しいので」とよくわからない返事をしてしまった。
そのあと、結婚祝いをくれるというので、サインとツーショット写真をねだったら、「そんなのお祝いにならないよ」ってエイジさんとそっくりなクシャクシャの笑顔で大笑いされた。
◇◇◇
年が明けて、二歳になったジャックポットユズは、柴犬義父と共に
私は、その日またしてもオイオイと泣いた。
禁酒中の柴犬義父がいないので気兼ねなく、居間でめちゃくちゃ二日酔いどころか三日酔いになるほど酒を飲んで、エイジさんに結構心配されました。メソメソ。
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