第14話 天才騎手と伝説の調教師
サンダージャックポット改め、ジャックポットユズは昼夜好きなだけ放牧地を駆けずり回り、その合間で騎乗具に慣れれる訓練も始まった。
エイジさんは、とっても楽しそうだ。なんでも、ここ数年、競争竜の育成はなかったかららしい。ジャックポットユズも弟分と妹分のドラゴンもできて、ちょっとお兄さん風を吹かせていたりで可愛い。
ジャックポットユズがすべての騎乗具の装着に慣れ、コースをエイジさんに引かれて歩くようになった一歳の秋。その人は、牧場に現れた。
見るからに高そうなスーパーカーで牧場に乗りつけ、全身を高級ブランドで身を包み、サングラスをかけている……キツネ頭の女性……。
「すいません。兄さんに呼ばれて来たんですけど」
事務所の扉を開けると、彼女は頭にサングラスをかけて、事務員の私に声をかけてきた。
エイジさんの妹さんだー! 実物見るの初めて! エイジさんと結婚して三年経つけど、DRAで騎手している彼女はとても忙しいらしく、会えてなかったのだ。
天才騎手・龍堂ハルカ。実物、めっちゃカッコいいー!
「はじめまして。柚子です。よろしくお願いします」
サイン欲しいな。一緒に写真も撮りたい、などと思いつつも、なるべく平静を装って、私は挨拶をした。
「あ、ユズさんって、貴方だったんだ。ごめんなさい。兄さん、ようやく事務員さん雇ったのかと思って」
決まり悪そうな顔で謝られてしまったので、私は慌てて訂正した。
「いえいえ、実際に事務員の仕事をさせてもらってますから。いまエイジさん、呼びますね」
エイジさんの携帯電話を発信し、ハルカさんの来訪を告げると、「着替えて、コースに来るように伝えて」と言われる。私が伝言を伝えると、彼女は「相変わらず、妹使いが荒いわね」とため息をついた。
「オレだと重すぎるから」
開口一番、エイジさんはハルカさんにそう言った。ジャックポットユズに人を実際に乗せる訓練をするらしい。
「だからって、現役の
「いやぁ、本当にハルカ様様です」
気軽いやりとりを見てると、仲の良い兄妹なのが伝わってくる。
「まぁ、本当はお前を一番に乗っけてやろうと思ってな」
ハルカさんは、「ふーん」と言いながら、ジャックポットユズの身体を触っていく。それから、しばらくジャックポットユズと見つめ合ってから、「乗るよ」と短く言った。
初めて人を乗せるというわりに、ジャックポットユズは大して嫌がりもしなかった。ゆっくりと、ハルカさんとコースを巡る。それから、徐々にスピードを出していった。
「ねぇ。エイジさん、私、
ジャックポットユズは長いので、私は「JP」と普段呼んでいる。エイジさんは私の問いかけに、ただ不敵に笑うだけだった。
何周かしてハルカさんは戻ってきて、ジャックポットユズから降りる。彼の頭を撫でてから、自分のおでこを彼のおでこにくっつけた。褒め称えているようだ。
「兄さん。この子のデビュー戦、私が乗るよ」
振り返って彼女はエイジさんにそう告げる。それから、少し間をおいて付け加えた。
「あと、父さんの酒を抜こう」
「ああ、オレも同じ意見だ」
◇◇◇
なぜか、兄妹そろって新居に向かうと、昼間から居間で飲んで寝ている柴犬義父を二人で無理やりお風呂場に引きずっていって、冷水シャワーをぶっかけ始めた。
柴犬義父、めっちゃビックリしすぎて、心臓発作でも起こしそうな顔してんじゃん。カワイソス。濡れ柴犬となってる義父を脱衣室の扉から眺める私。
「お前ら、殺す気かぁあああ!!」
驚きの次の段階である怒りのモードに移ったのか、そう叫びながら、お風呂場で柴犬義父は跳ね起きた。エイジさんは、冷水シャワーを止めてから、父親にバスタオルを被せる。
「親父、見てもらいたいドラゴンがいる」
真剣な息子と娘に気圧されしたのか、柴犬義父はバスタオルで頭を拭きながら、渋々と了承した。
再びハルカさんに騎乗され、コースを走るジャックポットユズを、柴犬義父はぼんやりと眺めている。時々、大あくびをしており、興味はさほどなさそうだ。
ってか、柴犬義父が牧場にいる姿を初めて見たわ。
牧場の仕事を手伝う様子もないし、外に働きに行くわけでもないので、エイジさんのお母さんに養ってもらってた元ヒモの無職のオッサンなのかと思ってた。
「親父の目から見て、どうだ?」
一周目を終え、エイジさんは柴犬義父にコメントを求める。もしかして、
「……まぁ、悪かねぇんじゃねぇか」
なんだとぉ? うちの可愛いJPに、なんだその言い草は。正直、ムッとしたけど、専門的な話の最中みたいだから、門外漢の私はグッと文句を飲み込んだ。
そうこうしているうちに、ジャックポットユズの二週目が始まる。一周目より素人目で見ても明らかに速い。柴犬義父は腕を組むと、今度は走りを注視し始めた。
「おい。アレのデビュー戦は、ハルカが乗るのか?」
「ああ、本人はもうその気だよ」
二週目が終わり、短く親子は会話をする。
「ちょっと電話してくる」
柴犬義父は、同居してから初めて見る真面目な顔をして、そう言うと家に戻っていった。
◇◇◇
「はぁぁぁああああ? 伝説のぉ、調教師ぃ????」
思わず、私の口から失礼な言葉が結構な声量で漏れ出てしまった。
トレーニングセンターと調教師の存在は、競争竜にレースに必要な調教を受けさせるのと同時に、各牧場でレース直前に不正行為を行ったりできないようにする意図もある。
だから、ジャックポットユズの調教師の人選は、エイジさんに候補者をあげてもらって、最終的に私が決めるはずたったのに、先ほど突然エイジさんから「親父にしよう」と言われたのだった。
これ以上、失言をする前に、エイジさんを手招きして耳打ちする。
「あの、ちょっと、エイジさん。私、お義父さん飲んだくれてるところしか見たことないんですけど……」
柴犬義父が、「実は、伝説の調教師です」とか急に言われても信じられないし、私の可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い……(以下、無限大のため自主規制)ジャックポットユズを任せるなんて、ありえないでしょ!!
三年一緒に住んでるけど、ずっとお酒飲んで居間で転がってたよ、あの人!
トイレ掃除も、風呂掃除もしないし!! 半二世帯住宅にして、トイレとお風呂を別にしてやったもん!! ざまーみろ! 自分で掃除せい!
私がフンス、フンスと怒っていると、エイジさんから「あとでちゃんと説明するから」と宥められた。
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