第7話 嫁入り道具(事後)

 翌朝、ルームサービスで朝食を頼み、エイジさんと一緒に食べる。


 私はBLTサンドイッチを、エイジさんはチキンサラダだ。この世界、ビーフはちゃんと牛肉の味がするし、チキンはちゃんと鶏肉の味がするので、ドラゴン以外は生態系さほど変わらないのかも?


「そういえば、渡来人って俺たちの顔が動物に見えるって聞いたけど、本当なの?」


 私は、サンドイッチを飲み込むと、頷く。


「俺は何に見えてるの?」


「オオカミ」


「めっちゃカッコいいじゃん! え、嬉しいわ」


 素直に彼は喜んでいるが、私としては獣人愛好家ケモナーという特殊性癖だと思われなくて、少しホッとした。いや、まぁ自分でも「あ、意外と全然イケるな」と昨夜の一戦で思ったわけであるが。




 朝食を食べ終わる頃、カジノの支配人さんが紹介してくれた工務店の社長さんが、約束通り訪ねてきてくれる。ちなみに、彼の頭は、イノシシだ。


 一応、昨夜の一件も踏まえて、エイジさんにもカタログ見せたけど、「ユズさんの気に入ったのにしなよ」と言われたので、「相談して一緒に決めるとは?」と一瞬頭をよぎったが、出会って三ヶ月くらいはエッチしない方針などと宣っていた男なので、儀式的な手順を尊ぶ人なのだろうと、勝手に分析し納得する。


 私はユニットバスとトイレについてデザインを、それぞれ三つほど選び、工務店の社長さんが電話で在庫を確認してくれて、明日工事できるものに決めた。


 イノシシ頭の社長さんは、とても感じが良い人だったので、明日の工事作業の様子を見てから家の建築も依頼しよう。


 リフォームの申込書に、エイジさんが自宅住所等の必要事項を埋めてくれて、私が前金分の小切手を切ると、お風呂とトイレの件は片付いた。



 そういえば、小切手帳なるものを初めて手にしたのだけれど、なんだかお金持ちになった気分である(実際、まぁまぁのお金持ちだが)。銀行の支配人さんが、繁殖用牝竜ひんりゅうの競りに行く前に渡してくれたのだ。


 最大分割だと毎年一億六千万円までは使える計算になるわけだけど、実際にはまだ手続きが終わっていない状態なので、こういった支払いにとても都合がよくて助かる。彼のネズミ頭の顔を思い出し、やはり銀行の支店長になるような人は、気が利くなぁと思った。


 エイジさんは、昨日私が牝竜ひんりゅうの代金として支払った小切手の換金と借金の利息を返済をすると言って、先にホテルを出て行った。私も銀行で手続きはあったけれど、借金の返済してるところなんて見られたくないだろうし、一緒に行こうとは言えない。


 彼は、銀行のあとは、家に帰って私の部屋になる予定の空き部屋を掃除するので、今夜はホテルに一緒に泊まってはくれないらしい。別れ際、私が寂しそうな顔でもしていたのか、エイジさんは「明日の朝、迎えにくるから」と頭を撫でてくれた。



 エイジさんの見送りをしてから、私はまたカジノの支配人さんにフロント経由で電話をかけ、彼に「携帯電話を契約したい」と尋ね、オススメの機種と携帯会社を教えてもらう。そのほかにも、百貨店や本屋等の場所を教えてもらい電話を切った。


 化粧品も欲しいが、一度本屋で女性雑誌でも買ってからにしよう。私は身支度を整えてから、ホテルを出た。



 まずは、銀行を訪ね、賞金を三十年の分割払いで受け取る契約を交わし、ネズミ頭の銀行の支店長さんに、かかる手数料や税金などの確認を入念に行う。


 私が大金を得ることになったスロットは、全地域で同じ機種が連動しているタイプで、宝くじ扱いらしい。それで「賞金には、税金はかからない」と言われ安心する。


 ただ、これから、竜主ドラぬしとして、牝竜ひんりゅうにかかる経費(エイジさんの牧場への飼育委託費等)支払いも必要となってくるので、やはり税理士さんを紹介してもらうことにした。


 実は、内緒でエイジさんの牧場の借金を全額肩代わりしてしまおうとも思ったが、彼の借入利息は中小企業支援の一環でかなり低金利で、賞金の分割手数料の方が高いのでやめる。


 銀行の支店長さんには、「龍堂様は、すべてにおいて、お話が早くて助かります」と褒められたが、向こうの世界では「可愛げがない」「人をバカにしている」「一人で生きていけそう」などと悪口しか言われたことがないので、私は曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。


 最後に、支店長さんから大口のお客様として、今後も支店長案件にするから、「いつでも気軽に相談してくださいね」と言われて、預金通帳とキャッシュカードをもらう。


 預金通帳を開くと、「160,000,000」という見たこともない数字が並んでいた。小切手は換金された際に引き落としになるのだろうか? あとで、小切手を切った分を把握しなければ。


 手持ちの現金は、まだまだ転移見舞金が残っていたけれど、ATMを使ってみたかったので、少しお金をおろす。ATMの操作感は、日本となにも変わらなかった。


 また、銀行のキャッシュカードには、「BIZA」と書かれていたので、たぶん似た綴りのアレのことだろうと思い、デビットカードとしても使用できると理解した。クレジットカードを作るまでは、これで対応できそう。念のため、ATMのそばにあった冊子をもらう。


 それにしても、この世界は表示も日本語だし、機械類もほとんど向こうの世界と差異がない。転移してきた日本人たちと、こちらの人たちが共同で作り上げた文明なのかもしれない。確かに、これは「渡来人」だなぁと、ぼんやりとした日本史の知識で、そんなことを思った。



 銀行を出た後、携帯電話を契約し、本屋で筆記具と必要な情報誌等を買う。


 それらを持って、近場のカフェに入った。まずは、携帯電話に、エイジさん、転移局、DRAの事務局、それからカジノの支配人さんや、銀行の支店長さんといった電話番号を登録していく。


 あと、おそらく牧場はかなり田舎なようなので、都会であるこの街でできる限り今日中に生活必需品は揃えた方が良いだろう。ノートを広げて、買い物リストを作った。


 時間のかかりそうなものから順次こなしていこう。買い物自体は即断即決タイプなので早いが、化粧品については、やはり使用感や色味を試す時間がどうしてもかかる。百貨店の化粧品コーナーから攻めるプランを立てると、私はカフェを出た。



 夜に、すべての買い物を終えて、ホテルから買ったばかりの携帯電話を使って、エイジさんにその旨を報告がてら電話をしてみる。すると、そもそも携帯電話を手に入れたことにかなり驚かれて、「本当に手続き早いね」と言われた。


 もしや、あの人、そういうの苦手なのかも?

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