第2レース
第6話 嫁入り準備(事後)
エイジさんに馬乗りになった私がTシャツを脱ぐと、彼は慌てて止めてきた。
「ッ!? ユズさん、そういうことは、もっとこうお互いを知ってから、ゆっくり進めるべきでは!?」
「え~。ゆっくりって具体的にどれくらいですかぁ?」
「……どれ……くらい??? え? は? いや、わからんけど、三ヶ月くらい?」
「その三ヶ月、何すれば、エイジさん納得できるんですかぁ?」
「オレが納得!? そうじゃなくて、むしろ女性側的に不安でしょうが! 昨日今日に会った人間と」
「それ言うなら、昨日今日に会った人と、もう結婚してますし」
「それは、緊急事態だったからでしょ!!」
「まぁ、それはそうですけどー。じゃあ、別に私の方は、特に不安ないので、その三ヶ月ショートカットでお願いします」
「……ショートカットぉ!?」
―― そして、一時間後。
「結構なお手前で」と、私が正座でお辞儀すると、
「いえいえ、こちらこそお粗末様でした」と、エイジさんも正座でお辞儀を返す。
どこまで寝返りをうっても落ちなさそうなくらい大きなキングサイズのベッドの上で、一戦を終えた私たちはお互いを称え合った。
「ところで、ユズさん、どこに住むつもりなの?」
「え? そりゃ、エイジさんの牧場に。……もしかして、ダメでした!?」
「いや、それはいいんだけど、うち女性が住むには、ボロいってゆーか……ユズさん、都会の人みたいだし……キツイと思うんだけど……」
「土地余ってるなら、家建てましょうか?」
家って、いくらくらいかかるんだろう。三千万くらいかな。
「いちいち、言うことのスケールがデカイ! まぁ、それでもいいけど、じゃあ、家建つまでは、この街に住んだら?」
「なんですってぇ!! 新婚早々に、別居婚!? ハッ! もしや、それで離婚へと逃げ切るおつもりか! おのれ、策士! なら、断固拒否ですね!」
エイジさんは、だいぶ私に慣れてきたのか、呆れたようにため息をつく。それから、ボフンっと、彼は枕に向かって寝っ転がった。
「ユズさんって、なんでそんなテンション高いの?」
「テンション高いですかね~。まぁ、こっちの世界来てから、ツキまくってるんで、多少はしゃいでるのは否定できないですけど」
彼が「隣で寝なよ」とでもいうようにポンポンとシーツを叩いたので、私もゴロンと横になる。
「まぁ、うちに来るのは全然いいし、生活してみてキツかったら別居でもオレは構わないから。とりあえず、少し落ち着いて考えなよ。ユズさん、なんか無理して明るく振舞ってる感じあるし」
家がボロいって具体的にどんな感じなんだろう?
「ちなみにですけど、お風呂場とトイレのボロさ、どれくらいですか?」
「……オレの話ちゃんと聞いてた? まぁ、いいけど……。あー、風呂とトイレね。うち男所帯だし、マジ最低限だね」
「もしや、トイレ、汲み取り式?」
「さすがに水洗です……」
おー。ギリセーフ。んー。お風呂とトイレは、やっぱりキレイなのがいいなー。リフォームって、費用はさておき(私、いまお金持ちだし)、どれくらい期間かかるんだろう。
私は起き上がって、ベッドサイドにある電話機の受話器を取った。フロントで、カラス頭をした例のカジノの支配人さんにつないでもらう。
「あー。お忙しいところ、すいません。佐藤です。あ、結婚したんで、いまは龍堂です。昨日今日とお世話になってます」
『全然構いませんよー。どうしましたー?』
声の背後でガヤガヤと喧騒が聞こえるので、ホテルのフロントは、どうやら彼の携帯電話につないでくれたらしい。ってか、この世界、携帯電話あるんだ。明日にでも契約しよう。
「お知り合いにいたらでいいんですけど、バスルームやトイレのリフォーム扱ってる業者さん紹介してもらえませんか? できたら、工事早いところがいいんですけど。料金は割増で構わないので」
今朝、服がないと彼に相談をしたら、テキパキと業者さんを手配してくれた。顔が広そうなので、ダメ元で頼んでみる。
『めちゃくちゃ奇遇ですね。いまカジノの常連で、工務店やってる社長さんと飲んでるんですよー。ちょっと待ってくださいね』
受話器の向こうで、なにやら説明してくれてるようだ。
『なんか佐藤じゃなかった龍堂様のこと話したら、めちゃくちゃ面白がってて、はめ込みタイプのユニットバスなら即日完了でやってあげるって言ってますけど』
あのカラス頭、なに人を酒の肴にしてんじゃい。と思いつつも即日はとっても魅力的。
「それって、明日とか明後日の工事可能ですか?」
また、受話器の向こうで、なにやら説明してくれているカラス頭の声。
「明後日の仕事が延期になったから、明後日なら空いてるみたいです。どうします?」
私が「お願いします」というと、その工務店の社長さんがカタログ等を持って、明日ホテルを訪ねてきてくれることになった。たまたま明後日の仕事が延期とは、やはりこの世界に来てからツイている。
でも、寝っ転がってるエイジさんの方を振り返って、リフォームすることにした旨を報告したら、渋い顔をされてしまった。あ、もしやボロい風呂とトイレに愛着あったりしたのか……。
空いてる土地に新しく家を建てるのがOKっぽかったので、リフォームも問題ないだろうと思っていたら、どうやら違ったらしい。
「あのさ。一応、オレの家なんで、事前に了承取ってほしかったんだけど」
確かに、言われてみれば、そのとおりである。
「ごめんなさい」
私は、素直に謝った。
「あと、ユズさん、人の話聞いてないって、よく言われない?」
ぐぬぬ。めっちゃ言われる。
「ユズさんが自分の欲しい物を自分の金で買うのは好きにしたらいいけど、成り行きとはいえ、一応夫婦になったんだし、お互いに関わることは相談して、一緒に決めませんか?」
私は、エイジさんのグウの根も出ない正論パンチに、ちょっとだけべそっと泣いて、「わかりました」と、しょんぼり肩を落とした。
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