第5話 婚姻届と竜主登録
市役所で婚姻届をもらい、必要事項を記入していく。ガツガツとすごい勢いで項目を埋めていく私に反して、エイジさんは未だに放心しているようだった。
「はい! 私のところ書き終わったので、エイジさんヨロシクです!」
私は、そう言って婚姻届を元気よくエイジさんに渡した。
―― 遡ること、一時間前。
私が結婚すれば、住民票がすぐにできるから、結婚しませんか? と提案したところ、エイジさんは腰を抜かすほど驚いたあとで、私に雷を落とした。
「アンタ、何言ってんだ!?」
その大声に、私は耳を塞ぐ。DRAのお兄さんもビックリした顔で、エイジさんを見つめていた。
「エイジさん、結婚してるんですか?」
「いや……してないけど……」
「なら、エイジさん、恋人とか、結婚約束してる人とか、好きな人がいるとか?」
「いや……いないけど……」
「じゃあ、とりあえず、結婚しましょうよぉ!
「明日にでも離婚って……マジで何言ってんの……?」
エイジさんは、まるで宇宙人でも見るみたいな顔で、私のこと見つめてきたけど、私はスルーする。その代わり、怪談でも話すかのように、おどろおどろしい声を出した。
「……エイジさん、知ってますか? 借金の肩代わりって、別に債務者の同意なくても、できるんですよ? ああ、怖いですねぇ。怖いですねぇ。勝手に借金なくなってしまいますねぇ」
他人に理由もなく施しを受けることに抵抗がある真面目なエイジさんは、「なっ!?」と声を出したあとで、二の句が継げないのか、口をパクパクと動かしている。
そんな感じで、DRAのお兄さんには、「ちょっと手続きしてくるので、待っててください」と言い残して、私たちは市役所に来たのだ。
◇◇◇
書き渋っていたエイジさんは、突然閃いた顔で、婚姻届から顔をあげた。
「証人いないじゃん!」
勝ち誇ったように宣言する彼に、私は不敵な笑みを浮かべて見せる。私は味方の到着を待っていた。そして、彼らは現れる。
「あ、佐藤様いたいた」
銀行の支店長さんと、カジノの支配人さんだ。
「は??? ちょっと待って。アンタら、もしかして……」
「あ、はい。佐藤様に、婚姻届の証人になってくれと頼まれまして」
二人ともお互いに顔を見合わせると、彼の質問にそう答えた。
「おかしいでしょ!? 頼まれて『はい。そうですか』って、おかしいでしょ!?」
エイジさん、渾身のツッコミ。だよねー。わかるー。
「なんか普通に面白いかなって」
でも、カジノの支配人さんは全く悪びれる様子もなく、そう言い放つ。
「私としましては、不良債権が減るのは良いことですから」
銀行の支店長さんも眼鏡をクイッとしながら、さも当然ですっといった感じ。自分で仕組んでおいて、アレだがこの状況面白すぎる。私は頑張って、笑いを堪えた。
「ユズさん……、肩震えてるから。笑ってんのバレてるからね」
ジトっとした目で、エイジさんから指摘を受ける。
「っふふ……、ちょっと頑張って我慢してるんですから、笑わせないでください」
私がそんなフザけた態度を取っていたせいか、「はぁ……」と、エイジさんに大きな溜め息を吐かれた。その溜め息が、かなりガチな溜め息だったので、さすがの私も彼が本気で嫌がってるとわかり、肩を落とす。
まぁ、無理強いもここまでかなぁ。仕方ない。諦めるかぁ。あの
「わかりました。エイジさんが、そんなに嫌なら諦めます。あの子の
私は、エイジさんに頭を下げた。ついで、銀行の支店長さんと、カジノの支配人さんにも、頭を下げる。
「せっかく、市役所まで来ていただいたのに、フラれてしまいました。お手数をおかけして、すいません」
二人とも「面白かったので、大丈夫ですよ」と言ってくれた。優しい。そして、私が市役所の記入台の上に置かれた婚姻届を破ろうとした時だった。
「だぁあああ! わかったよ! 結婚すれば、いいんだろ! そんな悲しそうな顔しないでくれよ……」
エイジさんは、私から婚姻届をひったくり、必要事項を記入してくれる。
「いいんですかぁ!!!」
思わず、私が抱きつくと、エイジさんは「うわっ! 字が曲がるだろ!」って怒ったけど、私は嬉しくて仕方なかった。
◇◇◇
ふんふんふーん♪ と鼻歌混じりに、
明日は、銀行での手続きがあるので、私の泊まっているホテルのスイートルームに、エイジさんも泊ってもらうことにした。
「あのさ。明日、銀行で手続き終わったら、離婚するってことでいいのか?」
ガーン。ショックで、
「そ……そんな……殺生な……」
私が半泣きで訴えると、彼は見るからに動揺した。そんなに早く離婚したいでござるか? さすがに、ショックなんだが。
「いや、ユズさんが自分でそう言ってたんじゃん。なんで、オレが薄情者みたいになってんの!?」
「それはぁ、エイジさんの心の負担を取り除こうと思って口にしただけで、本心ではありません……」
よよ、と泣き崩れながら、私は名演技を披露してみた。今年のラズベリー賞待ったなしだね。あれ? ラズベリー賞ってダメな方の賞だっけ?
「でも、ユズさん、どちらかというと、面白いからオレと結婚したよね?」
疑いの目を向けられる。う……。確かにかなり面白がっていたので、なにも言い返せない。エイジさんは、ミニバーから缶ビールを二本取り出すと、片方を私にくれた。彼はおもむろに、ビールを飲み始める。
「はぁ、オレさ。実は、昨日あの後、転移局に行ったんだよ」
溜め息まじりに、彼はポツポツと語りだしたので、私は黙って聞くことにした。手持ち無沙汰なので、私も缶ビールを開けて、飲む。
「飯でもどうかなって思って。でも、受付で、ユズさん、電光石火で手続き終わらせて、出ていったって言われてさ」
確かに、私、事務手続きには自信があるのだ。唯一といっていい特技である。ところで、この世界のビール、なかなか美味しくて軽く衝撃。うめぇ。
「ぶっちゃけ、こんな感じじゃなくて、普通に仲良くなりたかったわ」
話をまとめると、エイジさんも私のことは飯に誘うくらいは、初対面で好感をもっていたということだろう。ん? これは、押せば、イケるのではないかね?
「いまは、もう仲良くなりたくない感じですかぁ?」
この世界に来てから、なんや勢いで好みの男性とも棚ぼた結婚できたし、カワイイ
「せっかく、結婚したんですから、これから仲良くなりましょうよぉ!!」
私は、ローテーブルに缶ビールを置くと、行けるところまで、行ってみよう精神で、エイジさんに抱きついてみた。
「うわぁ! だから、急に抱きつくなって!」
「とりあえず、アレですよ。エッチなことでもしましょう。そのあたりの相性診断から、どうですかね!!」
そうやって、勢い任せにエイジさんをソファーに押し倒したら、エイジさんの手から缶ビールが落ちて、高そうなスイートルームの絨毯を濡らしたけど、私はいまや大金持ちなので、気にしないことにした。些事である。
(第一レース・終)
******
少しでも本作お気に召しましたら、是非ともお話の途中でも作品のフォローや星★評価をお願いします!
https://kakuyomu.jp/works/16817330655675113792
また、ハートはしおり代わりに、応援コメントは感想お気軽に♪
最後に、誤字脱字等につきましても、もしお気づきの点ございましたら、応援コメント欄にて教えていただけますと幸いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます