第4話 押し切り結婚
繁殖用
エイジさんはその後もトラックを会場まで運転している間、ずっと黙っていて、獣の耳をピクピクさせていて、どうやら怒っているようだったので、私は助手席でしょんぼりと肩を落とした。
街の中心部から少し離れたところに、競馬場に似た建物と広大な芝生が見えてくる。府中の競馬場、元カレに連れて行ってもらったなぁ等のあまり良くない記憶が思い出されたが、頭をふってかき消した。
「競りの会場は、こっちだから」
そっけないエイジさんに導かれ、彼のあとをピヨピヨと、ヒヨコのようについて歩く。開けた先に、パドックがあり、そして――
「これが……ドラゴン……」
私は息を飲む。太陽に照らされて、赤や青、黒といった輝きを放つ皮膚と、その下で屈強に張り詰めた筋肉がとても美しい。頭部からは皮膚と同じ色の毛がフサフサと、トサカのように逆立って生えている。瞳は金色でキュルりと、客たちを見ていた。かなり太い大きな後ろ脚と小さな前脚から見て、前傾姿勢の二足歩行で走るようだ。
初めて見るドラゴンは、有名な映画で観た恐竜の姿によく似ていた。
「はわわ……カワイイぃぃぃいいいい!!!」
パドックの柵にしがみついて、私がはわはわ興奮していると、エイジさんは先に行こうとしていた足を止めて戻ってきた。それから、私の隣に立つと、顔をのぞきこまれる。
「プッ。牧場関係者以外で、ドラゴン見て『カワイイ』なんていう人、初めて見た」
え……エイジさん、笑ってくれたぁぁぁあああ!! ドラゴンに続いて、思わず、はわはわしてしまう。笑顔めっちゃ少年ですね。素敵です。
「うちの子の方が、断然カワイイから早く見に来てよ」
エイジさんそう言って、ニヤッと笑うと、厩舎へ向かって歩き出した。
ええええええ……それは反則ですぅぅううう! うちの子、自慢! 対抗心! ご馳走様です、などと思いつつも、私は慌てて後を追った。
◇◇◇
厩舎に入ると、奥にひときわ青く美しいドラゴンが佇んでいる。直感的に「この子だろう」と感じた。エイジさんはその子に近づいて、頭を撫でる。撫でられて嬉しいのか、キュルキュルとカワイイ鳴き声をその
私もエイジさんの隣に立つ。触っていいのかな。まごまごドキドキしていると、エイジさんは「優しくね」と私の手を取って、彼女に触らせてくれた。
彼女と目が合う。クルクルと美しくて、カワイイ金色の瞳が私を見つめ返してくれる。心臓が鷲掴みされた気持ちになった。
「……エイジさん、この子にかかる経費って、年間いくらくらいですか?」
「そうだな……。この子だけなら、年間一千万円もかからないよ。でも、この子は繁殖用なんだ。だから、競争竜を産むためにいるんだ。そうなると、
私の質問の意図をくみ取ったのか、エイジさんは銀行の時のような態度ではなく、ちゃんと答えてくれた。
「寿命は、どれくらいですか?」
「個体でまちまちだけど、長いと三十年かな」
三十年払いの場合、ジャックポットで当てた賞金の支払額は年間一億六千万円。自分の生活に必要なお金は自分で稼いで、賞金は全部この子とこの子の産む子竜たちにかけるなら足りそうだ。私は、ひとつ強く頷いてから、エイジさんの目を真っ直ぐと見て、意思を告げる。
「エイジさん、私、この子買います!」
エイジさんは仕方ないなって表情をしつつも、でも良い笑顔で頷いてくれた。
◇◇◇
「あ~、ダメっすねぇ。仮カードじゃ、
私とエイジさんは、繁殖用
「所得制限の方は、銀行から出してもらった資金の証明書で大丈夫ですけど、まだ住民票できてない状態ですから、
な……なんですってぇ!! 住民カード出来上がるまで、あと一週間もかかるじゃん! ンガーっと、私が落ち込んでいると、隣のエイジさんも落胆しているようだった。うう……変に期待させちゃったよぉ。
「ユズさん、本当に気持ちだけは、ありがたかったから。色々ありがとうね」
うわー! 締めに入ってるよ、エイジさん。ちょっと待って、マジ待って。
「銀行に電話してみますから、ちょっと待ってください!」
私は慌てて、DRAのお兄さんから電話機を借りる。さっき、銀行の支店長さんからもらった名刺に書いてある電話番号をダイヤルした。呼び出し音の後で、直通だったようで、すぐに彼につながった。事情を話す。返済の再延期か、私が一旦利息分だけでも借金の肩代わりをするか。
支店長さんの回答を待っていると、予想外の答えが返ってきた。
『住民票すぐ作る方法ありますよ』
なんだとぉ~! 「そこ詳しく!」と急かして、裏技を聞き出す。そして、その裏技の内容に私は固まった。ちょっと茫然自失状態で、電話を切る。エイジさんは「やっぱりダメだったか」という顔をした。
んー! んー! んー! 私は自問自答する。
いや、まぁアレだな。とりあえず、提案するだけしてみよう。断られたら、その時だ。
ちょいちょいっと、エイジさんを手招きする。耳を貸してくれとジェスチャーすると、背の高い彼は私が耳打ちできる位置まで頭を下げてくれた。私は、ええいままよ、と目をつぶって彼の大きな獣耳に話しかける。
「あのぅ……なんか……ここの人と結婚した場合は、すぐに住民票できあがるそうで……えっと……エイジさん独身で、いま恋人もいないようでしたら……えっと……あの……その……私と結婚しませんか?」
なんとか裏技を言い終わると、ガタンっと音が鳴り響いた。コワゴワと私は目を開ける。すると目の前には、腰を抜かして尻もちをついたエイジさんが、私を見上げていた。
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