第8話 奥様はオーナー様
翌日、ホテルに迎えに来てくれたエイジさんは、なんだか憔悴しているようだった。
「あの……大丈夫ですか?」
トラックの助手席から彼に問いかけると、曖昧な何とも言えない苦い表情を返される。
「あのさ……先に謝っておきたいんだけど、ちょっと親父がね……ユズさんに失礼な態度取るかもしれなくて……」
おお、義父から歓迎されてないのか。って、当たり前か、降って湧いて出た嫁だしな。おまけに、渡来人だしの。
「まぁ、完全に押しかけ女房ですし、大丈夫です。わかりました」
そういや、八年間つきあった男の両親からも、あんまり歓迎されてなかったなぁ。
「ブハッ! 押しかけ女房の自覚あったのね!」
朝からずっと難しい顔をしていたエイジさんは、そう言って笑顔を見せた。
笑顔いいよなぁ。少年のようだ。彼にどう思われてるのかわからないけど、私は結構好きだな、この人。真面目だし、優しいし。世話焼きっぽいし。エッチも悪くなかったし。いや、八年間の男に比べたら、雲泥に良かった気もするな。
八年間の男 VS 昨日今日の男。勝者、昨日今日の男!
そんな男性陣から怒られそうなことを考えながら、車窓からザ田舎の風景を眺める。ラスベガスっぽいあの街から車で一時間ほどで、砂漠は見えなくなった。
田んぼと畑。時々、「
「もうすぐ着くからね」
そうエイジさんに言われて、十五分くらいすると、アーチ形の看板が見えてきた。
『龍堂レーシングドラゴンファーム』
おお。予想より大きい立派な牧場だ。借金払えないっていうくらいだから、潰れかけなのかと思ってたわ。
でも、確かに牧場には、ドラゴンの姿は見えなかった。もしや、私が買ったあの子しか、今はいないのかしら。
「あのさ、また親父のことで申し訳ないんだけど、一応、カジノで大金当てた話はしたけど、ドラゴン買えるくらいの金額とだけ伝えてて……」
「ああ、はい。めっちゃ大金持ちなことは、黙っておきますね!」
「助かる。ちょっと、親父ダメな人なんで、その辺……」
まだご存命なのに、牧場も家もエイジさん名義の時点で、まぁ何かしら問題あったんだろうなとは薄々感じていたので、私はすぐに察して頷いた。
ちなみに、防犯上、小切手帳や通帳などは銀行の貸金庫に入れてある。
住居の前にトラックが着く。エイジさんの家は、彼が言うほどボロくはなく、よくある田舎の農家の家って感じだ。そんなことを思いつつ、トラックから降りて、エイジさんの後に続く。
バンッ!
彼が玄関の扉に手をかけた瞬間だった。開ける前に、扉が開く。
「おおおおおおおお……おいッ! エイジ、帰ったのか!! あああああああのな……トイレが勝手に動いたぁああああ!!」
「はぁ? 何言ってんだよ、親父」
「ウソじゃないって、トイレが勝手に動くんだよ! こえぇえよ! それに、なんか工事だって人がたくさん来て、今、風呂の工事もしてるし、どうなってんだよ!」
トイレが勝手に動くって、あれか。人感センサーで、フタが自動で開くやつかな。それにしても、もう、トイレのリフォーム終わったんだ。イノシシ工務店、お仕事はやーい。
私は、エイジさんの後ろで、とりあえず、貼り付けたような笑顔でスタンバイ中。でも、私の存在に、全然気がついてくれないぞ、義父。
「工事あるって昨日話したじゃん。ってか、酒クッサ。また、昼間から飲んでんし」
背の高いエイジさんの後ろからチラ見した義父の頭は、カワイイ柴犬だった。その時、ようやく柴犬義父が私の方を見たので、私は唇をVの字に固めて、目を三日月のようにして営業スマイルで出迎える。
「彼女がユズさん。オレと結婚したとはいえ、
ンンン。エイジさん、その言い方はちょっと逆効果かなぁ~。柴犬義父も「ケッ」って顔しておりまするぞぉ。
「はじめまして、柚子です。エイジさんはそう言ってますけど、お気遣いなさらずに、よろしくお願いしますね」
柴犬義父は、私を上から下までジロジロと三周ほど見た後で、「ケッ」に続いて「フンッ」といった感じで顔をそらした。わりと爽やかめのエイジさんからは想像できない感じの、やさぐれたオッサンやなぁと思いつつも、営業スマイル継続中。
エイジさんは、父親の態度にため息をついた後で、私を部屋に案内してくれた。
◇◇◇
エイジさんが用意してくれた部屋は、物置にしていたという割に、日当たりも風通しもよい広い部屋だった。すでに到着済の衣服などが入った箱が、部屋の中央に積み重ねてある。
私は、メジャーで部屋を採寸していく。昨日のうちに、購入予定の家具は決めていたが、もし入らなかったら、とお店には待ってもらっていたのだ。採寸が終わってから、家具のカタログを開き、挟んでいた昨日担当してくれた販売員さんの名刺の電話番号に電話をかける。
「昨日お邪魔した龍堂です。部屋に全部入りきりそうなので、送っていただいてもいいですか?」
たくさん買ったからか、「今日の夕方には届きますよ」と言われた。やっぱり向こうの世界の時よりも格段に周りの対応が良い気がする。まぁお金持ちになって、私の心に余裕が生まれたからかもしれないけど。
そんなことをしていると、部屋の扉が開いた。ノックくらいしてほしいけど、鍵しめてなかったからなぁ。あ、エイジさんは、部屋に鍵をつけてくれていた。そういう気遣いできるところ、やっぱり好きだなと思う。
扉を開けた人物は、柴犬義父だった。うん。この人は、本当にデリカシーなさそう。営業スマイルを発動させる私。
なにか嫌味を言われるかもと、身構えていると、彼は、突然、私の手を自分の両手で包み込んだ。「ヒッ」と出そうになる悲鳴をなんとか我慢する。
「ユズさん! ウォシュレット、最高だね! この家に来てくれて、本当にありがとう!」
あ、うん。ウォシュレットないトイレとか、私もう無理だから、ウォシュレット付きにしたけど、私よりも先にお試しになられたのですね、お義父さま……。
私の完璧だったはずの営業スマイルは、その事実にちょっとだけ崩れた。
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