2 鳳凰暦2020年4月8日 水曜日 国立ヨモツ大学附属高等学校1年1組(1)
入学式の日の朝、私――平坂桃花はそれを見た瞬間、鏡もないのに、口元に笑みを浮かべる自分が見えたような気がしたのです。
国立ヨモツ大学附属高等学校ダンジョン科の生徒昇降口前に設置された掲示板と、そこに貼られたクラス名簿。あいうえお順に並んだ名前を1組から順に確認して――他のクラスを確認するまでもなく、私の名前は1組で見つけることができたのですけれど――私の名前よりも先に、懐かしい名前を、私は見つけてしまったのです。
全国から生徒が集まる国立ヨモツ大学附属高等学校ですから、彼と同姓同名の他の生徒であるという可能性もゼロではありません。でも、私は、それが彼だと確信していたのです。なぜなら彼は、小学校の頃から、それだけの優秀さを見せつけていたのですから。
鈴木彰浩――私にほとんど興味を持たない男の子……いえ、私ではない何かに、自身の興味や関心のほとんど全てを向けている、男の子、と言うべきかもしれません。
教室ではほとんどの時間を読書して過ごしています。小学校3年生で同じクラスになった時に知ったのですけれど、当時の彼は図書室から借りた図鑑を読み漁っていました。今思えば、彼は知識欲の塊だったのかもしれません。
そして、まるで私をひとりの異性としてほとんど意識していないということを伝えようとしているかのような、感情の揺らぎの全くない、その瞳。特に小学校5年生以降の高学年では煩わしさしか感じなかった他の男子たちとは完全に別物の、彼の視線。
彼に話しかけると返ってくる、平坦で、短い、ともすれば冷たいとも思ってしまいそうな対応。これは、残念ながら、私に限ったことではなかったのですけれど。
それでいて、運動会では他を寄せ付けない、圧倒的な速さでグラウンドを駆け抜けていくのです。日頃の彼とは全く異なる、輝くような男の子らしさで。
高校生となった今、思い出しても、全身に震えが走ります。私は、おかしくなってしまったのかもしれません。これを恋と呼ぶのかどうかは、私自身にもわからないのですけれど、私は、彼に、とても、とてもとても、興味があるのです。
桃喰小学校からは、同学年で彼と私の二人だけが、国立ヨモツ大学附属中学校ダンジョン科の合格基準に達していました。だから私は、中学生になったら、彼と二人で附中に通えると信じていたのです。彼が私にほとんど興味がないということを忘れて。
なぜなら、彼ほど、学習能力と運動能力の両方にバランス良く優れ、努力を怠らず能力を磨き、将来、トップランカーとなる可能性が高い人はいないと思っていましたから。思い込んでいましたから。
でも、彼は附中を選びませんでした。それを私は、彼は私に興味がないだけでなく、ダンジョンにも興味がないのだと理解したのです。それは私にとって、とても悲しいことでした。
わずかでも彼との繋がりを保っておきたい。
そうすることで彼にもダンジョンに対する興味を持ってほしい。
そう思って、5年生から彼宛てに出し始めた年賀状を、別の中学校へと進学しても私は出し続けました。附中でのダンジョンでの活動について触れつつ、年賀状にしてはやや長めのコメントを書き添えて。
それに対する彼からの年賀状は、おそらくお義父さまがパソコンで作成されていると思われる、家族4人の写真と飼い犬の写真、新年用の定型文、そして、お義父さま、お義母さま、彼、義妹の名前が横並びで印刷されている、それだけの、本当にそれだけの年賀状。
彼の手書きの文字はひと文字も存在しません。
もちろん郵便番号、住所、氏名も印刷。
彼からの年賀状が届くのは1月3日ですから、パソコンに住所録データがあるのでしたら、元旦に送る分と同じように年末に一斉印刷をした方が手間はかからないはずですのに。
元旦に無駄な手間を取られないで済むはずですのに。
私が元旦に届くように年賀状を出さなければ、返信する気がないという、本当に、私に興味がない、彼らしい年賀状。
ひょっとしたら彼ではなく、お義母さまあたりが気を利かせて返信していらっしゃるのかもしれないと実は少し疑っているくらいです。せめて、それだけは本当に違っていてほしいと思うのですけれど。
私の年賀状は、附中の友達が一緒に写ったプリクラのシール以外は全て、郵便番号さえも手書きだというのに。
宛名に書いた彼の名前のバランスがほんの少しでも美しくないと思えば、何枚もの年賀状を消費して郵便局の売り上げに貢献しつつ、私自身が納得するまで、私は彼の名前を何度も何度も書き直しているというのに。
郵便局へ出すと、他の年賀状と輪ゴムでまとめられてしまうと気づいて、中学校2年生からは、まだ元旦の暗いうちに、彼の家まで直接行って、私自身の手で彼の家の郵便受けに投函して、輪ゴムでまとめられているものとは異なる、特別な年賀状だと訴えているというのに。
元旦に彼からの年賀状を受け取るためには、もういっそ、クリスマス・イヴくらいに彼の家の郵便受けに年賀状を投函した方がいいのかもしれないと私は真剣に悩んで、でも、それはさすがにおかしいだろうと考え直してあきらめたというのに。
鈴木彰浩――彼は、本当に、私にほとんど興味を持っていないのです。
私は、自分でも驚くほど、彼に興味津々だというのに。
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