1 プロローグ 少年はヒロインたちと出会った。だが少年はダンジョンを望んだ(4)


「今日はもうこれで終わりだからな。ガイダンスブックはきっちり読んでおけよ。寮生は昼食後、十三時半から入寮式と歓迎会があるから、そのつもりで。寮生で保護者が来てる生徒は、このあと必ず会っておくように。冬休みまで会えないからな」


 先生が教室に戻った生徒たちに、この後のことを説明してくれた。


「んじゃあ、解散」


 そう言ったら、先生はすたすたと教室を出て行った。中学校の時のような、委員の号令でのあいさつとかがないので、高校はこういう感じなのか、と新鮮さを感じる。

 とりあえず、荷物をまとめて、アイテムやレンタル武器を確保するために校舎内にあるギルドの出張所へ行こうと動き出すと、僕が立ち上がった瞬間に声をかけられてしまう。


「久しぶりだね、鈴木くん」


 教室の中央付近全体がざわっと蠢いたのがわかった。わかってしまった。


 この教室の中で、僕に対して「久しぶりだ」と声をかけてきそうな人物は一人しかいないだろう。というか、声をかけてきたことに驚いたのは僕自身だと思う。周囲以上に。律儀な人らしくて、5年からずっと年賀状は届いてたけど、まさか声をかけてくるなんて。


「……うん」

「私のこと、覚えてる? 平坂桃花だよー? 小学校、同じだった」

「うん」


 ……というか、聖女ヒロイン――平坂さんが、僕のこと、一人の人間として、個体として認識しているってことが、意外過ぎる。なんで?


「鈴木くんは元気にしてた?」

「うん」

「あんまり元気じゃないみたいだけど?」

「あー、いや……」


 おなしょーらしーぞ、なんだおなしょーかよ、じもとみんかー、とか、聞こえてくる。たぶん、聞き耳を立てている附属中の出身者たちだろう。

 関係なさそうな人たちは、もう教室から出て行ってる人もいる。親も来てるんだから、そうだよな。


「鈴木くんなら、附中を受験すると思ってたんだけどなー。小学校で、成績、すっごく良かったよね? 足もすっごく早かったし。附中の入試でも、附中に入学しても見かけなかったから、ダンジョンに興味ないのかと思ってたよー」

「あー、いや、興味は、うん、あった、けど、うん」

「そうだよねー。そうじゃないと、附属高のダンジョン科には来ないよねー」

「うん」

「同じクラスで嬉しいよ。また仲良くしようねー」

「あ、うん……」


 ……また? 仲良く? 小学校で平坂さんと仲良くしていたという記憶は僕にはないんだけど。僕の記憶、どこかで喪失してるのかな?


 じゃあ、また明日、と言って、平坂さんが自分の席へと戻っていく。そこにおそらく附属中出身だと思われる女子が集まって話し出す。

 出鼻を挫かれた状態になってしまったけど、気を取り直して、教室を出よう――としたら、またしても声をかけられる。


「あなた、鈴木っていうのね」


 僕の後ろの席の弓ヒロインで新入生代表――浦上姫乃だ。あと、声のトーンが、なんか、棘があるような気がする。「あなた、ゴミっていうのね」って言われた感じ、と言えばわかるかな? 美人の冷たい視線とセリフ、ごちそうさまです。

 そして、切れ長な茶色の瞳が細められている。これはもう、浦上さんが近視なのに眼鏡やコンタクトをしていないという可能性を除けば、確実に僕がにらまれていると思う。

 そのまま荷物を持った浦上さんが僕の横を通って。


「……絶対に、負けないから、あなたには。あなたにだけは」


 そう言い捨てて、教室を出ていく。


 ……ええと。なんで、僕、弓ヒロインの浦上姫乃からにらまれた上にライバル宣言みたいなの、されてんの? もう、意味がわかんないんですけど?


 二度も出鼻を挫かれて、しかも、先に出て行かれてしまった。なんだそれは。僕は再び気を取り直して、教室を出ようと動き出す。その瞬間――。


「ちょっとちょっとちょっと」


 窓の方からカバンを背負って早歩きで近づいてきた侍ヒロイン――設楽真鈴が、僕の腕を掴んで廊下へと引っ張り出し、そのままぐいぐいと、他の生徒が昇降口へと向かう流れに逆らって、人がいない方へ進んでいく。

 廊下がL型に曲がって、普通教室棟から特別教室棟へと入ったら、僕と設楽さん以外は誰もいなくなった。なんだこの強引な二人きり状態は?

 きょろきょろと周囲を確認した設楽さんが、ぐいっと僕へと向き直る。掴まれてる腕がちょっと痛い。あと、顔が近くて、赤い。くそ、そばかす、カワイイ……。


「鈴木くん? 約束、絶対だからね⁉ 絶対なんだからね?」

「え、と……」


 ……すんません、設楽さん。マジ、顔が近いです。あと、なんか必死過ぎです。でもカワイイです。


「絶対だから⁉」

「あ、えと……」

「覚えてるよね⁉」

「あー、と……設楽、真鈴、さん?」

「名前じゃなくて⁉ あれ!」

「あれ?」

「覚えてないの⁉」

「えーと、約束?」

「そう! 約束!」


 ……それはともかく、なんか、女の子のいいにおいがします。


「……なんだっけ?」

「覚えてないんだ! あ、いや、それならそれで……」

「あ、ひょっとして、『ドキ☆ラブ ダンジョン学園 ~ラブ・クエス……」

「わーーーっっ!」

「もがっ……」


 設楽さんの左手が、がばっと僕の口をふさいだ。


「それは誰にも言わない約束~~~っっ!」


 ……あ、やっぱり。あの時の、ちょっとエッチな少女マンガ、『ドキ☆ラブ ダンジョン学園 ~ラブ・クエスト・モーニング・キッス~』全十二巻のことでしたか。


 もちろん覚えてます。というか、今、言われて思い出したんだけど。

 いや、あれから半年ぐらい経ったよな? そんなに恥ずかしいならそんなマンガを男子に売るなよ。

 あと、設楽さん、今、僕、あなたの掌にキスしてる状態です。僕のせいではないけど。

 もうちょっと乙女としていろいろと考えて行動してほしいです。そんなことは言えないし、言わないけど。


「絶対に言わないで⁉」


 まるで僕の心の中の声に答えたようなセリフだったけど、こくこく、とうなずく、僕。だって口、ふさがれてるし。


「絶対だよ? 絶対にだよ?」


 こくこくこく、とうなずく、僕。唇は口の中へ巻き込むようにして、設楽さんの掌にキスしたがる変態ではないことを必死にアピール。アピールになってないとは思うけど。


「まさか、ここのダンジョン科で鈴木くんと一緒のクラスになるとは……」


 ……そういえば、設楽さんは推薦入試、僕は一般入試なので、僕は全国大会で活躍した設楽さんがここに来ることを知ってたけど、設楽さんは僕がここに来ることを知らなかったんだろうな。同じクラスになるとは僕も考えてなかったし。


 設楽さんはまだ、右手で僕の左腕を掴み、左手で僕の口をふさいだままだ。というか、そろそろ解放してほしい。肉体的には健全な高校生の男子として、かなりカワイイ女の子にこんなことされたら、中身が大人でもさすがにドキドキする。話してる内容がアレだから、恋愛的な勘違いはしないけど。


「地元の人なんてほとんどいないも同然なのに、よりによってここで鈴木くんとは……」


 確かに、ここの生徒は全国から集まるので、僕たちのような地元の生徒の割合は低くて、人数はとっても少ない。


 ……よりによってとか言われてもなあ。成績的には、僕がここに入学するのは妥当だと思うけど。


 あの少女マンガ、確かにエッチなシーンは豊富にあったけど、ストーリー展開で自然に描かれてたし、それほど濃厚な感じではなかったと思う。本屋の販売スペースは普通の棚の方だし。成人指定じゃなくて。

 ここまで恥ずかしがるのは、設楽さんが純真で初心な女の子、ということだろうか?

 もし、そうなら、今のこの体勢に、乙女として恥ずかしさを感じてほしい。マジで。


 僕は動かせる右手で、設楽さんの左の手首を握り、ぐいっと押して、ふさがれていた口を解放する。もちろん、すぐに設楽さんの手首から手を放す。


「……そろそろ、この体勢、やめない?」

「え……」

「いろいろとあせってたのはわかったけど、腕、掴んだままだし」

「あ、ごめ……」


 謝りかけた設楽さんが口ごもり、目を見開いて、赤くなっていたそばかすほっぺがさらに赤く染まっていく。


 ……いや、マジでカワイイ。そばかすカワイイ。照れ顔カワイイ。語彙が消える。


「くぅぅ~~~っ、ご、ごめんなさい~~っっ!」


 全力ダッシュで立ち去る、いや走り去る設楽さん。さすがは剣道全国レベル。走るのも速いんだな。

 ……というか、設楽さんって、あんな子だったんだな。ゲームでは、もっとクールなイメージだった記憶があるけど。ザ、武士、みたいな。


 いや、そんなことよりも、僕はなんで、DWのヒロインたちに絡まれてんの?

 僕、モブだよな?

 僕の名は、鈴木彰浩。

 佐藤、田中などと並び称される、モブ・オブ・ザ・モブ・ネームの鈴木。全国の鈴木さん、ごめんなさい。でも、わかってもらえると信じています。

 名前のアキヒロっていうのは、確かにこれまで小中と同じクラスで同名の人と一緒だった記憶はないけど、だからといって珍しい名前でも、主人公っぽい名前でも、ないと思う。

 ヒロインたちの名前と比較してみてほしい。ヒラサカモモカ、シタラマリン、ウラガミヒメノ、そして、僕はスズキアキヒロ。


 ……うん。どう考えても、僕はモブです。特別感がなさ過ぎる。


 あれ? DWの主人公の名前って何だった? 1年1組だったのは間違いなくて……。

 ……ん? いや、ゲームスタートの時点で、名前は入力するタイプだったよな?

 デフォルトネームはなかったような? ないよ、な?

 その代わり、織田信長でも、藤原道長でも、源頼朝でも、なんなら、わきばらかゆい、とか、おしりくさい、とか、そういうおかしな名前でもプレイできたはず。普通はしないけど。『私はもう動けないもの。先に逃げて、おしりくさい』とか、ヒロインに言わせてどうする? シリアスぶち壊しだろう? シナリオは壊れないけど⁉


 いや、そうじゃなくて。

 ……この世界だと、僕が主人公だって、可能性も、あるってことなのか? それとも、クラスに主人公がいるのか?

 そもそも、ヒロインたちと主人公との出会いイベントが、僕とは、全然、違う。


 聖女ヒロインの平坂桃花とは、初のダンジョン実習で誰かをかばっての怪我で、平坂桃花にライトヒールの治癒魔法をかけてもらうところで、出会う。というか、初めて会話する。


 侍ヒロインの設楽真鈴とは、入学初日に廊下を走ってきた設楽真鈴とぶつかって、謝られるというのが出会いイベント。


 弓ヒロインの浦上姫乃とは、GW明けの第一テストの結果で、トップ5に入ると、隣の席の浦上姫乃が話しかけてくる、だったような。


 あと一人、出会いすら高難度の隠れヒロインがいるらしいけど、僕がDWから離れてしばらく経ってから偶然発見されて噂になったから実はこの子はよく知らない。


 それに、ヒロインの全員とパーティーを組むのではなく、誰か一人と組むストーリー展開だった。ヒロインはそれぞれトラブルに遭遇するからそれを解決しなきゃならない。三人同時とか無理だろう。当然だよな。


 ……というゲームの事情から考えると、三人と初日から関わった僕は主人公ではないよな? たぶん?


 僕はしばらく考えて、でも、考えても答えは出ないと結論付ける。そもそもヒロインと絡んでトラブルに巻き込まれるのは面倒だから僕は僕の道を行くと予定通りに校地内にあるギルドの出張所へと向かった。いろいろあって少しも予定通りの時間ではなかったけど。

 こんな感じで、僕のDW世界での高校生活はスタートしたのだった。






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