第19話 遡上

 少し登ると、大きな岩場の下にクラックが見つかる。

「狭いから、拡張は必要だが、何とかなるかもしれない」

「残念だな静流。おまえの好きな。濡れ濡れの穴だ。はぐっ」

 静流の見事なボディブロー。


 中根慎一が膝をつく。

「吐くなよ。痕跡が残る」

 俺がそう言うと、涙目で見てくる。

「薄いが、ドライスーツとアーマーを着ているんだぞ。ゴリラかよ」

「まあいい。最低限、広げるぞ」


 それから、二時間ほど掛け。穴を広げる。

 なるべく真っ直ぐでは、奥が見えないようにクランク状に、拡張をした。

「ほら、中根。好きなんだろ。早く入れろ」

 そう言いながら、中根の頭を、ガシガシと蹴る静流。

「言葉のチョイスがおかしい。急ぐな。こういう物は、じっくり行かないとな」

 何とか、ズリズリと入って行く。


 体格では、中根が一番大きい。

「次は、流生が行って。中で、あいつが悪さをしないように、見張っていて」

「はいよ」

 さすが、僕なら簡単。吊ってある装備が、落ちないように気を付ける。

 無論吊ってあるのは、ナイフとファーストエイドキット。


 降りてから、上向けにライトを照らす。

 今背中側では、中根が赤外線と、音響でトラップをスキャン中。


 順に下ろしてくる。


 この場所は、大きな岩が、積み重なり。組み合ったような構造。足下は狭い岩場で、外れたら岩ごと落ちそうだ。

「一度下へ降りて、その後。地下水脈の本幹を上昇かな」

「そうだな。そうしよう。帰り用に、ワイヤーを残置しておくか?」

「そうするか。ただしナッツだからな。押し込んでおくか」

「表面に石を置いて目立たないようにしておこう。このワイヤーは1.5mmだが、耐荷重は1.67kNある。静流の尻でも大丈夫だ。おお。蹴るな落ちる」

「騒ぐなよ」

「悪い」


「1.67kNなら、170kg位は大丈夫だな」

「岩のエッジは気を付けろ。スパッと行くぞ」

「分かったこれで良い。ビレイはセルフか?」

「ワイヤーだから。それしかなかろう。手で掴んだら、あっという間に指がなくなるぞ」

「ほら静かに、ゆっくり早く降りろ」

「おまえが最初だよ。うわ。まだデバイスにワイヤー噛ましていない。落ちる」


「うーん。ここまで仲が良いと気になるな。今度聞いて良いか?」

「おお。じっくり聞かせてやるよ。おまえNTR属性があるのか? 燃えるぞ。ぐわっ蹴るなってば」

 やっと、中根が降りていく。


「あのな流生。隠しているわけじゃないが、あまりペラペラと、言うような事でも無いから。今度ゆっくり言うよ。それで興奮するのか?」

 暗いから分からないが、静流の顔はきっと真っ赤だろう。


「しないよ。気にしなくて良い。それじゃあ行くよ」

 ワイヤーのたるみを見て、降下を始める。先ほど中根が言った通り、細いワイヤーなので、手で掴んだり、手足に絡めば。一気に切れてしまう。

 二つのデバイスをワイヤーに掛けて、テンションを調整して降下する。


 下に降りたら、一気に気温は下がり、下半身は水の中だった。

「周り。トラップはクリア。水深は1~1.2mだ」

「ワイヤーはどこかに引っかけておくか。ぷらぷらしていたら目立つ」

「そうだな、上から下るから上側だよな」


 そう言っていると、静流が降りてきた。抱えてゆっくり足を着ける。

「クリア1~1.2m」

「了解」


 順に、降りてきて伝言ゲーム。

 ただ、山本凪さんは、背がちょっと低く。お腹くらいまで、浸かってしまう。


 まあその間に、中根さんは上流側へ移動中。

 しっかり、ルートを決めどんどん昇っていく。まあ真っ暗だが、キャニオニングのような物。

 模擬施設だが、散々訓練はやった。


 30分から40分くらい。

 運動をあまりしていない、山本さんから泣きが入る。

 仕方が無いので、俺が背負う。


 移動は、ゆっくりでも止まらずが、基本とされている。


「さて、お楽しみ。滝登りだ。どう行く」

 目の前には、高さ10mほどの水が流れる。つるつるの岩肌。

 両サイドも比較的つるつるだが、幅も狭く何とかなるか。


「上段、センサーの類いはどうだ?」

「うーん。見える範囲には、なさそうだな。何とかなるのか?」

「ここはロープで良いか」

 ロープを出してもらい、片側を掴む。


 3角跳びの要領で、上まで駆け上がる。

「おお凄いな」

 中根さんの、声が聞こえる。

 クラックにカムを引っかけ、ロープを通す。


「良いぞ」

 さすがにロープなら、すいすい上がってくる。


「すごいな流生。まるで猿だ」

「褒め言葉か?」

「ああ無論だ」

「なら良い」

 後ろで、静流が控えているからな。


 さてと、チェックはどうだ?

 皆が上がってきて、ロープを片付ける。

 無論カムも外し、回収を行う。


「この辺りから、本格的だな。GPS途絶以降、ジャイロでトレースをしている方向だと、まだ1km以上あるんだがな。見てみろよ」


 そう言って、赤外線スコープを渡される。

「おお、綺麗だな。よくまあ。あれだけ付けたものだ。音は?」

「音響は、少ないな。閉所だから、反響の影響もあるのだろう」

 見えるところで、二カ所。


「基本、センサーの範囲は、取り付けの反対側を拾うから、途中でトラバースして、クルクル回りながら昇るのか。ビレイは無しだな」

「私は、絶対無理」

 山本凪さんが、引きつった声を出す。

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