小説を書いてみよう

尾八原ジュージ

小説を書いてみよう

 小説を書いてみようと思った。冒頭から人が死ぬ話を書こうと思って色々考えていたけど、なかなか思い浮かばない。キッチンでコーヒーを飲んで部屋の中に戻ってきてみたらテーブルの上で烏が死んでいた。

 その大きさと黒さにぎょっとして、背骨を抜かれるような寒気を覚えながら、私はパソコンに向かってキーボードを打った。『烏がテーブルの上で死んでいる。』という文字がディスプレイに表示された。

 別に烏を飼っているわけではない。窓は閉まっているし、出所がわからないのが何しろ不気味だ。とにかく観察してみると、首が捻じれているのだということがわかった。『首が捻じれて死んでいる。』

 どうしてこのようなことになったかはわからない。とにかく可哀そうなことだと同情するうち、これは去年死んだ私の娘の生まれ変わりではないかという思いがひしひしと押し寄せてきた。『この烏は娘の生まれ変わりではないか。』と打ってから烏に視線を戻す。

 私はあまりいい母親ではなかった。娘への愛情や興味がどうにも希薄だった。そのことをたまに後悔し、若くして死んだ娘を哀れに思ったりもするのだけど、それはどこのものとも知れない烏に向けたものとさほど変わらない。新たに愛情が湧き上がってくるなどということもない。

 この烏は本当に娘の生まれ変わりなのだろうか? 世の母親にはわかるのかもしれないが、私には判断がつかなかった。『私には判断がつかない。』

 父親であった夫ならば見分けられるだろうか。私は烏を捨てるのは止めて、夫が帰宅次第これを見せることに決めた。とりあえず死骸の上に新聞紙を載せながら、この烏は電車にぶつかって死んだのだろうか、もしそうならいよいよ鉄道自殺した娘の生まれ変わりだろうと考える。『烏は電車にぶつかって死んだのだろうか。』と打ち込んだところで、伏せておいた新聞紙がカサカサと鳴った。動いている。

 さては烏が生き返ったのだろうかと新聞紙を取り払ってみると、そこには何もない。

 烏は消えてしまった。ダイニングテーブルの上には羽根の一枚、血液のひとしずく、なんの痕跡も遺されてはいない。でもパソコンのディスプレイには、


 烏がテーブルの上で死んでいる。

 首が捻じれて死んでいる。

 この烏は娘の生まれ変わりではないか。

 私には判断がつかない。

 烏は電車にぶつかって死んだのだろうか。

 お母さんは


 と痕跡らしきものが残されており、私は最後の一行の出現とその意味を測りかねたまま、とりあえずその文章を保存する。

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