第3話:会敵


    ――― あら、変わったお友達とご一緒にいるようですね。

          その子のことも気になってきてしまったわ ―――




 宇宙船まで戻ってきたナナクとアリスの前で二重ハッチが開く。そこにはダンが立っていた。


「良かった、お前ら無事か。場所は分かっても声が聞こえないから心配したぞ。」


 ダンが安堵の表情を見せる。


「船長、ただいま。僕もアリスも、大した怪我はないよ。でも通信機が壊れちゃって。」


 ナナクが答える。


「どうせ、そんなことだと思ったぞ。色々聞きてぇことはあるが……、とりあえず片付けてから、デッキに集合だ。」


 ダンがハッチを閉め、3人は船内へ戻っていった。


 ………

 ……

 …


 15分後、デッキでは作戦後の会議、『デブリーフィング』が行われていた。簡単に言えば報告会である。話題はもっぱら目的地である倉庫と、そこにいた戦車型の戦闘ロボットに関してである。ナナクが説明している。


「――それで、細長い大砲みたいなところから、砲弾が打ち出されて爆発するんだよ。徹甲弾が弾かれてしまうから、パルスガンのフルチャージで、大砲の根本部分の機器を損傷させて照準を狂わせた。」

「あー、そりゃ間違いなく戦車だな。お前の正確な狙いで射撃しても壊せないなんて普通の攻撃ロボットじゃねぇ。で、こいつは最後に戦車を一撃で撃破した、と。マジか、それ……。」


ナナクの報告を聞いたダンが呆れたような声を上げながら驚いた。ダンは続ける。


「戦車ってヤツも、昔から使われてたけど、そいつは無人化された、一番最後まで使われていたタイプだな。」

「船長は、軍で働いてたときに使ったことがあるの?」


 ナナクが聞く。


「あるわけ無ぇだろ。あんなの地上や、ましてや宇宙船内で使ったらどうなる。戦車を使って撃ち合うのは人間が雪玉、っていうかあえてその時代で言うところの地球にいた頃の話だよ。」


 アリスはダンの話を黙って聞いている。軍や地球など気になる単語が再び登場するが、あえて口を挟まない。


「まあ、そんなことはどうだっていい。それより、なぜ廃棄ステーションの中に戦車があったのか、って話だ。」

「それに、大きな砲弾も銃もあったよ。」


 ナナクは、戦車ロボットのいた演習場のようなところで、砲弾、ランチャー、対物ライフル銃など様々な武器を見つけていた。


「となると、このステーションの正体はもう分かったな。ナナク。」


 ダンがナナクにもったいぶったように問いかける。


「軍事ステーション。」


 ナナクは端的にそう答える。


「そうだ。それもただの軍事ステーションじゃねぇ。兵器の整備やら訓練やら、何でも出来る全部入りの軍事基地だよ。地上ならともかく、宇宙にこんなもの作るなんて狂ってるな。」


 ダンはそう言い、そしてアリスの方をちらっと見た。


「そんなところでお前は倒れていて、そして演習場で拾った武器で戦車を撃破した。全体は相変わらずさっぱりわからんが、少しずつ繋がってきたんじゃねぇの。」


 アリスは黙って聞いている。実際、そのあたりの過去の記憶はまったくない。


「それで、帰って来るときはどうだった?こっちのマップだと壁を貫通したみたいに見えたけど、どういうルートで帰ってきた?それと他の敵ロボットの攻撃は?」


 ダンが立て続けにナナクに聞いた。それに対してナナクが順番に答える。


「その戦車の攻撃が外れて、倉庫の壁に穴が空いたんだ。そこを出たら曲がり角の食堂が見えたから早足で帰ってきた。小さなロボットが3台くらい追いかけてきたようだけど、何故かそこのゲートを超えて追いかけてくるとはなかったよ。」


 ナナクはこう説明しながら、マップ上でエリアを区分けする細いゲート部分を指差した。この廃棄ステーションは内部がいくつものエリアに分けられており、ナナクたち二人はそのエリア同士をつなぐゲートを通って目的地まで進んでいたのだった。実際、エリア内のロボットはナナクたちを追いかけるような素振りを見せたのだが、ゲートを通過して隣のエリアに移動してしまうと、まるで自分の仕事が終わったかのように元の場所に戻ってしまうのだった。


「守備するエリアが決まってるのかもな。そいつは助かった。でないとこの宇宙船のハッチまで攻撃ロボットが大集合することになる。」


 その状況を想像してナナクはゾッとした。


「要するに、必要以上に刺激せず、目的地までさっさと走っていって、すぐ戻ってくれば、攻撃を受けずに済むってことか。」

「そうだよ、だから無理やり倉庫のシャッターを壊すのはダメだって言ったんだよ。」


 ナナクが指摘したのは、ダンが目的地倉庫のロックのハッキング解除ができずに、アリスにシャッターの切断を命じた件のことだ。


「え?そんなこと言ったか?」

「言う前にアリスが切っちゃったんだよ。」


 ナナクは憤慨した。


「あ、ご、ごめんなさい。」


 アリスが謝罪する。


「いや、君が謝ることじゃないよ。とにかく騒ぎは起こさないようにしないと。いくらアリスが強いからって、全部壊して回る訳にはいかないでしょう、船長。」

「まぁ、そうだな。軍事施設だとしたら他にも兵器級のロボットがいるかもしれん。」


 軍事施設、というダンの言葉を聞いたナナクは一つ思い出した事があった。


「そうだ、船長。軍の人に聞いてみたんだよね。何か分かったことってあるの?」


 ナナクがダンに問いかける。ダンは先日、旧知の人間にこの廃棄ステーションに関してなにか情報がないか聞いていたのだった。


「いや、何もわからんそうだ。軍の履歴には一切なかったと。まあそりゃそうだよな。軍の施設だったらとっくに自分達で使えるもんを回収してるだろう。ましてや砲弾みたいな危険物が残ってるはずもない。」

「じゃあ何なのさ。」


 ナナクが畳み掛ける。


「だから、分からんって……。しかし、砲弾や戦車があったことを考えると、やっぱり地球で戦争してた時代の代物じゃねえか?つまり300年以上前だ。」


 ダンは立ち上がって窓の方へ寄り外を見る。太陽光の反射で大きく白く輝く惑星と、先程までナナクとアリスが戦っていたステーション外周部が見える。


「300年経っているとはとても思えないんだけど。中がきれいすぎるよ。」


 ナナクがそう訴える。倉庫など埃っぽいところはあったが、全体的に整備が行き届いており、搬送ロボットも稼働していたほどである。それに植物農場まであったのだ。ダンがこちらへくるりと向き直して答える。


「誰かが住んでいるのか、それとも全自動でメンテしているかのどちらかだ。軍事基地ならば、籠城することも考えてあるから補給用の資材が大量に備蓄されていて、それで補修ロボットが動いてる、というパターンもある。」


 それを聞いて今まで黙っていたアリスが口を開く。


「あ、あのっ!」


 突然の発言に二人が驚く。


「お、おう。どうした?」


 ダンが促す。


「誰かが住んでいるなら、探しませんか、その人を。」


 アリスはこの廃棄ステーションの住人に会いたいようだ。


「え、でもさ、アリス。人がいるかどうかなんてわからないよ。探してどうするの?」


 ナナクの主張はもっともだ。長い間、放棄されていたステーションならばそこに人が住んでいるという可能性は低い。いたとしても後から忍び込んで住み着いているだけだ。


「どのみち資材回収はしないと帰れねぇし、探索は続けるしかねぇ。ここが軍事基地ならば、敵のロボットもまだまだ出てきそうだが、お前みたいな強力な護衛がいるなら大丈夫だろ。」


「いいですか?探しても。」


 ダンの答えに、アリスが念を押す用に聞く。


「おう、いいぞ。まぁでも、俺ら用の資材やら探すのが優先だからな。」

「はい。」


 彼女は笑顔で返す。


「ダンさん、せっかくだから次はみんなで行きませんか?」


 ダンを誘い3人で行こうとアリスが提案した。


「あー、俺も現場に出ろってか。すまんな、無理なんだ。」


 ダンがバツの悪そうな顔をする。


「軍にいた頃に事故をやらかしちまって、手足が不自由なんだ。」


 ダンはそう言うが、彼らと出会ってからの今までの振る舞いに違和感はない。アリスが不思議に思って首を傾げると、ナナクが補足する。


「手術とリハビリで日常生活は出来るようになったけど、走ったり、重いものを持って戦ったりは出来ないんだって。あと、船長は目も人工眼球入れてるよね。」

「あー、これな。」


 そう言ってダンは自分の右目を指す。


「失明するか実験台になるか選べって、その時に医者に言われて、入れたわけだよ。あんときは騙されたな。データリンクまで付いてきやがった。」


 アリスは彼の言うことがよくわからない、と言った感じで再び首をかしげる。


「俺のここに入ってるのは普通の人工眼球じゃねえんだ。宇宙船や車両を操縦するときにレーダーや計器情報が飛ばせる。要するに俺の目がコックピットの一部になる。」


 口には出さないが、アリスはへぇ~、とでも言うような表情をした。そこにナナクが口を挟む。


「なんかカッコいいよね、それ。アリスもそう思わない?ロボットみたいでさ。」


 アリスはなんと答えたら良いか戸惑った。事故でやむを得ず眼球を失った人をあえてカッコいいと言ってよいか、というのもあったし、なによりロボットみたい、と言われてしまうと返答に困る。


「おいナナク、こいつが困ってるだろ。だいたいこの怪我はそもそも、……いや、今そんな話をしてもしょうがねぇな。」


 そう言ってダンはゴホンとわざとらしく咳払いした。


「まぁそんなわけで、現場に降りるのはもっぱらナナクの仕事だ。それに船内に誰もいなくなったら安全監視やナビゲートするやつがいなくなるだろ。それはそれで問題だ。」


「なら、私が全部のロボットをやっつけたら、一緒に行けるかもしれないんですね。」


 アリスが食い下がる。


「いや、ちゃんと話聞いてた?」


 このやり取りは出発前にもあった気がする。ナナクはそんなふうに感じていた。


「アリス、とにかく船長はここを離れる訳にはいかないんだよ。それとも僕だと不安だってのかい?」


 ナナクが意地悪く聞く。


「いや、そういう意味ではなくて、ナナクはとても頼りになるけど。でも、みんなで行ったほうが楽しいと思うのよ。」


 アリスの述べた理由に


「ピクニックじゃねぇんだからよ。」

「ピクニックじゃないんだからさ。」


 ダンとナナクの声が同タイミングで重なった。


「戦車壊して帰ってきたのに、お出かけ感覚とは、いやはや恐れ入ったな。」

「まずは仕事を優先しようよ。ここが終わったらみんなで何処かに遊びに行こう、それでいいでしょ?」


 二人は呆れ返っている。


「まぁ確かに、この仕事は間違いなく数年来の山場だ。終わったらバカンスでも行くかな。」


 そう言ってダンは人差し指を掲げて


「ただし―」


 と続ける。そしてダンとナナクが同時に


「「怪我なく、事故無く、帰るまで、が仕事だ。」」


 となにかの儀式のように唱え、ダンはヨシヨシ、とでも言いたそうな笑みを浮かべる。その様子をアリスがぽかんとした表情で見つめた。


「さて、話を戻すが、とにかく資材が手に入らなかったのは残念だったな。明日以降の作戦を立てておくから、今日は一旦解散。夕飯は昨日の残りを食えばいいから、ふたりとも暫く休んでいていいぞ。」


 ダンはデブリーフィングの終了を告げ、コックピットの座席へ向かった。アリスはどうしたらいいかわからず座ったままだ。そんな様子を見てナナクが話しかける。


「アリス、今日の仕事は終わりだよ。夕飯までは自由時間だから、部屋に戻ってゆっくりしていると良い。」


 そう言って彼も立ち上がり、部屋を出てタンタンタンと階段を降りていってしまった。アリスも自室へ戻ることにした。


 ………

 ……

 …


 アリスは自身に与えられた小部屋で一人座っていた。ベッド一つと僅かなスペースしか無い小さな部屋だ。本当に何もすることがなく、彼女は思案を巡らせていた。


 当初の目論見から外れ、自身の戦闘能力があらわになってしまった今、ただの民間人を装って危険をやり過ごすという作戦は不可能になった。果たしてダンとナナクの二人は自分の正体にどこまで気づいているのだろうか?彼らとてアリスの出身について深くは聞いてこない。最初に目を覚ましたときに記憶が曖昧だったことで、都合よく記憶喪失だと思われているようだ。どこかの軍隊の特殊部隊か何かだと思ってもらえているならばそれでも良い。戦うことならめっぽう得意だ。敵性ロボットの撃破はもう彼女にとっては慣れたものだ。戦車ロボットの装甲にしたって、サーベルが弾かれたのは想定外だったが、所詮は対物ブレードの耐久力の問題だ。演習場で手に入れた、より頑丈なブロードソードで撃破すれば問題ない。あの武器は彼女が使うために用意されたものだと感じていた。危険性はあるが自身への脅威ではない。むしろナナクに怪我をさせないことのほうが重要だろう。


 ダンもナナクも、彼女の恩人であるだけでなく、彼女が無事にこの廃棄ステーションを脱出するために不可欠な人間だ。そうだとすると、二人についてもっとよく知っておく必要があるだろう。そう考えて、部屋を出て二人を探すことにした。


 ………

 ……

 …


 アリスは、ダンかナナクがいるかもしれないと思って、先程デブリーフィングが行われていたデッキまで上がってきた。大きな足音を立てないように、ゆっくりと。そしてウィーンという音を立ててドアが開く。デッキにはナナクがいた。座って、なにかの作業を行っているようだ。よく見ると、左腕をまくって肩まで出し、右手にはコインのようなものを持っている。


「ナナク、何をしているの?」


 アリスが声をかける。


「わ、アリスか、びっくりしたー。注射器持ってるときに驚かさないでよ。危ないな。」

「え、注射器?」


 近づいてみると、彼が持つコインのようなものの中央に針が付いている。これを使って何かを接種するつもりだったのだろう。今のやり取りに気づいたのか、コックピットの方からダンが顔を出した。


「打つとバッチリとキマるやつだぜ。お前もやってみるかい?」


 アリスは眉をひそめた。過去に軍事施設に籍をおいていた彼女にとってこの手の薬物の話は割と耐性があるのだが、こう実際に目の前の青年が――


「ちょっと船長、いい加減なこと言わないでよ。アリスが信じちゃってるでしょう!」


 何だ、冗談か、とアリスはホッとした。注射についてナナクが説明する。


「血管の薬だよ。僕ね、生まれつき病気があって、週一回、この注射を打つ必要があるんだ。」


 何の病気かは分からないが、ナナクも健康優良児というわけではないようだ。


 アリスは思った。人材難にも程がある。


 事故で手足が不自由なダン、定期的な薬剤ケアが必要なナナク、そして事情が記憶にないが左腕を失っている自分、この3人で軍事基地を探索しようというのだ。


 いや、それでも「人がいる」というだけでずっとマシなのかもしれない。思えば彼女が生まれてからの記憶では常に人が不足していた。実際はあらゆるものが不足していたのだが、最も不足していたのは人だった。そして、それこそが彼女が生まれた、いや、『作られた』理由なのだ。廃棄ステーション内に人が住んでいるかもしれない、そんな小さな可能性ですら、彼らの仕事を積極的に手伝う十分な理由になる。どこにあるかはまだ聞いていないが『市』とやらに戻るためにも探索が必要だと言うならばなおさらだ。


「ナナク、お大事に。」


 思わずそう声掛けする。


「まるで病院みたいな言い方しないでよ。そんな大したことじゃないって。」


 ナナクはそう言って軽くハハッと笑う。そして先程のコイン状の注射器を腕に当てた。薬剤を皮下注射するというのはアリスが生まれた時代にも存在した。確かに彼女が知っているものよりも多少小型にはなったようだが数百年分の進歩とも思えない。彼らの話だとそれなりの数の人類が地球以外の何処かに拠点を構えて生活していそうな様子だが、それでも現状の文明を維持するだけでやっとなのだろう。アリスが目覚めたこの時代においても、人材難なのはどこでも変わらないのかもしれない。話題もなくなってしまったアリスはナナクの隣に座る。


「アリス、どうしたの?」


 自然と、ナナクが彼女のことを気にかける。


「あ、いえ……特に。」


 アリスには話すことがない。


「ああ、そうか、することがなくて暇になっちゃったのか。君の分の端末もないから本も読めないんだよね。」


 別に暇つぶしの道具が欲しいわけではないのだが、ナナクは彼女を気遣う。


「ねえ船長。アリスが使えるような端末か何か、余ってるのある?」


 ナナクは相変わらずコックピットで仕事をしているダンに呼びかけた。


「無ぇよ。いや、厳密にはあったけど、お前が壊しちまったから、探索作業の通信機に回すから予備がもう無ぇ。」


 ダンが即座に答える。この廃棄ステーションに到着してからナナクは既に2台の機器を破損させている。


「だって。ごめんね。無いや。」


 ナナクが申し訳無さそうにそう答えた。しかしその直後にナナクが思い出したように


「あっ、そうだ。せっかくだから見せたいものがあるんだ。」


 といってデッキを出ていった。一体、何だろうか。少し経つとナナクは黒い袋を持って戻ってきた。


「それは一体何?」


 アリスが聞くと彼は、まぁまぁ、と言いながらテーブルの上のトレーを引っ張ってきて袋の中身を広げる。すると、透明の小袋に小分けにされた、いくつもの種が出てきた。


「見てよ、すごいでしょ?」


 ナナクは自慢げにそう言うが、アリスには一体何がすごいのかよくわからない。見たところ、家庭菜園の店で買えるような普通の種ばかりだ。


「ヒマワリ、トマト、あとこれはパセリだ。この丸いのは珍しくはないけど大豆。あと、これがパームヤシ。これはオレンジ。全部本物なんだ。」


 興奮気味に彼が話すが、やはり普通の種のようだ。アリスには話の流れが掴みかねる。その様子を見つけたダンがチャチャを入れる。


「すまんね。植物オタクの話にちょっと付き合ってくれよ。」

「船長、そんな言い方はひどいな。大体、生の植物の種なんてめったに見られるものじゃない。このカエデなんて博物館にも無い。この前、ここのステーションの中で見つけたんだよ。」


 そうか、とアリスは理解した。要するに彼が言いたいのは、宇宙で人類が暮らすようになった今では、植物を種から育てるのはレアケースであり、そんな珍しいものを最近入手したので自慢したい、ということだ。


「この前?」


 アリスはこの言葉が引っかかった。


「ああ、ちょうどアリスに出会った日だよ。君が助けてくれなかったら、この種も入手できなかっただろうね。あのときは本当に助かったよ。」


 ナナクの言葉を聞いて、ダンが会話に混じってくる。


「なぁ、ナナク。そもそも、お前が農場に勝手に入って、その種をかすめてこなかったら、警備のロボットに襲われることもなかったんじゃねぇのか?まぁそのおかげでこいつを拾ったんだから、結果オーライってことだけどよ。」

「もう、その話は何度も蒸し返さないでよ。反省してるって言ったじゃないか。」


 ダンとナナクのいつもの会話のペースになってきたようだ。しかしアリスは、彼ら二人の情報を得るためにデッキまで上がってきたのだ。そこで、もう少し掘り下げてみることにした。


「ナナク、その種はどうするの?どこかで育てるの?」


 彼女が昨日と今日で宇宙船の中を歩いていた限りでは、植物を育てているような場所や鉢植えはなかった。


 ナナクが答える。


「僕はね、将来、植物園を作ろうと思うんだ。培養品やクローンではなく、種から育てた本物の植物だよ。ずーっと昔の地球には『森』ってのがあってね、それで――」


 ナナクが語り続けた。地球の森や草原の話、『地上』とやらで育てられている植物の話、彼が構想している植物園の話。


 アリスは黙って聞いていたが、おかげで多くのことがわかった。彼らの拠点は月面や周辺を浮かぶ巨大な宇宙建造物であり、多くの人がそこに暮らしていること。地球表面との人の往来は現在不可能になっていること。そしてナナクは子供の頃から親元を離れてダンと仕事をしながら暮らしており、独学ながら相当な植物の知識を得ていること。


 なにかの信念があるのか、あるいはただの趣味なのかは分からないが、彼が行おうとしているものは地球環境の再現なのであろう。今となっては大半が雪と氷に覆われて『雪玉』と呼ばれるようになってしまった地球だが、彼女が生まれた当時――21世紀当時は自然に溢れた場所だった。もっとも、彼女自身はずっと北極圏の地下施設暮らしだったため、直接目で見た訳では無い。ただし本も写真も映像も、証拠は沢山あったので、あえて疑う必要もない。


 その当時も技術者やSF作家が、月や火星に地球同様の環境を再現して人類が移住する、というような構想をしていたが、彼はそれを実行に移そうというのだ。


「――それで、『森』が出来上がったら見せてあげるよ。きっと素敵な場所になると思うんだ。」


 彼自身はこれを夢物語と思っておらず、必ずそれを実現するつもりらしい。いつになるのかは分からないが、出来上がったらアリスを呼ぶそうだ。


「ええ、素晴らしいでしょうね。」


 アリスは感慨深くこう答える。衰退と孤独の世界を生きてきた彼女にとって、彼のこのような真っ直ぐな再生への思いはとても新鮮に写った。そして彼の夢を実現するためにも、このステーションから無事に脱出させてやらなければならないという思いを深めたのだった。


「なぁナナク、盛り上がってるとこ、水を差して悪ぃんだけどよ。」


 ダンが割り込んでくる。宇宙に森を作るという荒唐無稽な話をしているのだ。何か言いたいことでもあるのだろうか。


「そろそろメシにしねぇか?」


 単純に食事の時間なのだった。


「ああ、もうこんな時間だね。アリス、準備しようか。」


 ナナクはアリスへそう呼びかけてから、キッチンへ向かった。ナナクやダンに関する情報収集をするという彼女の目的は、今日の分は十分果たせたように思う。あからさまに聞き回るのも不自然なので、またの機会にしようと決め、彼女は素直にナナクに続いてキッチンへ向かっていった。


 ………

 ……

 …


 翌日、3人はデッキに集まり、探索の作戦会議、ブリーフィングを行っていた。ダンが正面の大型モニターを使いながら解説している。


「――そこで、今回の目標は、Dゲートの先だ。マッピング優先だがなにか使えそうな資材があったら回収してきてほしい。例によって解体調査と遺物回収の申請も済んでるから、イザとなったらそのでっかい剣で大いに暴れてもらって大丈夫だ。」


 そう言ってアリスに対してOKサインのような仕草をした。しかし、ナナクが即座に反論する。


「だからさ、船長。何かを壊したりするからロボットに襲われるかもしれないんだよ!」

「あー、もちろん分かってるよ。だからイザとなったらって、言ったんだよ。積極的な破壊行為は今回はなし。壊さないと進めないような場所があったら目標を変えて他の場所を優先する。これでいいだろう?」


 ナナクは無言で、ふぅ、とため息をつく。納得したのだろう。


「あの、ダンさん。武器はどうするんですか?持っていきますか?」


 アリスが問いかける。


「もちろん持っていくぞ。向こうから襲われることはない、って保証はないからな。」


 ダンの答えを聞き、アリスは改めて左腰にくくりつけた武器を確認する。


「あとそうだ、お前が昨日持って帰ってきた武器って何?なんか、大きいのに変わってたみてぇだけど。」


 アリスが持つブロードソードに関しての話題だ。


「昨日の倉庫の中で見つけて、貰ってきたんです。」

「おう、それは昨日聞いた。じゃなくて、それって何?軍事基地にあって、それで戦車を串刺しにしたってことは、『対物ブレード』か何か?」

「多分そうだと思います。でも、拾ったものなので詳しくはわかりません。」


 今の二人の話にナナクが疑問を挟む。


「対物ブレードって何?」


 ナナクにとっては聞き慣れない単語なのだろう。ダンが答える。


「対物ブレードってのはその名の通り、対物、つまり装甲を破るための刃物だな。工場なんかでも使うけど、対物ブレードって言い方するのはもっぱら軍用だ。ライフル銃にも徹甲弾とか散弾とか曳光弾とか目的別に色々あるだろ?刃物にも色々と種類があるってことだよ。弾切れしたときでも腕っぷしで戦える、最後の頼みだったが、まあ実際に使わなきゃなんねぇ状況は想像しにくいな。」


 ナナクは、へぇ~、と感心する。ダンは話を続ける。


「しかしな。対物ブレードって言っても、そんな骨董品の剣みたいな形したのは初めて見たぞ。戦闘ロボ相手に剣を持って切った張ったー、なんて映画みたいなこと普通の人間ができるはずがねぇ。そもそも、お前が最初に持ってたサーベルみたいな武器。あれも対物ブレードだったんかね?お前みたいなのが使うこと前提で作られたのかもしれねぇな。」

「さぁ、よく分からないですけど。これで私が戦えるなら、それで構わないんじゃないでしょうか。」


 アリスはダンの質問に明確に返答しなかったが、彼女にはあの刀剣のような様態の対物ブレードをいくつも見覚えがあった。そしてそれらは自分あるいは『自分のような者』のために作られたのだということも知っていた。


「船長、何だっていいじゃない、アリスが気に入ってるならさ。こうあるべき、なんてのは政治家か学者が考えればいいんだよ。」

「ま、そうだな。じゃあ説明を続けるか。」


 ダンがブリーフィングの本題を再開した。彼の説明では、今回のターゲットとなるのは、前回の倉庫より深くのエリアだ。農場がある通りの先になる。そこはナナクが自慢げに見せびらかした植物の種を入手した場所であり、つまりは彼が襲われた場所でもある。今回ダンは農場での一件を蒸し返すようなことは、あえてしなかった。あの場所においては警戒度をより上げなければならないことは、説明するまでもなくナナクは理解しているはずだ。


 一通りルートの説明を終え、装備品の説明へ移る。


「そうだナナク、お前の服だけどよ、もう傷だらけだ。ありゃ補修できねぇぞ。」


 昨日、至近距離で戦車砲弾の爆風を浴びた彼の宇宙服は損傷が激しすぎた。


「こんな環境ならばむしろ、バトルスーツか何かを与えてやりたい気分だが、あいにくそんなものは無ぇ。船外作業用の宇宙服で行け。あれは頑丈だからちょうどいい。」


 今までナナクが着ていたのは船内用の軽宇宙服だ。緊急時に気密を保つ機能はあるが、外部からの衝撃は想定していない。一方でダンの指示した船外宇宙服は微小なスペースデブリの衝突にも耐えられるほどの強度を持っている。


「えー、あれ動きにくいんだよ。でも仕方ないか。」


 ナナクが不平を言うが、納得はした様子だ。


「ブリーフィングは終わり。それじゃ、早速準備しろ。」


 ダンはコックピットへ戻り指揮の準備を初め、ナナクとアリスはデッキを出て階下へ降りていった。


 ………

 ……

 …


 準備が終わった二人は、昨日と同様に、ステーションの探索を始めた。そして従業員食堂のあった交差点まで進みナナクがアリスを呼び止める。


「アリス、ちょっと早いよ。この服、動きにくくてさ。」


 ナナクがいま着ている船外宇宙服は、強靭な繊維で全身を覆われておりゴワゴワしている。もちろん、人類が宇宙に出始めた頃のまるで着ぐるみのような宇宙服と比較すると雲泥の差はあるのだが、それでもやはり動きにくい。作業用なので上半身は問題なく動かせるが、宇宙空間での作業を前提とした装備であるため歩くことはあまり想定されていないようだ。


「それならは、先に行って様子を見てこようかしら?」

「いや、それはダメだ。単独行動は危険だよ。」


 アリスが一人で進もうとするのをナナクが制止する。通信機も貧弱な今、単独行動をして事故が起こると対応が困難となるから危険なのだ。いつ戦闘ロボットが襲ってくるかわからないこの場所ではなおさらである。


「そうね、また農場でナナクが襲われたら大変だものね。」


 先ほどダンがあえて触れなかったその話題を今度はアリスが蒸し返す。そういう意味ではない、とナナクは反論しようと思ったが、実際に単独行動で敵に襲われたときに危険なのは自分のほうだと気づいて何も言わなかった。しかしながら、今のところステーション内のロボットがこちらを攻撃してくるような素振りは見せない。やはりこちらから攻撃を仕掛けたりしない限りは安全なのだ。


 そのうちに二人は例の農場の前まで到着した。ナナクは念のため耳を澄まして周囲の音を聞いた。頭上を飛ぶ監視ドローンの飛行音が聞こえないことを確認したいのだ。


「ん、どうしたの?」


 彼の様子を見たアリスが声をかけるが?手のジェスチャーで黙っていて、と制止した。


「大丈夫みたいだ。」


 独り言のように小さい声でつぶやき、歩みを再開した。目標は更に先にある資材置き場だ。ナナクが最初にここまで到着した時マッピングできたのはここまでだ。接近して解析したわけではないのでぼんやりとしか分からないが、ドアも屋根もなく、通路脇の棚の上にそのまま何かの資材が積んであることまでは分かっていた。施錠されていないということはそこに保管されている貨物の危険度も重要度も低いということだ。すなわち基本的な原料・部品・燃料、あるいは食料などである可能性が高い、ダンはそう考えてここまで来ることを命じたのだ。


 ナナクは資材置き場に接近して内容を確認した。ナナクは歓喜の表情を見せた。


「船長、ビンゴ!金属に樹脂に、溶剤もきちんとある。全部あるよ。これならエンジンの部品も出力できるんじゃないの?どうかな?」

<よしよし、でかしたぞ。声だけだからはっきりしねぇけど、まず間違い無ぇだろう。よし、ソレ持って帰ってこい。>


 持ち帰りの許可が出たが、ナナクは周囲を警戒しながら棚の荷物を手に取るような取らないような、そんな仕草を繰り返した。


「ナナク、一体何をしているの?」


 後ろにいたアリスが怪訝そうな声で聞いた。ナナクは彼女を振り返らずそのまま周囲を見回しながら答える。


「荷物を取ろうとした瞬間にロボットが襲ってくるかもしれないだろう?だからこうやってフェイントかけながら様子を見るんだ。」


 そう言いながら徐々にアリスの方へ視線を移すと、アリスはすでに大きな資材の袋を腕に抱えていた。その様子を見たナナクは驚いた。


「え?もう取っちゃったの?」


 昨日シャッターを破壊した時もそうだが、彼女は全体的に配慮が足りない気がする。もっとも彼女の場合はよほどのことがない限り怪我などはなさそうなので、本人にとってはそれでも良いかもしれないが、ナナクにとっては冷や汗ものだ。


「ナナク、どうする?戻したほうがいいかしら?」

「いや、いいよ、そのまま持っていこう。」


 彼女にもっと慎重になるように、と指摘しようとも思ったが、きっと意味がないだろう。ナナクはなんとなくそう感じた。幸いにも、荷物を持って帰ろうとした二人を襲ってくるようなロボットはいなかった。このステーションの警備システムは、破壊行為には厳しくても空き巣には寛容なのかもしれない。しかしそうだとすると、先日農場で飛行ドローンが追いかけてきたのはなぜだろう?なにか別の条件かメカニズムでもあるのだろうか。


 そんな事を考えながら宇宙船に戻ろうとするうちに、先程の農場の前までやってきた。再び耳を澄ます。そんな彼の様子を見たアリスも、歩みを止めて周囲の様子をうかがった。


「犬がいる。鳴き声が聞こえた。」


 彼女が突然そんな事を言った。


「犬だって?」


 ナナクは全くそんな音は聞こえなかった。


「犬って、ワンワン鳴くあの犬?」

「そうよ。ずっと遠くの方で聞こえる。犬がいるならば飼い主がいるのかもしれない。行ってみましょう。」


 そう言うと、彼女は先程まで抱えていた資材を地面に置き、農場内へ進んでいってしまった。


「ちょっとアリス待ってよ、勝手に進まないで。船長、アリスが犬がいるって言って農場へ入っちゃったんだけど。」

<犬って、ペットの犬か?それが本当なら俺も気になる。ちょっと見てきてくれないか。本当に遠くから見るだけで構わない。ヤバそうだったらすぐ戻れ。>


 ダンの指示も調査続行だった。農場へ勝手に進んでいってしまったアリスと、数日前の自分の姿が重なってとても嫌な予感がした。確かにこの農場が相変わらず魅力的なのも事実で、理由はどうあれ船長の許可ありで堂々と入り込めることに多少の興奮を感じていた。もちろん、アリスの言うように、犬と飼い主がいるかもしれないと言うならばなおさらだ。彼は再度周囲と上空を確認し、警備のロボットも監視のドローンもいないことを確認してから、アリスを追いかけた。


 農場は、ステーションの中の施設とは思えないほど広く、背の高い木や植物が多く育てられており、さらに夜間の設定なのか照明も落とされていた。そのため数少ない常夜灯と遠くの窓から入り込んで広がる僅かな明かりを頼りにアリスを追わなければならなかった。


「アリスー、どこまで行ったのさー。勝手に進んで行かないでよ。」


 警戒して少し小さめの声で彼女を呼びかけるが、返事がない。ちょうど都合よく、大きめの木箱のような物を見つけたので、そこに乗ってアリスを探すことにした。薄暗くて見づらいが、人影を探すくらいなら支障はない。


 遠くに目を凝らして探していくと、すぐに彼女は見つかった。30~40メートルほど先、ちょうど常夜灯で薄明るくなっているところに彼女はいた。そして何か黒い物体を触るか撫でるかのような動きをしている。まさか本当に犬でもいたのか、半信半疑のまま一旦木箱を降り、小走りで彼女がいた場所へ向かう。


「アリス。勝手に進まないでよ。で、それは一体何?」


 ナナクは彼女を咎めようとしたが、それよりも眼の前の謎の物体が気になった。


「え?犬だと思うんだけど……。あなた、ワンちゃんでいいのよね?」


 彼女はそう言い、その物体の背中とでも言えるような場所を軽くなでた。二人の前のあるのは犬の形状をした黒い3つの物体だった。形状は明らかに犬であり、造り物として見るとかなり精巧だが、表面はプラスチックか金属のような妙な光沢がある。


ペットロボットの類だろうとナナクは判断したが、それにしては質感がおかしい。この手の製品は普通はより動物っぽく見せるためにぬいぐるみの中に入れてあったり、その逆にあえてロボット然とした見た目を強調されたデザインになっていたりするものだ。ところが、この……とりあえずロボットということにしておこう――犬型のロボットは、まるで銅像が動いているようにも見える。表面がツルンとしたまま、全体が自由に可動するロボットというものをナナクは今まで見たことがない。100年以上前にこの軍事ステーションとともに失われた技術か、あるいはまだ彼が目にしていない新技術か何かだろう。


 先程からアリスは躊躇せずになでているが、ナナクが別の個体を恐る恐る触ると、表面には少し弾力があり、まるで動物のような感触だった。そのロボットは特にナナクに反応することもなく、その場で静止していた。そして残りの一体は二人を伺うようにゆっくりと周囲を歩き回っていた。このロボットは特に脅威とならないであろうことを確認したナナクは姿勢を上げて、一旦帰って報告する旨をダンへ伝えようとした。


「船長、犬……というか、犬型のロボットがいたんだけど――」


 そう言い始めた途端に、犬型のロボットは急に立ち上がり、更に3体揃って農場の奥の方へ頭部を向けた。何かを発見したか、あるいは命令を受け取ったのだろうか。ナナクとアリスの二人もその視線の先を見つめた。30メートルほど先に、人影のようなものが見えた。ナナクは思わず息を殺し、さらに凝視する。ちょうど暗がりになっていて、シルエットしか見えないが、小柄で子供か女性のようにも見えた。


<あぁ、何だロボットか、それで、他に変わったことは?>


 ダンから応答があるがそれどころではない。


「船長ごめん黙ってて。」

<ああ?どうした?>


 3体のロボットはその人影めがけて急に走り出した。すごい速度だ。その人影のようなものは『犬』と同様のロボットなのだろうか、それとも持ち主なのだろうか。わずか数秒で人影の元へたどり着き、そのまま一緒に建物の影へ隠れてしまった。


 アリスもこの様子を見ていたのだが、ナナクは彼女が先程のように不用意に追いかけていかないように、腕を掴んで制止しようとした。しかし彼女はその予想に反してやや姿勢を下げて武器の柄に手をやり、警戒する姿勢を取っていた。何か脅威となるものがいるのかと、ナナクが困惑していると、先程の建物の影から犬型のロボットとも人影とも異なる何かが飛び出してきた。彼はそれを見た直後に、体に大きな衝撃を受け、地面に倒されていた。ほぼ同時に背後の樹木がパンパンと破裂音を上げて木片をばら撒かれる。


 銃撃されたのだと一瞬で理解したナナクはその場で不用意に立ち上がらず、体を横に倒したまま素早く一回転して位置を変え、周囲の様子を確認した。ちょうど彼の横でアリスが立ち上がり、抜刀して走り出そうとしていた。先程、体に受けた大きな衝撃の理由は、アリスが彼を守るために咄嗟に押し倒したからだ。


「ナナク、走って!」


 アリスがそう指示する。走って逃げろということだろう。幸いにも頑丈な船外作業用の宇宙服に守られて、体にダメージはない。姿勢を低くしたまま農場の入り口へ向けて走り出した。


 一方でアリスは先程人影が消えた建物の方向へ全力で向かっていた。攻撃してきた何者かの正体をその目で確認しなければならないし、何よりナナクを守るためにも敵を牽制して自分に注意を向ける必要がある。アリスは建物横にいる目標に高速で接近しながら再度注視する。暗がりでシルエットしかわからないが、3体いる。先程の犬だろうか?一瞬そう思ったが形が異なる。一体何だ?4本の脚で走っているように見えるが、色も黒く、正体が分かりにくい。彼女はそう考えながら攻撃のために一気に踏み込もうとしたが、違和感を覚えた。斬撃を思いとどまりブレーキをかけ、前方へ向けて大量の土埃が舞う。


「この敵は自分を狙っていない!」


 彼女の違和感の正体はこうだった。今まで出会った攻撃ロボットは自分が真っ先に突撃すると、全て自分に向けて攻撃を向けてきた。自分を狙って位置を計測し、射撃準備しているような嫌な警戒感・嫌悪感を常に覚えたものだ。これは動きとしては単純で予測しやすい。敵より速く斬ってしまえばよいのだ。今までもそうやってロボットを撃破してきた。しかし、今日に限っては、先程建物の影に引っ込んだ人影をナナクと二人で見ていた直後に銃撃された瞬間以外、自分が狙われている感覚がない。


 アリスが、しまった、と思うより僅かに早く、その黒い影は彼女の方ではなく、ナナクの方へ走り出した。


 一方でナナクはすでに立ち止まって多機能ライフルを構えていた。アリスの指示で出口へ走り出した彼であったが、敵に向かって全力で駆け出していった彼女の動きを見て、すぐに踵を返して応戦することにしたのだ。黒い影が3体、ナナクの方へ走り出したのを見て、彼はそのうちの一体へ向けてパルスガンを発射した。威力より連射性能を優先した速射モードだ。しかし引き金を引いたのより一瞬だけ早く、3体の黒い影は一斉にばらばらの方向へ跳ね上がり、散開した。ナナクは引き金を引き続けるが、高速かつ不規則な動きで惑わされ、命中しない。


 速い!と彼は驚いた。今までの経験で対峙した戦闘ロボット・警備ロボットは多数あったが、瞬時の判断でこちらの攻撃を避けるような動きをしたものはなかったのだ。これらのロボットには身を守るという機能は本来必要がない。自身が破壊あるいは拘束されても、警告や足止めできれば十分なのだ。しかし、この3体は攻撃を避け、さらには散開してこちらを惑わすような動きを見せ、距離を取りながら回り込んで退路を塞ぐような動きさえ見せた。


 誰か司令者がいる。ナナクはそう判断した。その司令者とは間違いなく先程の人影だろう。そのうちの一体に常夜灯の光が当たり、姿が確認できた。4本脚型のロボットだ。先程の犬型ロボットと似たような大きさで、胴体中央部に突起のようなものがある、武装かセンサ類だろう。その突起部分から火花が散るのが見えた。小さな銃弾のようなものが発射されているのだろう。逃げようとするとちょうど行き先へ向けて牽制のように射撃され、3体の中心に誘導される。


 ナナクはちょうど3体のロボットに遠巻きに囲まれるような位置関係になった。身を隠すように小さなアブラナ畑の中に入り、姿勢を低くして警戒する。危険な状況だがそれ以上の攻撃をしてこない。どういうつもりなのか。司令者になにか意図があるのだろう。ふと気づくと通信機からダンの声が聞こえた。ナナクはそれに答える。


「船長、攻撃を受けてる。」

<音聞きゃわかる。退避だ退避!アリスはどうした?>

「離された。敵の作戦にやられた。向こうも多分司令者がいる。」

<どういうことだよ。誰かいるなら撃つなよバカ。回収屋だって言えばいいだろ。>

「そうじゃないんだって!」


 ナナクが訴えるが、瞬時に自身のこの状況を伝えるのは確かに困難だ。その様子を3体を追いかけていたアリスも見ていた。3体のうちの1体に狙いを定めることはできるが、残りの2体を放置することになる。まずはナナクと合流することを優先し、アブラナ畑に飛び込んだ。


「ナナク、怪我はない?」

「大丈夫。アリスは?」


 彼女は無言でうなずき、アブラナ畑の前へ出た。武器を構えて3体のロボットの動きを牽制する。やはり攻撃するような素振りはないが、徐々に間合いを詰めてきている。


 ナナクも武器を構え、姿勢を低くしながらアリスの横まで出た。そしてどのように逃げるか必死で考えていた。出口に向けて走り出そうと動きを見せると3体のロボットはそれに素早く反応して、進行方向を塞ぐようにさっと位置を変えた。見事なチームワークだ。相変わらずなにか攻撃を仕掛けてくる様子はないが、やすやすと逃がすつもりもないらしい。膠着状態に陥った。相手を撃ち落とそうにも、素早い動きで狙いを外されてしまう。自慢の射撃の腕でも、こちらの狙いを翻弄するように動き回る目標を撃つことはほとんど不可能だ。


 出口に最も近い1体を睨みながら、二人で揃って強行突破しようかとナナクが考え始めた時に、突然背後からドスッと言う音が聞こえた。ナナクはその声に驚いて振り返ると、一人の女性が立っていた。黒いシャツを着て、フード付きの長い黄色い上着を羽織った小柄な人物、背格好で言えば少女と言っても構わないほどだ。その少女が話しだした。


「アンタたちね、昨日からこの辺りウロチョロしてんのは。一人って聞いてたけど、二人いるじゃん。」


 彼女が先ほど建物の奥に引っ込んでいった人影だろうか。しかしいつの間に背後に接近したのだろう。ナナクはロボットに追われている間ずっと周囲を見回して逃げ道を探していたので、人が近づいてきたらすぐわかるはずだった。


 その少女は話を続ける。


「でー、どっちが『プロトタイプ』なのさ。」


 彼女の言う話が全くわからない。相手のペースに乗せられてはダメだ、とナナクは怯まずに応答する。


「一体何の話かわからないな。ここは無人のはずだけど、お前は一体何者だ?お前がここのリーダーか?」


 そう言って多機能ライフルの銃口を彼女に向ける。しかし彼女は銃口を向けられているにもかかわらず、全く意に介さず、と言った感じでマイペースに話し続ける。


「え?アタシはここの担当じゃないよ。うちのケルベロス散歩させてただけ。まぁいいや、調べりゃいいか。ちょっと動かないで。」


 彼女は右手に持っていた小さな機器をナナクに向けるとグリップ部分にあるボタンを押すような動きをした。なにかの攻撃あるいは危害を加えられるとナナクは瞬時に判断し、パルスガンのトリガーを引いた。


 最もエネルギーの小さい速射モードとは言え、ロボットを破壊できるだけの威力がある。この至近距離で撃たれれば無事では済まない。大怪我を負うだろう。トリガーを引いたあと彼は冷静さを欠いた自分の行動にハッとしたが、彼女の反応はまるで想定外のものだった。


「熱っ!ちょっと、やめてよ。」


 そう言って手で額を払うような動作を見せてナナクを睨みつけた。


 当たっていない?いやそんなことはない、あの距離で外すことなど絶対にない。間違いなく頭部を直撃したはずだ。にもかかわらず全く無傷だ。彼女は手元の機器の操作を続けている。彼女は人間なのか、それとも人型ロボットか。どちらにしてもパルスガンの直撃で無傷というのはありえない。目の前にいるのは一体何だ。ナナクが混乱しているうちに、彼女は涼しい顔に戻っており、機器を彼に向けてトリガーのようなものを引いた。身構えたが、特に痛みや衝撃を感じることはなく、あっけに取られた。


「えっとー、7079。何だ、普通ね。あーでも7000番台って初めて見たわ。後でちょっと教えて。」


 よくわからない数字を列挙しているのだが、彼はそれについて反応するような余裕はない。


「じゃあ、こっちの姉さんが?」


 そう言って機器をアリスの方へ向ける。


「あれ?おかしいぞ。ALの0000って何さ?あとCEレベル396って、なにこれ?なんかバグってんの?」


 今まで黙ってじっとしていたアリスだが、体を捻って武器を構え、今にも斬りかかりそうな体勢を取る。


「あー、左腕も取れちゃてるし、かわいそうに。多分、コアも壊れちゃってるのか。だから0番って、姉さんのフレーム製番――」


 少女が何かを言い終えるよりも前に、アリスは少女へ斬りかかっていた。同時に、少女のすぐ横にいた黒いロボットがアリスへ飛びかかる。バンという音のあとに、アリスとロボットが農場の土の上に転倒する。ロボットの胴体に大きな裂け目が見えた。


「ケルちゃん!」


 少女は、アリスが破壊したロボットに駆け寄り、素早く抱きかかえる。すると大きく裂けていたロボットはぐにゃりと大きく変形し、犬の形になったのだ。胴体の裂け目はふさがっている。ナナクは目を疑った。アリスが出会った犬と、この3体の黒いロボットは同一だ。今思えば色味が全く同じだ。


「ちょっと、アンタ達、何すんのよ。」


 黒いロボットのうち残り2体がサッと移動し、少女を挟むような位置に付いた。主人を守ろうとしているのだろう。少女に抱きかかえられていた1体も地面に下ろされて、後ろを警戒するように歩き回る。ナナクがアリスの様子を見ると、アリスも困惑しているように見えた。ゴムのように変形して姿を変えるロボットと言うものを見たことも聞いたこともない。風船のようなものを使えば技術的には可能かもしれないが、風船人形が人間より速く走り回り、さらに銃弾を発射したりできるはずがない。アリスの斬撃で真っ二つになるのでもなく、外装が裂けた程度というのも異常である。軍用ロボットの装甲並の強度ということか。しかもそれが柔らかく変形する。二人が固まっていると、少女はどことも定まらない目線で突然話し始めた。


「え?あー、二人いたんだけどさ。どっちも違ったよ。」


 誰かと通話でもしているのだろうか。


「……そうそう、そっちでもデータ見えるでしょ。それよりもさ、いきなり斬りかかってきて、ヤベーよコイツら。一体何者なのさ?」


 アリスとナナクのことを話しているのだろう。


「えー、なんでだよ!プルートが連れてこいって言ったんだしー。」


 いきなり大声を上げたので、ナナクは身構え、数歩、後ろに下がった。一方でアリスは先程からずっと臨戦態勢だ。黒いロボットと間合いと取って睨み合っている。すると少女はこちらを向き直し、睨みつけながら二言。


「じゃ、アタシは一旦帰るわ。けど、ケルベロスいじめたの絶対許さないからな。」


 こう言うと、先程と同様に、ドスッという音を上げて高く斜め後ろに跳躍した。10メートルほど後ろの常夜灯の上に着地し、そのままカンカンと音を立てて電柱や建物の張り出し、大きな木の枝などを次々に跳躍して闇に消えていった。その直後を残りの3体のロボットが追いかける。気がつけばナナクを追っていた時の4脚型ロボットの形ではなく、最初に出会った犬の形になっていた。


「待ちなさい!」


 こう言ってアリスが追いかけようとしたが、暗い農場で黒い犬を追うのは難しいのか、見失ってしまった。アリスは険しい目でしばらくその先を見ていたが、先程の犬型ロボットや少女が戻って来るような気配はない。


「アリス。帰ろう。」


 ナナクはそう短く言うと、アリスは無言で武器を鞘に収め、静かな農場にカチリいう音が小さく響いた。帰る途中も、彼女はずっと険しい表情のままだった。


「ねえ、ずっと怖い顔してるけど。どこか怪我でもした?」


 ナナクが心配するがそうではない。


「え?ああ、平気よ、そういうのじゃないから。そういうのじゃ。」


 そう言っていつもの顔に戻ったが、どこかぼーっとしているようにも見えた。今日もいろいろあって疲れているのかもしれない。実際、ナナクもそうであった。農場の入り口には先程置きっぱなしにした資材の入った大きな袋があったが、ナナクはそれを拾い上げようとしたとき、足にうまく力が入らない。大した距離を歩いたわけでもなく、滞在時間もまだ30分ほどだった。しかし、全く予想もしない出会いに、精神的に疲れてしまったのだろう。


 短い探索だったとは言え、今日の収穫は大きかった。まずエンジン部品を修理するための資材の入手。これがあれば帰還することができる。もう一つが、先程の人物との出会い。人物と言ってよいのかは分からないが、とにかくここが放棄された無人ステーションではないことが明らかになった。軍事施設に保管された重火器や、まだまだ奥に広がっていそうな農場など、魅力的な探索先はいくらでも残っているが、今後の探索計画を大きく修正する必要があることは間違いない。いずれにしてもダンへの報告が必要だ。二人は重い足取りで宇宙船へ戻っていった。


 ………

 ……

 …


「船長、ただいま。」


 宇宙船まで戻ってきたナナクは船長にそう告げる。普段ならダンがハッチを開けるはずだが、少し待っていても開く様子がない。ナナクが再度呼びかけようとすると、ダンから返事があった。


<あー、ナナク、すまん。手が離せないんだ、自分で開けてくれ。>


 その言葉を聞いて、ナナクはヘルメットを脱いで、ハッチの横にある四角いプレートに顔を近づけた。ピロリンという認証音を聞いてから彼はハッチ中央のレバーを引いた。ここを出たときと同様にプシューという音がしてハッチが開く。ハッチの内側の宇宙船内部の姿を見て二人は安心した。今日も無事に帰ってきたのだ。


 二人は足早にデッキへと上がっていく。報告しなければいけないことが山ほどあるのだ。ダンはコックピットに座って忙しそうになにかの作業をしていた。ナナクが声をかける。


「船長、資材一式を回収してきたよ。これでエンジンが直せるんじゃないかな。」

「おう、ご苦労さん。何があったんだよ、一体。改めて聞かせてくれ。」


 そう言ってダンは立ち上がり、コックピット後ろのテーブル脇へ座り直した。ナナクとアリスもその正面を向かって席に着く。昨日同様のデブリーフィングだが、より空気が重い。ダンが口を開く。


「ご苦労さん。えーっと、まず、怪我はないか?」

「うん大丈夫。船長の言う通り、船外用のスーツにしていてよかったよ。」


 今日はいつもの軽作業用の宇宙服ではなく、微小デブリの衝突に耐えられる強度を持つ船外用の宇宙服を着ていたのだ。


「そうか。それで、これが今日ナナクが回収してきた資材だな。」


 そう言ってダンは二人が持って帰ってきた資材の大きな袋を持ち上げて確認する。潤沢とは言えないが、破壊された宇宙船を直すには十分だ。ダンはしばらくの沈黙の後こう言った。


「よし、調査と回収は終了。帰るぞ。」


 ナナクはふうっとため息を付き、背もたれに寄りかかって一言。


「残念だけど、やっぱりそうだよね。」


 一方で、意外だと考えたのはアリスだ。


「え?帰るって、ここからどこかへ……、ダンさんのおうちへ帰るってことですか?なんでですか?」


 ダンへ素直な疑問をぶつけた。


「そりゃ俺だってモッタイナイって思うよ。こんなお宝満載の場所なんだからな。でもよ、ナナク。いたんだろ?人型のロボットが。それも相当ヤバそうなヤツが複数も。」


 ダンはナナクへ確認した。彼らは宇宙船へ帰る途中に農場で出会った正体不明の人物について簡単に報告をしていたのだ。明らかに人間とは思えないような耐久性と運動能力を持った人物に出会い攻撃を受けたこと。さらにその人物は誰かと通話しており、相手も何らかのチームか組織を組んでいる可能性が高いこと。ナナクはそれに加えて、更にダンへ詳細を伝えた。犬と思っていたのは破壊不能な形状可変のロボットであったこと。その人物はアリスとナナクが何度かステーション内部に侵入していることを認識していて、二人を探した上でコンタクトしてきたこと。最後の一点にダンは特に強く反応した。


「おいおい、完全に目ぇ付けられてんじゃねぇかよ。で、あっちは兵器級の人型ロボットを繰り出してきたと。ロボット兵士なんていつの時代の話だよ、いまどきそんな……。でも戦車もいたからな、何があっても不思議はないか。」


 兵器級、というダンの言葉を聞いてナナクは昨日の戦車のことを思い出した。この廃棄ステーションは軍事基地だと考えられているのだ。そこにいるロボットが何らかの兵器であることは当然だ。しかし見た目はまるでアリスと同様の少女のような人物が兵器級のロボットだというのも違和感がある。


「さっきの女の子はロボット兵士って言うには、ちょっと違う気がするんだけど。むしろ、あの犬のほうが厄介だよ。」


 ナナクは思わずそう言うが、困惑したのはダンであった。


「は?ナナク、どういう事だ?女の子って何の話だよ。」


 ナナクはダンに相手の人物の外観上の特徴を伝えていなかった。


「あ、そういえば船長には言ってなかったかも。さっき会ったのは女の子だったんだよ。アリスと同じぐらいか、もしくはちょっと背が低かったかも。」


 ナナクはアリスの方を見ながら先程の人物の背格好を伝えた。ダンは再び驚いた。


「ってことは、人型のロボットに襲われたって話は、女の子みたいな見た目した、よく分からん戦闘ロボットに襲われた、ってことか?」


 ダンはナナクから話を聞いた当初、武装された人型の戦闘用ロボットに襲われたイメージを持っていた。そしてそのロボットに搭載されたマイクを通すなどして相手が語りかけてきたのだと考えていたのだ。


「そうだけど、あれは戦闘ロボットっていうのかな。何か別の種類のような……、うーん。」


 ナナクはそう言いながらアリスの方を見た。彼女は少しのけぞって、どうして自分を注目するのか?というような仕草をした。ダンもアリスの方を見て少し思案した。そして独り言のようにつぶやいた。


「ますますわけが分からん。一体何なんだよこの場所は。いや待てよ、こいつがいれば、なんとか……。」


 そして顔をあげた。


「駄目だ駄目だ。戦力的にはいけるかもしれねぇが、こっちは生身の人間だ。命がいくらあっても足りねぇ。」


 そんな様子を見ていたアリスがふと疑問を挟む。


「あの、もしかして、危ないから帰るってことですか?」


 アリスから見れば、危険だったのはもともとではないか、ということだ。


「ああそうだよ。最初からそういう話だろ。こっちの動きがバレてるんだよ。しかも相手の正体が分からん。とにかくエンジンが直り次第すぐに出発しよう。さっき軌道計算を始めて、まだざっくりしか入力できてねぇけど、航路がクリアなら明後日の朝には離脱できる。」


 アリスは彼が何を恐れているのかわからない。正体不明の敵と戦うのは彼女にとって特別なことではなかった。今日出会った人物も、犬と思われたロボットも、異質ではあったがアリスは特に従来とは違った大きな脅威とは感じなかった。何より攻撃能力が殆どない。そういう点で昨日の戦車のほうがよほど破壊力があった。砲塔の旋回で浮き飛ばされたあとに戦車砲の追撃を受けなかったのは幸運で、これはナナクの功績だった。彼女一人で戦っていたらやられていたかもしれない。今日の犬のロボットでさえ、最初から破壊する前提で対峙していたら多分勝てるだろう。こちらの火力のほうがずっと大きい。チームの弱点とも言えるナナクが狙われるので立ち回りが難しいが、相手の出方が分かった今となっては対策や作戦などいくらでも考えられる。また、3匹の犬型ロボットに指示を出していた少女。彼女は実際武器も何も持っていない。武器を持っていないならば攻撃能力もないのだろう。


 そう『自分と同様に』だ。


 彼女は出会ってすぐに直感した。あの少女は自分と同類だと。アリスにとって別の意味で脅威とも言えるのはその少女のあの発言だった。アリスはそれを聞いた瞬間に相手に斬りかかった。面識は無いはずだが、何故か自分のことを知っていた。知っていたというより『調べられた』と言ったほうが良いのかもしれない。もう一度会って話を聞いてみたいと思っていた。ナナクとダンに気づかれないような状態で、だ。


 彼女にとってはこの廃墟のステーションから離脱して、人のいる活動拠点にたどり着きたい思いはあったが、自分が記憶を失っていた100年以上の間に何が起こっていたのか知りたい欲求も同じくらいあった。しかし、今から彼らを説得してここに留まってもらおうとするのも難しいだろう。自分は記憶喪失だという設定で身分を隠しているのだ。


 先程ダンは明後日の朝に出発すると言っていた。言い換えれば明日は丸一日の猶予がある。ダンは船長として出発のための準備業務で忙しいだろうし、おそらくナナクも似たようなものだろう。こっそり抜け出すだけの十分なタイミングはある。夜までに帰ってくれば良い。


「わかりました。明後日の朝ですね。」


 アリスは確認するようにこう答えた。ダンは「そうだ。」と言い、続けてデブリフィーングの終了を告げ、ナナクにエンジン部品の出力のための資材の準備を指示した。早速今日の資材を使って帰るための準備を始めるのだろう。今日の探索は一旦終わりのようだ。いや、彼らにとってはもう二度と入るつもりはないのだろう。彼女には明日の最後の探索機会がある。そのチャンスを逃さないようにするため、様々なパターンを計画しておかなければならない、と考え始めたのだった。


 ………

 ……

 …


 デブリーフィングが終わり、装備品を片付けたあと、ナナクはアリスに手伝うように言われて倉庫のある一番下のフロアまで来た。船内に立体造形機のようなものがあるのだろう。ナナクは通路の奥にあるダクトカバーのようなものを開き、中から半透明のボトル状のものを次々と取り出していく。ボトルのキャップを開けると、ナナクはアリスに「C6」や「A454P」など暗号のような言葉を伝えた。彼女が先程の資材の袋の中を探すとちょうど同じ表記のチューブが見つかったので、それを渡す。ナナクはチューブの中身をボトルに詰めてキャップを締め、元の場所に戻した。ダンに作業が終わった旨を伝えると、その場で立って何かを待っているようだった。それを見たアリスが聞いた。


「ナナク、次は何をするの?」

「ああ、動き始めを確認するまで待ってるんだよ。この機械ももうだいぶ――」


 ナナクが言いかけたとき先程閉めたカバーの向こう側からピピーピピーという電子音が聞こえてきた。


「あー、またダメだったよ。」

<ナナク、悪ぃ。A21がエラー出してる。>


 おそらくダンが上のフロアから、この機械を操作しようとしたのだろう。エンジンの修理部品を作る指示を出したのだ。


「えっとー、A21?あ、ここか。」


 ナナクはカバーの中に上半身を突っ込んで、グイグイ何かを押しているようだった。上半身を突っ込んだ体勢のままナナクが話を続けた。


「この機械も最初から付いてたやつだから、かなり古くなってきてね。資材入れたあとはいつもエラーが出るんだよ。だからこうやって動き出すまでは前で見てないといけないの。上と下を何度も往復するのも大変でしょ?」


 その話を聞いて彼女は、この機械のすぐ横に操作パネルか何かを用意すれば良いのに、と思った。しかしそういう改善運用ができない不自由さまで含めて「古くなってきた」という彼の言葉につながっているのだろう。


 そう思っていると続けて彼が答えを示してくれた。


「新しい機材を買おうかって探したこともあったんだけど、この船の修理部品の造形データが移植できないらしくて、交換できないんだよ。だから僕がこうやって苦労してるわけ。」


 彼が開けているこの機械のカバーも、跳ね上げるバランサを支えるブラケットが腐食で折れていて、一体どれほど昔から使われているのか分かったものではない。周りを見回してみても、清掃は行き届いているものの塗装が剥げているような箇所も多くあり、古い宇宙船を直しながら使っているのだということが推測できる。


「ねぇナナク、大したことではないけど、ちょっと聞いて良い?」


 アリスは、ナナクが造形機のカバーを閉めて一息付いたことを確認してから問いかけた。


「この宇宙船ってどれくらい前に作られたの?あと、ダンさんやナナクの持ち物なの?」


 彼女は単純に興味があったというのもあるし、これほどの大きさの宇宙船は、人類が宇宙に進出したこの時代であっても一財産に違いない。話を聞けば彼らやこの時代の文明についてヒントになると思っての質問だった。


「確か、船長が90年くらい前って言ってた気がする。この宇宙船はジャクソン・ヘモウスっていう名前なんだけど、これは船長のおじいさんの名前なんだ。軍の作業船だったものが古くなって、中古品として船長の両親が買うだか貰うだかしたんだって。書類上で誰の持ち物なのは船長に聞かないとわからないけど、少なくともレンタルとかじゃないよ。」


 想像していたよりも古いな、とアリスは感じた。彼の口ぶりだと宇宙船自体はまだまだ現役で使うつもりのようだし、100年超えもありえる。彼女の知る時代であっても、改装して用途を変えながら使い続ける長寿の船の話はいくらでもあったが、90年現役というのは珍しい。ましてや大型軍艦ならばともかく、乗員3名の小さな宇宙船だ。長期間の航行に必要な設備も必要で家一軒をゆうに超えるサイズ感だが、それでも中は広いとはいえない。この時代の標準的な宇宙船のサイズというものがどれくらいかはわからなかったが、決して大きい部類ではないだろう。


 その後アリスは彼にいくつか質問をしてみたが、宇宙船自体を買い替えるようなつもりはないらしい。ダンにとって家族の思いが詰まった品、というのもあるようだが、何より宇宙船を新造するのは大変カネがかかるらしい。まあ当然だ。アリスにとってははるか未来に飛ばされてしまったような状況ではあるが、その未来においても資源と生産力は貴重なのだ。宇宙で細々と生活している彼らならば、なおさらだろう。


 一通り話をしたあと、ナナクは最後に改めて造形機に問題が起こっていないことを確認した。閉めたカバーの向こう側で、ウィンウィンともシャカシャカとも言える独特の動作音を立てている。先程のダンの話からすれば、必要な部品は明日までに全て出来上がるのだろう。


 ひと仕事終えた二人はデッキへと戻っていった。今日の仕事は概ね終わりらしい。デッキに戻ると、ダンはアリスにハッチの日次点検をしてから休むように伝え、また、ナナクには明日の出発のための打ち合わせのためここに残るように指示した。アリスは、明日の単独探索の作戦を立てるのにちょうどいいと思い、ハッチのあるフロアへ降りていった。


 ………

 ……

 …

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