第2話:強撃


        ――― そうそう、その調子ですわよ。

   あなたはやればできる子なの、頑張ってここまでいらっしゃい ―――




 タタンタタンと、デッキへ上る階段を軽やかに上がる音が響く。


「ダン船長、おはようございます。」


 ドアの開く音と共にアリスが朝の挨拶をした。


「おう、おはよう。」

「どうしたんですか?あまり体調がよくなさそうですけど。」

「あぁ、昨日は久々に飲みすぎた。二日酔いってほどじゃねえが、胃の具合があんまりだな。」


 そう言いながら彼は腹をさするような仕草をする。昨日の侵入ロボットの撃破の後、アリスの歓迎パーティーとやらは予定通り行われた。彼女が心配していたロボット破壊の件に関しては不思議と触れられなかった。ハッチを開放しっぱなしにして侵入を許してしまった件については、本来ならナナクがこっ酷く叱られるはずだが、豪華な夕飯を前にうやむやになってしまった。


「あ、アリスおはよう。昨日は良く寝られた?」


 キッチンから朝食を持ってナナクが上がってきた。


「おはようございます。ええ、大丈夫よ。」


 狭いとは言えアリスにも個室を与えられている。十分な厚遇である。不満は何もない。事実、長い眠りから覚めたばかりの昨日より比べれば、体調もすこぶる良い。3人揃ってデッキのテーブルを囲うように座り、朝食を食べる。やたら薄くスライスされたパンのようだが、硬めで中身が詰まっているのでそれなりに腹に溜まりそうである。横にはジャムとバターが添えられている。


「これは、パン……なの?」


 アリスが思わず疑問を口に出す。24世紀の食品はこうも奇天烈なのか。しかし彼らの日常生活に対して疑問を挟むのは得策ではないと思い出して口を閉じたがナナクは違う解釈をしたようだ。


「本当は僕もふわふわのパンが食べたいんだけど、食料庫の容積も限られているから、これしかないんだよ。僕らは『圧縮パン』って呼んでる。」

「へー、そうなのね。」


 アリスはそれっぽく相槌を打つ。彼らの世界にも普通のパンは存在するようだ。とするとこの宇宙船はやはりある程度、特殊な場所、ということか。


「もしかして、口に合わなかったかな。」


 ナナクが心配そうにそう言う。


「いえ、そんなことないですよ!」


 右手につかんだ硬いトーストをいっぺんに口に押し込みながらアリスが答える。口に頬張ったままモゴモゴ何かを言っているようだが、二人にはよく聞こえない。


「アリス、落ち着いて。足りなければまだあるからさ、ゆっくり食べなよ。」


 そう言ってナナクが水の入ったコップを差し出す。


「その、なんだ。お前って見た目よりだいぶワイルドだな……。」


 そう言ってダンは小さくちぎったパンに少量のジャムを付けて口に運ぶ。アリスは相変わらず頬を膨らませていた。


「まるでリスみたいだね。」


 ダンとナナクの二人の笑い声がデッキに響き渡る。


 ………

 ……

 …


 朝食を食べ終えたあと、3人は宇宙船の一番下のフロアにいた。細い通路に棚が設置され、たくさんの小さいコンテナが固定されている。この宇宙船の倉庫だ。


「よーし、お前に最適な仕事があるぞ。」


 ダンにこう言われて彼女は倉庫まで連れてこられたのだが、いまいち要領を得ない。彼はコンテナ正面の小さい覗き窓を次々にパカパカと開けて中を確認している。


「倉庫の中身を整理したかったんだけど、これがまた重たいんだよ。」


 そう言って彼はコンテナのハンドル上部のレバーを押し、少し引っ張る。するとカチリという音がしてコンテナが少し飛び出した。


「それで、ナナクがヨイショーってこれを引っ張り出すから、お前は下持って支えて。」


 手でハンドルを引いて手で支えるようなジェスチャーをする。彼女はようやく理解した。ナナクが重いコンテナを引っ張り、自分が支えて床に下ろす。そして中身を整理する、という仕事なのか。


「それじゃ、アリス。行くよ。」


 ナナクがハンドルを引っ張るとコンテナがズルズルと出てきた。正面から見ると小さいが、奥行きがある直方体だ。すべて引き出す直前にアリスはコンテナの端を右手で支える。両手で支えたいところだが片腕の彼女にはこれが限度だ。見た目通りに重いが、ナナクがハンドルをしっかり掴んでいるので、バランスを崩す心配はないだろう。


「船長、どこに下ろす?」

「えーっと、この机に3つまで並べられるだろ?とりあえずは、その3つここに下ろそうか。」


 ダンの指示に従ってコンテナを降ろしていく。同様の手順でナナクとアリスはコンテナを引っ張り出す。それにしてもダンは頑なにコンテナを持とうとしないのはなぜだろうか、とアリスは思った。もっとも、下っ端の自分が上司にとやかく言う立場ではない。倉庫の整理などという、いかにも新人が最初にやらされるようなタスクが充てがわれて、むしろ小さな充足感すら感じていた。


 3つ目のコンテナの移動に取り掛かろうとしたところで、ダンは


「それじゃナナク、任せたぞ。俺は外を見てこなきゃなんねぇからよ。」


 と言うと上のフロアの方へ行ってしまった。


 残された二人はコンテナ3つを下ろし、ナナクは蓋を開けて中身を取り出し始めた。作業しながらナナクが語る。


「ほんと、君がいて助かったよ。重力下だと重くて一人じゃ持てないし、航行中だと中身がふわふわ浮いて危ないし。」


 彼はそう言いながらコンテナの中身を入れ替えていく。小さな箱や袋、機械の部品などだ。宇宙船で必要な道具か、あるいは過去の『回収』の戦利品だろう。彼の指示に応じて、アリスも箱の中身を出していく。意外にも考えながら整理しないといけないのか、ナナクは黙ってコンテナの中身を入れ替えていく。アリスも黙って作業していると、近くの方で床に響くようなゴンゴンという音が聞こえた。


「ねぇナナク、何かしら、この音。」

「ああ、船長が外で何か作業してるんじゃないかな。エンジン廻りに異常が出たって言ってたから。」


 ナナクは手元から視線をそらさずに答えた。彼の要素を見るに、特に異常なことではないのだろう。それでも気になったアリスは倉庫の奥の小さい窓から周囲を見回した。作業用のカゴのようなものに乗った宇宙服を来た人物がなにか作業をしていた。きっとダンだろう。彼は先程、外を見てくる、と言っていたが船外での作業のことだったのだ。


「アリス、次のコンテナ取り出すよー。戻ってきて。」


 ナナクが呼びかけた。


「あ、ごめんなさい、戻ります。」


 この倉庫だけでもコンテナは100個近くある。ここのコンテナを全部開けて整理するわけではないようだが、かなり時間がかかりそうだな、とアリスは思った。とは言え、この宇宙船の見慣れない荷物を見るのも一つ一つが興味深い。ナナクの指示に従って黙々と作業を続けていった。


 一時間ほど作業を続けて、あらから片付けが終わった頃、ナナクのもつ端末から電子音が鳴る。ダンからの通話だ。


「はい、船長。どうしたの?」

<エンジンの点検が終わったんだが、ちょっと……いや、かなり問題がある。デッキでブリーフィングだ。集合。>

「了解。」


 ナナクが通話を終えると、広げたばかりの工具を片付け、アリスに声をかける。


「アリス、多分これから仕事の話になると思う。デッキに行こう。アリスにも聞いてもらうよ。」

「了解で~す。」


 アリスは右手を上げて元気よく返答する。彼女とて客人として招かれているわけではなく、一員として働く前提で保護してもらっている立場なのだ。内容については全く想像付かないが、昨日の言葉の通り、メンバーとして認められたようで嬉しく思った。


「どうしたの?ニコニコして?」


 妙な表情を見せるアリスを訝しむ。


「なんでもないわよ?行きましょう。」


 二人で最上階のデッキへ移動する。


 ………

 ……

 …


 デッキではダンが待っていた。朝には何も表示がなかった壁面のディスプレイには、図面や立体マップが敷き詰められていた。


「よーし集まったな。始めるぞ。」


 ダンはそう言って立ち上がる。


「さっき、船外からエンジンを見てきたところ、外カバーに穴が空いて中のポンプと配管がやられてた。」


 そう言いながら、指先をクイクイと動かして、一枚の写真を中央に大きく表示した。


「見ろ、これだ。故障じゃねえな、外部から破壊されてる。」


 アリスには何の話をしているのかよくわからない。ナナクの方をちらちら見る。ナナクがそれに気づき、助けを出す。


「船長、ちょっと待って、アリスに説明しないと。」


 そう言って窓の方へ歩いていき、外を指差しながら話を続ける。


「ここからだと直接は見えないんだけど、船体後部に航行用のメインエンジンがあるんだ。昨日、このエンジンに異常が見つかって、自己診断でも原因がわからなかったんだ。だから、さっき船長が外から見てきたところなんだよ。今、船長がしているのはその話。」


 ナナクはダンの方へ向き直し、険しい顔をする。


「それで、船長。外部からって、誰かに壊されたってこと?」

「それは断定できねぇが、少なくともデブリの衝突とかそういうのとは違う。熱で焼かれたような、そんな損傷具合だったぞ。」


 ナナクは何かに気づいたように言う。


「あっ、昨日のロボット!アリスが破壊したあのロボットだよ。あれがなにかしたのかも。」


 昨日食料庫の眼の前でアリスが瞬時に破壊した戦闘用ロボットのことを指摘した。そのロボットにより破壊されたと主張したのだ。


「前後関係がおかしいだろ。ログで異常が出たのは昨日の朝、こいつがアレをぶっ壊したのが夕方。あんなデカいのが一日ずっと潜んでたってのか?」


 アリスを指さしながらダンがナナクの仮説を否定する。一方で、ロボットの破壊の話題が上がり、アリスの目が泳ぐ。しかし彼はソワソワするアリスをよそに、続けてナナクに問いかける。


「しかし、同じ日にこうも続くというのも妙だ。この廃棄ステーションに、なんかあるんじゃねぇか?」

「何か、って言われても……。ねえアリス、なにか知ってる?」


 ナナクは、フラリと目線をそらしていたアリスに急に問いかける。


「え?何もわかりません。と言うか覚えていないんですよ。」


 アリスが正直に答えるが、ダンは彼女の顔をじっと見つめる。しばしの沈黙。ナナクがその沈黙を打ち破る。


「で、今日はどうするのさ。僕たちを呼んで、ブリーフィングするって言うからには、調査ミッションを続けるってことだよね。」

「ああ、その通りだ。調査もあるが、早速今日から遺物回収をやってもらう。」


 ダンの返答にナナクが多少困惑する。


「え?もう回収を始めるの?マッピングも全然終わってないのに?」


 ナナクの主張はもっともだ。通常、廃棄ステーションの遺物回収は、全域を踏破して立体マップ作成を終えてから、スケジュールに基づいて優先順位を決めて行う。しかし今回の仕事に関していえば、初回調査でナナクがステーション内部で攻撃ロボットに襲われたことでマッピングが10%ほどしか進んでいない。そんな状態で回収を行っても非効率ではないか、ということだ。


「こんな広いステーションの全域をマッピングするのにどれだけかかると思ってんだ?今回のターゲットはここ。2つ目のゲートを過ぎた先の機械倉庫だ。とにかく今はモノが足りねぇ。ジリ貧になる前に手を打つ。回収の申請はさっき送ったから安心しろ。」


 そう言いながらダンはマップを拡大すると、大きな倉庫が現れた。このマップは先日ナナクが端末で撮影と自動計測をしていたものだ。


「エンジンを復旧させる資源を探せば、なにか使えるものあるはずだ。内部の損傷具合がひどくてな。船で持ってる在庫分を全部使っても、足りるかどうか微妙なんだよ。予備も含めて早めにかき集めておきたい。」


 ナナクは黙って聞いている。一応納得しているのだろう。ダンは説明を続ける。


「今回の大きな違いは……、こいつと一緒に行ってもらう。」


 そう言ってアリスを指さした。ナナクが聞き返す。


「アリスといっしょに行くっていうの?」

「ああそうだ。元々そういう話だったろうが。」

「え、でも、女の子が入るには危ない場所だよ……。」


 ナナクはあまり賛同していないようだが、ダンはこう主張する。


「前はバカか。危ねぇ場所だからこいつを随行させるんだよ。昨日の映像を見ただろ?木の棒でロボット叩き潰したんだぞ?それも戦闘用ロボットを、だ。女の子とか、そんなのもう関係無ぇよ。」


 アリスはぎょっとした。昨日の件は何となく誤魔化したつもりでいたが、しっかりとバレていたのだ。


「ナナクが襲われたっていうロボットを一撃で粉砕したって聞いたときは、ナナクの記憶違いだと思ったが、あの映像見たら信じざるを得ねぇえよ。」

「だから本当だって何度も言ったじゃないか。」


 アリスの戦闘能力を前提として話が勝手に進んでいく。実際のところ、彼女はか弱い少女を演じるつもりで居たのだが、全く最初から無駄なのだった。


「とにかくだ。今回の探索でも、前回のようにステーション内部のロボットに襲われる可能性が高い。その場合はナナクは退避、それで、護衛役のこいつがメインで制圧する。」


 そう言ってダンはアリスを指差す。アリスにとっては当初の自身の想定から正反対の展開となってきた。どうやって少女を演じようと思案していたところから急転し、最前線に出て戦えと言われたのだ。何日か前にナナクに呼び起こされて眼の前のロボットを一閃で壊滅させた、おぼろげな記憶が思い出される。実際、彼女の能力ならばナナクを敵性ロボットから護衛するという任務が可能なのだ。


「それはかっこ悪すぎるよ。僕だって戦える。」


 ナナクが反論する。


「まぁ別に構わねぇが、無理するんじゃねぇぞ。最悪お前一人だけでも帰ってこい。」


 アリスはずっと黙って聞いていたが、なんだかとても無責任なことを言われたような気もした。


「そんなの嫌だよ。必ず二人で帰ってくるようにするし、今度ばかりは危険を感じたらすぐに引き返すようにするよ。」

「ああ、もちろんそうしてくれ。前回は俺が戻れって言ったのに突き進んで死にかけたんだぞ。次こそ本当に死ぬぞ。」

「そのお説教は何度も聞いたよ。もう大丈夫だよ。ねえアリス?」


 いきなり話を振られたアリスは驚いた。


「あ?あ、はい!大丈夫です。任せてください。」

「よし、ナナクを頼んだぞ。」


 ダンが真剣な顔をしたままそう答える。


「あ……でも。」


 アリスは何かに気がついたようだ。


「戦うって言っても、何で戦えばいいんでしょうか?麺棒は、昨日2本とも粉々にしちゃいましたよ。」


 今の彼女には武器がない。


「こいつまた麺棒で戦うつもりだったのかよ……。武器なら、これでいいのか?」


 そう言って、テーブル脇の棚からサーベルのような何か……というよりまさにサーベルそのものというべき物体を取り出した。


「アリスはこれを使って僕を助けてくれたんだよ。覚えてる?」


 ナナクが身を乗り出して彼女に訴える。


「えっと、何となくは覚えているかも。」


 そう言ってサーベルを手に取る。二人とは反対側に向き直して2歩ほど下がり、ゆっくり空を切る動作をする。


「使えそう?」


 ナナクの質問には彼女は答えないまま、また2歩下がり、今度は高速で斬撃の動作をする。一瞬で3連撃。目にも留まらぬ動作でヒュヒュヒュッという大きな風切りのみがデッキ内に響く。


「おいおい、危ねぇよ!外でやってくれ。」


 ダンが驚いてそう叫ぶ。


「まあその武器で大丈夫そうだな。パルスガンも一応あるけど、どうする?こんなヤツ。」


 ダンが画面を操作し、ライフル銃のような物の写真を見せる。その写真に最初に反応したのはナナクだ。


「あ、それは僕が以前使ってたものだ。威力は控えめだけど、取り回しやすくて狭いところで使いやすいんだよ。」


 ナナクはそう言うと、先ほどダンがサーベルを取り出した棚から、写真と同じ形状の物を取り出し、テーブルの上にトンと置く。アリスはそれを持ち上げてみるが、銃と言うには妙に軽く、銃口も弾倉も見当たらない。彼女にとって見たこともない道具で、使い方など見当もつかない。


「こっちの武器の方でいいです。この銃は使い方がよくわからないの。」


 そう言ってサーベルを持ち直す。それを見て、突然ナナクは何か思い出したのか、デッキの出入り口方面へ歩き出した。


「あ、アリスちょっと待ってて、良いものがあるんだ。取ってくるよ。」


 そう言ってデッキの外へ出て、下のフロアへ降りていってしまった。


「おい、まだ説明終わって無ぇぞ~、って、行っちまいやがった。」

「すぐ戻ってくるんじゃないですか?」


 遠くの方でトトトッと、ナナクの走り回る音が聞こえる。そしてカンカンカンと言う音とともにデッキまで上がってきた。


「その衣装。こんな道具も付いてるんだよ。」


 慌てて戻ってきたからだろう。はぁはぁと深い呼吸をしながら、ナナクは棒状の物体をアリスに手渡す。


「これはなんですか?」

「その剣をしまうための鞘(さや)だよ。腰のベルト部分に縛り付けて使うはずなんだけど……。」


 そう言って、ナナクはアリスの腰のあたりを探るような仕草を見せる。


「えっとね、ここなんだけどね……。」


 どこか躊躇しているのかアリスの服には触れずに、右に左にとウロウロしている。


「お前何を恥ずかしがってんだよ。」


 呆れたダンはそう言いながらアリスに近づき、腰の左側の布地をぐっと引っ張り、ベルトに鞘をくくりつける。


「おお、良いんじゃないの?最初はただのコスプレ衣装かと思ったけど、武器も揃うと本当に強そうだな。」

「うん、似合ってる。すごいよ。」


 ダンとナナクがアリスの姿を見て感心する。今彼女が着ている服は、西洋の騎士風の演劇衣装なのだが、それにサーベルと、それを納める鞘まで揃ったのだ。褒められたアリスもまんざらではない様子だ。


 二人に目配せをしてから少し姿勢を落として、サーベルの柄を掴み、居合のようにゆっくりと抜刀する。そしてゆっくりと元の鞘に戻す。


「パワーだけかと思ったら意外に器用だな。片腕だけで上手くやるよ。」


 ダンが再び感心する。


「よっし、武器も決まったし、具体的なルートの検討を始めるぞ。」


 彼はもとの席に座り直し、マップの表示を拡大した。多少横道にそれたブリーフィングだったが、本来の作戦会議に戻っていく。ルートの詳細説明と考えうる危険などを次々と列挙し、確認していく。それは20分以上続いた。


「――というルートでここまで戻ってくる。滞在時間は最長でも30分。それを過ぎそうならば途中でも戻ってこい。」


 ルート構築も終わり、本日の作戦が決まった。


「足りない分はまた明日行けば良い、ってことでしょ?」

「その通り。いつロボットに襲われるかわからんから長居は厳禁だ。って、お前の管理だけじゃ不安だな……。そうだな、ちょっといい?」


 そう言ってアリスの方を見て手を軽く降る仕草をした。話があるようだ。彼女はいきなり呼ばれて驚く。


「え?なんですか?」

「30分。これがタイムリミット。超えそうならばナナクを殴ってでも担いで帰ってきて。」


 そう言って親指でナナクを指し、その指を肩に回す仕草をした。


「大丈夫だよ。失礼だな。」


 ナナクが文句を言うが、ダンの命令を無視して深追いし、九死に一生の体験をする羽目になったのは彼なのだ。


「はい、わかりました。30分経ったら、ナナクさんをひっぱたいてから抱えて帰ってくるんですね。」

「いや、別にひっぱたく前提じゃ無ぇんだが、ちゃんと話聞いてた?」

「もう、アリスまでそんな言い方するぅ……。」


 ダンはハハッと笑い、ナナクは不安そうに口をすぼめるが、何が問題なのかアリスにはわからなかった。


 ………

 ……

 …


 ブリーフィングを終えたアリスとナナクは宇宙船の出入り口、ハッチに移動していた。シューッという音がして二重になったハッチが開放される。宇宙船内のほうが多少気圧が低いため、ハッチの向こう側から隙間風が流れてくる。二重ハッチに挟まれた空間へ移動した後に、機内側のハッチが閉まる。


 閉鎖空間に二人。構内作業用の軽宇宙服に多機能ライフル銃を装備したナナクと、西洋騎士風の鎧にサーベルを携えたアリスだ。


「アリス、準備はいい?」


 ナナクが確認する。


「大丈夫。行きましょう。」


 アリスがそう答えたことを確認すると、ナナクはハッチ横のレバーを操作する。再びシューッという音がして外側のハッチが開き、宇宙ステーションの内部が見えてきた。ナナクは不安になり銃を構えて安全装置を解除し、敵の襲撃に備える。


「船長。警備のロボットの姿はなし。行けそうだよ。」


 宇宙服内蔵の通信機を通してダンに報告する。


<よし、とりあえずいきなりお出迎えってことはなさそうだな。>


 スピーカーから歪んだ声が聞こえてきた。恐らくダンの声だ。


「この前アリスが壊したので全部ってことはない?」


 銃を構えたままのナナクが聞き返す。


<どうだろうな。こんだけでかいステーションだから、たった数機ってことはないと思うが。かなり古い場所だから、そのうちどんだけ残ってんのか、話だろ?>


 ダンの言葉を聞きながらナナクは銃をおろして歩き出す。


<何度も言うが、この場所は今までの廃棄ステーションとは明らかに違う。それだけに、何かでっけぇ発見もあるはずだ。>

「じゃあ、船長、中に入るよ。」

<おう、気をつけていってこい。>


 宇宙船のハッチを通過してステーション内部へ進むナナク。その後ろにアリスが続く。彼らが今いるのは移動クレーンやコンテナボックスが並んだ荷役施設、すなわちバースだ。最初にナナクがここを通ったときにはまるで無視していた物陰が、今となっては気になって仕方がない。どこかに敵のロボットがひそんでいるかもしれない、などと考えてしまうのだ。


「ねえナナク。」


 アリスがナナクに問いかけた。


「え?どうかしたの?!」


 ナナクがビクッとして彼女の方を振り返る。銃を手に取り最大限の警戒をする。彼の急な動きにアリスも驚く。


「わっ、何かいるの?」


 そう言ってアリスも、サーベルの柄に手をかける。


 緊張の一瞬。武器に手をかけて周囲を見回す二人。しかし何も出てくる気配はない。当然である。アリスとて敵を発見して声をかけたわけではないのだから。


「アリス、何がいた?どこにいる?」

「え、ナナクが何かを見つけたんじゃないの?」


 数秒の沈黙。


「「ええっ?」」


 思わず見合って固まる二人。


「だって、君が何か見つけたって言うから、慌ててそっちを向いたんだけど。」

「私、何も見つけてないわよ。ナナクが急にこっち向いて銃を構えようとしたから何事かと思って。」

「いや、だってさ、急に声かけられたから。」


 確かに最初に声をかけたのはアリスの方だ。


「ちょっと声かけただけよ。」

「なーんだ、そういうことか。驚かさないで、まったくもう。」


 ナナクが安堵の表情を見せる。


<おーい、お前ら何やってるんだよ。>


 今のやり取りを聞いていたであろうダンからも通信機を通して呆れ声が入る。


「それで、声をかけたって、何か?」

「えっと、何だったかしら……。そうそう、ここって一体どこなの?」

「まだハッチを出たばかりだから、どこもなにも……。ここは、バースには違いないだろうけど、まだ全体のマッピングが終わってないから、どこかはちょっと分からないよ。」


 ナナクがそう答える。するとダンからの通信音声が割り込む。


<ナナク、今の質問そういう意味じゃねぇよ、きっと。お前、そいつにその廃棄ステーションの説明してねぇだろ?そう言えば俺もしてねぇよ。>


 アリスは無言でうなずく。


<記憶喪失ってなら、そのステーションについても何も知らねぇんじゃねえか?>

「そういうことか。えっと、モニターもないから概要だけ説明するけど、いい?詳細は戻ってから話そう。時間もないから歩きながらだね。」


 再びナナクが歩き出し、アリスは彼についていく。


「僕たちが、軌道上に廃棄されている宇宙船やステーションから資材を回収する仕事をしているのは話したよね。それで、今回は第3軌道っていう場所に探索に来たんだけど、軌道に入ったところで急にレーダーに大きな物体が映ったんだ。」

二人はバースを抜けて、大型エレベータに乗り込んだ。ナナクは下方向へ移動するボタンを押し、ガタンとエレベータが動き出す。


「壊れたソーラーパネルでも漂っているのかと思って、廃品回収のつもりで近づいたら、このステーションが現れたってわけ。驚くよね?こんな大きな廃棄ステーションが今まで見つからなかったなんて。」


 エレベータがゆっくりと下へ降りる間、ナナクはこの廃棄ステーションを見つけてから到着するまでの経緯を話していた。やはりアリスには全く心当たりがなかった。そのうち、エレベータが下まで到着し、ドアが開いた。


 エレベータを降りると、やや天井の高い倉庫のようなエリアへ出た。ステーション中心部から外側へ移動したことで重力が強くなる。倉庫を抜けて、広い場所に出る。体育館ほどの広さの大部屋の中に建物が立ち並び、天井があることを除けば街のような雰囲気の場所だ。採光用の窓からは真っ白な惑星がちらっと見える。昨日も宇宙船のデッキから見えた『雪玉』だ。


 ナナクやダンには黙っているが、彼女はそこからやってきた。


「ナナクやダンさんの他にも、同じ仕事をしている人はいるの?」


 アリスが聞く。一体この時代ではどれほどの人々が宇宙で活動をしているのか、知りたくなったのだ。


「う~ん、20社くらいはあるのかな。船長、同業者ってどれくらいいるの?」

<正確な数は知らねぇけど、母港の登録免許だけでも50は超えてるな。市も含めた全体だと200はあるだろ。でも実際活動してる業者は体感で100人くらいじゃねえか?大して儲かる仕事じゃねぇからライバルも少ない。細々と食ってくにはちょうどいい。>


 ダンがそう答える。


「船長が言うには、昔はザクザク取れて儲かったらしいよ。今は回収が進んで目ぼしい遺構も取り尽くされちゃって、なかなかね。そう、だから今回みたいな大きなステーションが手つかずで残ってることはびっくりなんだよ。『リング』って名前だけは接舷時にわかったんだけど、母港はおろか、市側に問い合わせても情報が無くて分からないって言うし、今は船長が、軍にいた頃の知り合いに聞いてみてるところ。軍のほうが昔の情報多く持ってるから、市の本庁の担当者でも分からないようなことがあると、よく聞くんだよ。」


 今の二人の話を聞いてアリスは思わず立ち止まった。『同業者』『市』『軍』など、彼女が全く想定していなかった言葉が次々に飛び出したのだ。それだけの人間が今も生きて活動しているといるのか。それは一体どこに?


 彼女の記憶、すなわち22世紀の記憶では、人類は衰退の一途であった。全滅すら覚悟しなければいけない極限状態だった。その証拠に彼らが『雪玉』と呼んだ眼前の惑星、かつて『地球』と呼んでいたその星は氷と暴走した軍用ロボットに覆い尽くされた死の星となってしまったのだ。そこからどのように生き残ったのか、彼女はナナクを問い詰めたかった。


 しかし、いまはそんな話をしている時間の余裕はないし、彼らもどこまで詳しく知っているかわからない。何より、自分の疑問をぶつけるには自分の正体を完全に明かす必要があるが、それは避けたい。それに彼らの話に一切の嘘はなさそうだし、そうならばいずれ『市』に戻ることもあるだろう。その時に自分の目で確かめれば良い。


「あれ、アリスどうしたの?考え事してるみたいな難しい顔して。」


 ナナクが気に留める。悟られないように彼女は再びナナクの後をついていく。


「えっと、ごめんなさい。なんでもないわ。こういう街並みを見るのが久しぶりで。」

「え?そうなんだ。じゃあ、アリスはどんな街で生まれたの?」


 彼女は困った。実際、生まれ育った場所は街でもなんでも無い。地下深くの軍事施設で生まれ、外出した経験も数えるくらいで、その全てが生き残るための必死の激闘だった。


「ごめんなさい、あんまり覚えてないの。」


 彼女は自分が記憶喪失と思われていることを最大限に活用した。秘密を隠すのに、これほど便利な『設定』はない。それに昨日、目覚めたその時は本当に記憶が曖昧だったので嘘ではない。


「そっか、ごめんね、変なこと聞いて。」


 引き続き歩くと最初の大部屋の端までたどり着いた。短いトンネルのような通路で大部屋ごとに接続されている構造のようだ。


「このゲートをくぐると、ここよりすっと広い場所に出る。ターゲットの倉庫の場所は覚えてる?」


 ナナクは初めての後輩あるいは部下が出来て張り切っているようだ。


「30m先の食堂を右に曲がった260m先の左側。」

「正解。って、よくそんなに正確に距離まで覚えてるね。まあ良いや、行こう。」


 ゲートを通過すと、先程よりやや広い通路に出た。特に攻撃ロボットのようなものは見えない。遠くからキュルキュルとモータのような音が聞こえる。今度こそ本当にロボットの襲撃かと思ってナナクが警戒するが、通路の脇を構内輸送コンテナが走行する音だった。


「船長、中の設備は全部動いてるね。コンテナが走ってる。」

<マジか?100年以上動いてるってことになるぞ。やっぱり誰か住んでるんじゃねぇか?だとしたら、やたらめったら銃ぶっ放すんじゃねえぞ。>


 全長4メートルほどのコンテナ車は食堂の角を曲がってこちら側へやってきた。訳の分からない恐怖を感じたナナクは、アリスを引っ張って物陰へ隠れる。そして息をひそめてコンテナ車の通過をやり過ごす。コンテナ車は何も変化なく通り過ぎて隣の区画へ去っていった。


「ふぅ」


 ナナクがため息をする。コンテナ車が突然こちらへ銃撃してきたり、裏に隠れていたロボットが飛び出してきたり、ということを想像していたのだが、そんな事はまるでなかったのだ。


「ナナク、どうしたの?」


 急に耳元で話しかけられて驚いた。というのもナナクは急いで物陰に隠れた際に、アリスを後ろに引っ張り、彼女を背中で壁に押し付けるようにして物陰に隠れたのだ。そんな密着状態では耳元で語りかけられて当たり前である。


「ああっ、ご、ごめんね。」


 思わず赤面して体を離す。その様子を遠隔で見ていたダンからも、音声通話を通して指摘が入る。


<ナナク、いくらなんでもビビりすぎじゃねぇのか?慎重に行くのはいいけどよ、そんな調子だと時間ばっかりかかるぞ。そっちには、用心棒もいるんだし、大丈夫だろ。>


 ダンの指摘は理解できるのだが、どうしても前回の探索時に攻撃ロボットに追いかけられた経験がトラウマとなっている。それに、アリスに戦闘を任せる、というのも未だにピンとこない。確かに一度にその目で見ているのだが、彼女が、こんな可愛げな少女が、多数の攻撃ロボットを一人で制圧できるとはとても思えないのだ。


 そう思っていると遠くからアリスの声が聞こえる。いつの間に行ってしまったのだろう。


「ナナク、来てみてー。食堂よ、食堂。」


 通路に顔を出すと十字路の建物横から手を振って呼んでいる。完全に警戒を解いているアリスを見て、ナナクも拍子抜けしてしまった。今思い返してみれば、前回ロボットに襲われたのはこちらから先に攻撃したからなのだった。ただの住人あるいは訪問者として振る舞えば安全なのかもしれない。そう考えて小走りでアリスのもとへ急ぐ。


「うん、従業員用の食堂だね。それがどうしたの?」


 アリスのもとへたどり着いたナナクだが、なぜ彼女がそこまではしゃいでいるのか分からない。


「ステーキに、お寿司に、、、なにこれ、メガ盛りフィッシュアンドチップスだって。食べていきましょうよ。」


 彼女からちょっと信じがたい提案がされた。今は仕事中だし、そもそも店員もいないレストランで食事が出来ると信じられる理由もわからない。まさか、設備を使って自分たちで調理しようという提案だろうか?食材の調達くらいは出来るかもしれないが、賞味期限などが大丈夫なのかもナナクは気になった。彼女の真意を図りかねたので、とりあえず仕事中ということで棚上げすることにした。


「いや、後にしようよ。帰りに時間があったらね。」

「ええ、そうしましょう。」


 アリスはニコニコしながら通路を曲がり、目的地へ向かう。


「ハハハッ。」


 恐怖心に包まれながらしきりに警戒してここまで歩いてきた自分は一体何だったのだろうか。馬鹿らしくなって思わず笑ってしまう。


「おーい、僕をおいていかないでくれよ。」


 そう言って後をついていく。前回ロボットに襲われたのは何かの事故のようなものだったのかもしれない。そんな思いを強めながら目標となる倉庫までやってきた。


<よーし、到着したな。解除キーをセットしてくれ。あとはこっちで対応する。>


 ダンの指示に合わせて、ナナクはポケットから板状の機器を取り出し、シャッターのロック部分に当てる。


「ナナク、それは一体何?」


 アリスが聞いてくる。


「ああ、ロックの解除キーだよ。今、船長がハッキングしてる。昔の規格のロックならば、5分もかからないよ。」


 ナナクが答える。二人で倉庫の前で暫く待つことにした。しかし、5分経過してもシャッターが開く様子はない。


<あー、だめだ、いつものツールだと開かねぇ。もうちょっと時間もらっていいか?>


 ダンがなかなか苦戦しているようだ。


 暫く待っていると、遠くの方から聞き覚えのあるモータ音が近づいてきた。先程のコンテナ車が戻ってきたのだろう。もう恐れる必要もない。ウィーンと唸るモータ音もそうと分かればなんてことはない。


「こんな廃墟で、一体何を運んでいるんだろうね。」


 ナナクは独り言のような疑問を発した。


「あの子をとめて、開けてみようかしら。」

「やめてやめて、とにかく騒ぎを起こすのはやめよう。」


 アリスの提案をナナクは即座に却下する。こちらから攻撃して手痛い反撃を受けるのは避けたい。それにしても、ダンのロック解除に時間がかかりすぎる。どうしてだろうか。


「船長、開かないならば、今日は諦めて一旦帰ろうか?」

<いや、もう少し待ってくれ……。あー、これもだめだ。どうなってんだよ、普通のセキュリティじゃねぇぞ、それ。>


 ダンの苛立ちが伝わってくるようだ。


「ダンさん、難しそうですか?」


 ナナクの持つ通信機から漏れてくる音で状況をつかんでいたアリスが彼に問いかけた。


<あー、お前もこの声が聞こえるのか?そのシャッターの素材ってどんな感じ?>

「はーい、聞こえますよ。えっと、普通に鉄かアルミのシャッターだと思いますけど、なにか手伝えることが、あるんですか?」


 アリスがシャッターをコンコン叩いてからそう答える。


<武器持ってる?さっきのサーベル。ちょっと乱暴だけど、切れそうならば切っちゃって。ズバッと。いけるだろ?>


 ロックのソフト解除を諦めたのだろう。ダンはシャッターを破壊して侵入するように指示したのだ。


「船長、だめだよそんな事しちゃ。」


 ナナクが訴える。


<仕方ねぇだろ、開かねぇんだから。それに、こんな事もあろうかと、解体調査の申請もしてあるんだよ。準備良いだろ?>


 ナナクが心配したのは申請とか許可とかそんな話ではない。しかし彼の思いを無視してアリスはことを進めていく。


「えーっと、ダンさん。よくわからないんですけど、とにかく無理やり開けちゃって良いんですね?」


 アリスがそう確認し、サーベルを抜刀する。


<いいぞ。後から荷物出すことも考えてちょっと広めに開けてくれ。>


 シャッターの前に立ち、武器を後ろに構える。


「ナナク、壊しても大丈夫みたいよ。危ないから下がってて。」

「アリス、そうじゃなくて、ちょっと待っ――」


 ナナクは彼女を止めようとするが――


 パーンと耳をつんざく破裂音。ナナクの訴えも虚しく、強烈な斬撃がシャッターに突き刺さる。瞬間的に高速で刃物を叩きつけたため、鋸のようなギリギリという音ではなく、爆竹のような破裂音となるのだ。その衝撃にナナクが怯んでいる間に更にシャッターを2回切断する。最後にアリスは大きく切込みが入ったシャッターを押す。


 ドスーンと地響きのような衝撃を立てて切り取られた部分が向こう側に倒れた。シャッターにしては妙に重量感のある音だ。きれいに四角に切り取られ、ちょうど人一人が歩いて入れるような大きさに穴が開く。


「ナナク、今なにか言った?」


 サーベルを器用に鞘にしまい、聞き返す。


「いやなんでも無い。」


 もうなるようになれ、ナナクはそんな気分だ。


<開いたか?やっぱりそいつすげぇな。それじゃ、中に入って使えそうな資材を回収してくれ。船を直す資材だ。>


 ダンにもナナクの心配は伝わっていないようだった。大きな音を出すとまた以前のように戦闘ロボットが襲いかかってくるのかもしれないのだが、今のアリスの動きを見る限り、心配ないのかもしれない。切断されたシャッターの断面を見ると、厚さ数ミリはあるような合金だった。ガレージのシャッターなどとは構造も材質も明らかに異なる。並の銃弾は跳ね返すだろうし、機械で切断するにしても専用の工具が必要になるような代物だ。軽々しくこんな芸当をやってのけるアリスがいるならば、戦闘ロボットを恐れる必要もないのかもしれない。


 ナナクはそれよりも新たに気になることがあった。


「船長、こんな厳重に守られてる倉庫に、普通の資材なんてあるのかな?この中には強盗でもそう簡単に入れないよ。」

<マジか?金銀財宝ざっくざくって?大当たりじゃねぇか、ナナク。>


 ダンはひとり喜んでいるが、ナナクの言うのはそのような意味ではない。


「そうじゃない、そんな貴重品をしまうような倉庫じゃない。一体なんだ、ここ。」


 倉庫の中に入ったナナクの目の前に広がるのは、パレットやコンテナに詰め込まれた普通の資材置き場の光景だ。暗いので荷物の中身はよくわからない。しかし、どことなく雰囲気が異様だ。


「アリス、照明のスイッチがどこかにないかな。」

「私も今探しているところ。あ、あった、これね。」


 アリスが電灯のスイッチを発見し、全てONにすると中がよく見えるようになった。


<ナナク、何がある?高価なものはなさそうなのか?>

「なんだろう、これ。小さなロケットみたいなのが積んである。」


 50cmから2mほどのまでの様々なロケットのようなものがパレットの上に積まれている。その小さなロケットの両端には黄色いキャップが取り付けてあるようだ。


「船長、これなんだか分かる?映像を送るから、ちょっと待ってて。」


 そう言うとナナクはポケットから小さなカメラを取り出して、周囲を撮影する。一通り撮影が終わったら、画面を操作する。


「送ったよ。見える?」

<おう、来た来た。でも、どうやって送ったんだ?お前の端末、この前の電撃を食らったときに、壊れただろ。>


 ダンが指摘するのは、ナナクが前回の探索時に使っていた、やたらとうるさく喋る調査用の端末のことだ。戦闘ロボットの攻撃で回路が破損し、使えなくなったのだ。


「普通のカメラで撮って、この宇宙服のリンクで取り込んでから船長のところに飛ばしてる。」


 ナナクはどうやら、いろいろな機能を組み合わせてダンまで映像を送ったようだ。


<へぇー、まあいいや。今、映像を開いたんだけど……おー、倉庫の中もきれいだな。見たところ普通の倉庫みたいだぞ。>

「後半に荷物の映像が入ってる。僕が今見つけたロケットみたいなものも最後に映ってる。」

<おい、ナナク。ちょっと待て、この荷物なんか変だぞ。>


 映像を見ながらダンもその異様さに気づいたのだろうか。


<ナナク……これ、ロケットじゃねえぞ。砲弾だ!>

「砲弾?どういうこと?」


 ナナクはいまいち理解していない様子だ。


<武器だよ武器、昔戦争するときに使ってたんだよ。>

「ええ?なんで、そんなものがここにあるの?あ、分かった。昔のステーションだから古い武器が残ってるんじゃないの?」

<そうじゃねぇよ。だったら何で宇宙ステーションに、昔の軍隊が使っていたような武器があるんだって話だよ。>

「確かにそうだね、なんでだろう。」

<ナナク、その砲弾に触るんじゃねぇぞ。見たところ安全装置はついたままだが、中身は火薬の塊だ。爆発したらステーションごと吹き飛ぶ。>

「ええーっ!?」


 ナナクは驚いて思わず3歩後ずさる。そして改めて周囲の荷物を遠目に観察すると、各々の貨物には『危険』や『火気厳禁』等の表示が貼り付けてある。どう見ても、食料・日用品や修理部品のようなまともな物ではなさそうだ。


 ナナクは少し怖くなってアリスとともに外に出ようと思ったのだが、彼女の姿が見えない。どこに行ったのかと思っていると、遠くから呼ぶ声が聞こえる。


「ナナク、ちょっと来て~。面白いものがあるよ。」


 ナナクがダンと話している間に、アリスはずいぶん奥の方へ行ってしまった。声がする方へ向かうと、妙なものを肩に担いだアリスがいた。


「ナナク、これ使えるのかな?」


 彼女はそう聞くが、ナナクにはそれが一体何なのかよくわからない。


「船長、アリスが変なもの見つけたんだ。太いパイプみたいなのを肩に担いでる。」

<それ、ライフルみたいなグリップ付いてねぇか?あとは、そのグリップの横に小さな画面みたいなパーツとか。>


 見たわけでもないダンだが、その形状を述べていく。


「うん、その通り。船長すごいね、何で分かったの?」

<ランチャーだぞ、それ。さっきの砲弾をその中に入れて、照準合わせてぶっ放す。すると、敵のところに飛んでいって爆発する。>

「爆発って、みんな死んじゃうよ。」

<そうだ。だから今は使わねぇ、と言うより使えねぇ。>


 今のやり取りを聞いていたであろうアリスが、ふざけてランチャーの照準をナナクに合わせる。


「わわわ、冗談でもやめてよ、アリス。」


 もちろん砲弾は入っていないので危険性はないのだが、なんとなく怖いものだ。


「アリス、遊んでないで、使える資材を探そう。この場所もすごく気になるけど、まずは回収を優先しないと。」


 元々この倉庫に強引に侵入したのは宇宙船の修復に必要な資材を回収するためだったのだ。だがアリスには遠くから聞こえるかすかな音が聞こえていた。


「あれ?今何か音がしなかったかしら?ガチャガチャって。」


 彼女が何かの接近に気づいたようだ。


「え?気のせいじゃない?そんなので遊んでるから、そこから音でもしてるんじゃないの?早くそれ下ろしなよ。」


 仕事中にもかかわらず、戦争で使うような武器を担いで遊んでいるアリスに少し苛立ちながらナナクが指示した。


「はーい、……ん?」


 アリスが射撃体勢を取っていたランチャーを肩から降ろそうとした瞬間、先程までナナクがいた入口側の通路から、ちょうどその照準の中央にロボットが現れたのだ。アリスの心のなかで最大限のアラートが発せられる。


「ナナク、伏せて!」

「えっ、何だって?」


 ナナクがそう言い終わるよりも前にパパパンという破裂音がその声をかき消した。出現したロボットの中央に取り付けられた銃口から銃弾が発射されていた。その全てが今までアリスが担いでいたランチャーの照準部分に見事に命中する。命中した瞬間には彼女は既に斜線を避けてランチャーを投げ捨て、斜めから回り込むようにロボットのいる場所へ高速で接近していた。もし避けていなければそのまま顔面に直撃を受けるほどの正確な射撃だった。


「ロボットだ、攻撃ロボットが襲ってきた。」


 アリスについでロボットを視認したナナクがそう叫ぶ。


<大丈夫か。一旦隠れろ。アリスはどうした?>

「今戦ってる。僕も援護する。」

<徹甲弾は使うな、弾薬が誘爆するぞ。>


 攻撃ロボットは走り回るアリスを狙って断続的に射撃を続ける。パパパン、パパパン、と軍用の銃に特有のバースト射撃の音だった。しかし彼女は壁や柱も蹴りながら高速で動き回ることでその全てをかわし、徐々に接近する。一方でナナクも素早く多機能ライフルを構えてパルスガンを起動する。


 敵は2体。そのうちの1体に狙いを定めてトリガーを引いた。威力は少ないが連射が効く速射モードだ。パルスガン特有の高周波がピーンと耳に響く。物理的な破壊力は殆どないが、内部の電子機器への衝撃は相当なものだ。命中した1体が一瞬動きを止める。不意な攻撃に混乱したのか、アリスへの射撃を一瞬止めて、センサをこちらに向ける。それを見越したナナクは既に物陰に隠れており、ロボットの索敵には即座には引っかからない。


 この隙をアリスは見逃さない。倉庫の鉄骨の柱を踏み台にして横方向に一気に跳躍して接近し、強烈な一撃を加える。体重を乗せた強力な斬撃で1体を粉砕し、ガキーンという鋼鉄の断末魔がナナクにも聞こえた。彼女はその勢いのままズザーッとスライドして残り1体の後ろへ回り込む。そしてロボットが方向転換をしようと武器を引っ込めるが、アリスの速度には到底間に合わない。索敵し、照準を合わせるためであろうセンサ部を狙って一撃を加えると、その部位はばらばらになって吹き飛び、機能を停止した。周囲を警戒しながらアリスが立ち上がる。


「アリス、怪我はない?」


 銃を構えたままのナナクがアリスを気遣う。


「ええ、平気よ。ナナクは?」

「ああ、こっちも大丈夫。それにしても君は――」


 君は本当に強いんだね、と言いかけたその時、アリスのちょうど後ろ側、通路の先から更に2体のロボットが現れた。


「アリス、避けて!」


 そう叫んで左手を横に振るジェスチャーをした。状況を察したアリスはさっと身を下げて左に逃げる。


 その直後に、ピーンピーンとパルスガンの射撃音が2回。ナナクの正確な射撃により、2体のロボットそれぞれに命中する。


「アリス、走れ!」


 ナナクは倉庫の奥の方へ走っていき、アリスがその後へ続く。


「船長、ロボットがどんどん出てくるよ。」

<とにかく逃げろ。その通路の右側に出口がある。>


 宇宙船から彼らの動きを捕捉しているダンがナビゲーションする。アリスはその高速な足ですぐにナナクに追いついた。


「倒してもキリがない。とにかくここから離れよう。」


 アリスはそのままナナクを追い越して、先へ進んでいく。


「行き止まりよ。」


 通路を更に曲がった先、アリスが立ち止まる。少し遅れた辿り着いたナナクが、少し手前にあるドアのノブに手をかけてドアを開ける。


「良かった。中から開けるのに鍵はいらないんだ。」


 二人は急いで倉庫の外に出た。


「あのロボット、どこまで追いかけてくるのかしら。」

「さあ、分からない。倉庫の外まで追いかけてくるのだとしたら厄介だね。」


 今のところ追手は2体のロボットのみだが、総数でどれだけ潜んでいるか分からない。ナナクがそう考えていると、先程から何度か聞いているモーター音が近づいてきた。正体がよくわからない輸送コンテナだ。ウィーンという聞き慣れた音。そしてその音がピタリと止む。そのコンテナがアリスの10メートルほど手前で停止した。そして、外装パネルが素早く開き、台座部分にパタパタと収納される。中身が現れる。


「ガトリングだ。」


 ナナクがそう感づいて口を開く前にパルスガンの一撃を食らわせる。外装パネルのヒンジ部分から火花が散り、一部のカバーが収納されること無く床にダランを広がる。しかし攻撃用武器であるガトリング砲に対してパルスガン、ましてチャージエネルギーの少ない速射では致命傷にならない、一拍遅れて体勢を取り戻したガトリング砲からバリバリという爆音と共に銃弾が降り注ぐ。


 至近距離で狙った先のアリスはすでに高く跳躍していた。彼女を追って砲身を上へ向けようとするが、最大仰角に達したところで追いきれなくなり射撃を停止する。


一方でアリスは背中のマントを翻らせながら大きく跳躍して、体重を乗せた強烈な斬撃を食らわせた。移動用の四角いコンテナ台座ごとガトリング砲は真っ二つに破壊された。


「この子の中身は銃が入っていたのね。」


 彼女はこれといった身の危険を感じていないような軽い口ぶりでそう言う。


「どうだろうね。」


 ナナクはそう答える。最初から武器が入っていたのか、それとも自分たちが兵器の詰まった怪しげな倉庫に侵入したことを知ってどこからか運ばれてきたのか、いずれにしても明確に侵入者を排除する仕組みとして機能していることは明らかだ。今度は倉庫の反対方向からウィーンという嫌なモータ音が聞こえる。


「アリス、反対側だ。」


 ナナクは倉庫の角から姿を表したコンテナ車にパルスガンの掃射を浴びせる。そうして敵が怯んだところに、アリスが素早く走り込んで必殺の一撃を加え、即座に粉砕した。次々に敵が現れて息をつく暇もないが、ナナクはこの戦い方に手応えを感じていた。まずは自身の優れた射撃能力により遠方の敵を正確に狙い牽制する。次にアリスが接近し、仕留める。アリスがなぜサーベルのような貧相な武器で攻撃ロボットを粉砕できるのかは分からないが、とにかく彼に不足する物理的な破壊力を彼女は持っている。


 破壊力に欠けるが正確かつ素早い遠距離攻撃と、相手の先制攻撃を許してしまうものの確実に1体ずつ破壊できる近距離攻撃、この二人で協力すれば相手が軍用の攻撃ロボットであったとしても十分に戦えるだろう。そのためにも二人があまり離れない方がいい。そうアリスに伝えようとしたところで、通路の先にいた彼女が全力でこちらに戻ってくる。


 少し遅れてバリバリと射撃音が響き、壁から粉が舞う。通路の先に先程のコンテナ車がまだいたのだろう。そのままアリスが突撃していたらガトリングの掃射を浴びていたところだった。しかし逃げてナナクのところへ戻ってきたことで、両側から敵に囲まれてしまったようだ。いくら十分に戦えるといったところで、物量に押されてしまえば限界はある。


「船長。こっちの倉庫の先は?戻れるルートはある?」


 ナナクはダンに別のルートがないか聞く。


<そっちはマッピングの外だ。中に入って左側に行けば最初の交差点の先に出るぞ。>


 最初の交差点、恐らく食堂のあった場所のことを言っているのだろう。マッピングされていない倉庫だが、中の構造は先ほどと大して変わらないだろう。


「アリス。ドアを破壊して。」

「わかったわ。」


 アリスはドアノブ部分にサーベルを突き刺し、ロック部分を強引に破壊した。ゴシャッという妙な反応だった。ただのドアロックとは思えないほど頑丈なものを無理やり破壊したような音だ。この場所のドアロックは一体どうなっているのか、ナナクは疑問だった。強固な暗号で守られたキーロックはいくらでも存在するだろうが、物理的にドアを破壊することまで想定しているように思えた。そして彼女も当初のように自らの力を隠すことをしなくなっていた。強靭なロックを無理やり破壊する。宇宙船の中で麺棒でロボットを撃破した一件で自らの能力が明らかになってしまった以上、中途半端に演じるメリットも既に失った。とにかくナナクを護衛して無事に任務を達成するのが最優先事項となっていた。


 破壊したドアを強引に押して二人で素早く中へ入り、周囲を見回す。先程の武器倉庫と同様の風景が広がり、今のところ敵のロボットはいない。


「なにかドアを塞ぐものを探さないと。」


 先程のロボットが追ってこられないように、というナナクの提案だ。


「ならばこれを使いましょう。」


 アリスは近くにあった黒いドラム缶の吊り下げフック部分をつかんで器用に持ち上げ、腰で支えながらゆっくりとこちらに運んでくる。小柄な少女が自分の体と同じ大きさのドラム缶を運ぶ姿に呆気に取られるが、先程の跳躍や一撃でロボットを粉砕する腕力を考えると造作もない事なのだろう。


「ぽいっと。」


 彼女の妙な掛け声と同時に、ドラム缶がズドーンという轟音をあげて先程のドアの前に放られた。地面が少し揺れる。ゴーンとかカラーンという音を想像していたナナクは再び仰天した。


「え?それ中身入ってるの?」


 ドラム缶を手で押したり引いたりしてみたがビクともせず、全く動かせる気がしない。


「これ、重くなかった?」


 あまり意味のある質問とは思えないが、ナナクは一応聞いてみた。中身が比重の小さいオイルか燃料だったとしてもその質量は100kg以上になるだろう。これまでの攻撃ロボットとの戦いで彼女の超人的な身体能力は理解しているはずだったが、このような定量的な形で明らかになると、改めてその姿とのギャップに彼の常識が壊される。彼女を保護したことが他人に知られたら大騒ぎになる、とダンは警告していたが、それは過言ではない。


「そうね。でもドアを抑えるにはちょうどいいでしょう?」


 驚くナナクの質問に、こう当然のように返すアリス。一応は重いと認識していたことに僅かな安心感を覚える。少なくとも、これでドアを開けて追手が入ってくることはないだろう。


 先程のダンの話だと、左側へ進めば元の場所に戻れるらしい。指示された方向を目指して進んでいく。倉庫の中身は相変わらず武器庫のようだが、多少雰囲気が異なる。コンクリートで覆われたようないかにも頑丈そうな内装だ。宇宙に浮かぶ建造物でコンクリートを使うのは珍しい。フェイクかと思ってトントンと叩いてみるが、重量感があり本物のコンクリートのようだ。腰ほどの高さのコの字型のコンクリート構造物もいくつか設置されており、まるで演習用の防御陣地のようにも見える。保管されている武器も、パレットに積まれた燃料や砲弾のようなものはなく、壁に銃やランチャーが立てかけられている。小型から大型までいろいろな種類がある。武器のデパートだった。まるですぐに取り出して使えるように配慮されたような収納方法だ。


 出口を探しながらも、ナナクはその一点一点を確認していく。


「これいいな。カッコいい。」


 装飾の付いた小振りな拳銃を手に取り、バッグに入れた。ちょっとしたコレクションのつもりだが、万が一の備えにもなるかもしれない。更に進んでいくと、恐ろしく大きなライフル銃を見つけた。


「あ、すごい。船長、対物ライフルがあるよ。本物だよねこれ、実物は初めて見たよ。」

<まぁ、そこが武器庫ならば、あるだろうな。さっきの対戦車ロケットランチャーもそうだが、戦車を破壊できるような武器が揃ってんだよ。>

「戦車?なにそれ?」


 戦車と言われてナナクはピンとこなかった。宇宙船で往来する生活をしている彼にとって、そんなものを見聞きする機会がないのも当然だ。


<おいおい、今の若いやつは戦車知らねぇのかよ。戦車ってのは、昔の戦争で使ってた車両型のロボットで、大体8メートルくらいの大きさ。で、大砲がついてる。大砲は分かるよな?めちゃくちゃでかい銃だ。>

「その大砲って車体から直接突き出てたりする?根元部分は車体の中に隠れてる。」

<そうだ。装填する部分が狙われないようにな。で、タイヤの代わりにキャタピラーって言って……、なんて説明すりゃいいんだか……>

「大きなベルトの中に、鉄の車輪みたいなのが5つくらい入ってるやつ?」


 ナナクはその形状を答える。


<そうそう、そんな形。よくわかったな。ナナクお前、見たことあるみたいな言い方だな?>

「高さは、えっと、3メートルくらい?それで、大砲のある上の部分が回転したりする?」


 ナナクはその形状を見事に正確に述べていく。


<おい、ちょっと待てナナク。まさかそこに戦車があるのか?>


 動揺するダンの声とともに、アリスの声が響く。


「ナナク、隠れて!」


 そう叫びながらアリスは斜め前方へ大きく跳躍した。ズドーンと凄まじい爆音とともに背後から爆風が襲い、前へ吹き飛ばされる。戦車砲がナナクの頭上を超えて背後に着弾したのだ。


 二人の目の前に現れたのは今まさにダンが話していた『戦車』である。


 キャタピラがグォーンと唸りを上げてこちらへ急接近する。逃げ道が塞がれた格好だ。吹き飛ばされて全身を叩きつけられた痛みを堪えてナナクが立ち上がる。一方でアリスはすでに戦闘態勢へ移っていた。戦車ロボットは、接近してくるアリスを最優先の脅威と認識したのだろう。砲塔が回転し、彼女を追う。その隙にナナクは多機能ライフルをパルスガンモードからライフル銃モードに切り替え、素早く徹甲弾を装填する。ここならば誘爆するような砲弾や燃料もない。


 さて、これほど大きい目標であれば当たらないということはない。問題はどこを狙うかだが、まるで弱点らしき場所が見当たらない。全て装甲に覆われている。昔の戦争で使われていたものである。攻撃を受けそうな場所は徹底的に防御されているのは当然だ。先ほどダンは大砲を装填する部分が弱点だと言っていたが、砲塔の上部を狙えばよいのだろうか。大型の軍用ロボットと言っても100年以上前の代物ならば、貫通できるかもしれない。そう思って砲塔の中心部を狙ってトリガーを引く。


 パーンという鋭い射撃音がコンクリートに覆われた倉庫内に響き渡る。しかし正確に狙いを定めた銃弾は、火花を散らして弾かれてしまった。全く効いていない。


 それでも怯んでいる暇はない。すぐさまパルスガンモードへ戻し、チャージを開始する。定格120%の最大威力だ。チャージ時間はおよそ5秒。それまでは無防備となる。戦車ロボットはナナクの射撃などまるでなかったかのようにアリスを追い続けている。重厚な装甲に覆われて鈍重なその戦車は、素早い動きは苦手のようだ。彼女は周囲を走り回って翻弄し、砲撃をかわす。戦車砲は機関銃のように連射できるわけではない。次の砲撃までは数秒の猶予がある。


 彼女はこのタイミングを逃さず急接近し、戦車の車体部分に飛びかかるような勢いで強烈な斬撃を加える。ナナクは、この大きなロボットも今までのそれらと同様にアリスの一撃で機能停止すると期待していた。しかし、カキーンという甲高い音とともに弾かれたのは彼女の持つサーベルの方だった。彼女は怯まずに戦車の車体に飛び乗った。より至近距離で斬撃を加えるつもりだろう。車体の上は砲の死角になり反撃を受けることはない。アリスを見失った砲塔は大きく旋回を始めて、ターゲットを探すような動きをする。相手も無傷というわけではない、刃が食い込むような感覚はあった。アリスは気にせずもう一度斬りかかる。


 しかし、2回目のカーンという響きを上げて負けたのはサーベルの方だった。折れた刀身が飛び、天井に突き刺さる。金属でできた戦闘ロボットを何台も破壊してきたそのサベールは、分厚い装甲に覆われた戦車への攻撃に耐えられなかったのだ。彼女にとっても、この結果は意外だったようで判断に迷い、一瞬動きが止まる。


 その攻撃の間に、先程旋回を始めた砲塔が速度を上げながら360度回って再び正面を向く。


「しまった!」


 彼女がそう気づいた頃にはもう遅かった。砲身そのものを振り回して直接叩き落とすような攻撃を試みてきたのだ。高速で旋回する重い砲身を避けきれず、彼女を直撃する。腕で攻撃を受け止めようとするが、その質量に抗うことは出来ず、大きく横に吹っ飛ばされる。そのまま30メートルほど飛ばされ、多数の武器が立てかけられたキャビネットに突っ込んだ。ゴシャッという交通事故のような音を立てて、金属や樹脂のかけらが飛び散った。


 パルスガンのチャージが完了したナナクがすぐさま反撃に出る。速射モードのピンという音ではなく、フルチャージのエネルギーが一瞬で開放されるパンという音が炸裂する。狙いは砲身横の小さなガラス部分。ここに索敵のためのセンサ類が集中していると踏んだ。加速器により最大限の攻撃力が与えられた、目に見えない素粒子の塊が戦車の照準装置を直撃する。命中したと思った瞬間にちょうど彼らの頭上の照明や配線機器のいくつかが強烈なスパークを放って四散した。軍用の戦闘車両として、この照準装置が弱点となるのは明らかであり、エネルギー兵器への防御も当然考慮されているのだった。弱点部分を保護するガラス状の防御版は斜めに取り付けられており、実弾、ビーム弾を問わずその威力を上方へ受け流すのだ。


 反撃を受けることを察したナナクは半身を隠していた防御陣地を飛び出したのだが、その直後、自身の軽率な判断を後悔した。長射程、高速、爆発力を備えた戦車砲に狙われたなら、多少動き回った程度でその攻撃を避けることなど不可能なのだ。彼の脳裏に再び死の恐怖が浮かぶ。その直後に想像通りにナナクを狙う戦車砲が放たれるが、砲弾は彼の大きく前方を通過し、壁に命中した。先程二人が通ってきた通路の途中に大穴が開いた。爆風に足元を取られるが、自身への被害はない。


 なぜ無事なのか?もしかして戦車砲の狙いが逸れた?先程のパルスガンの攻撃が全く効いていないわけではないようだ。彼は希望をつかんだ。これならアリスを連れて逃げられるかもしれない。そうだ、アリスは平気だろうか?先ほどの吹き飛ばされ方では、普通の人間ならば耐えられない。しかしあれ程の攻撃能力を持つ彼女ならば、同等の防御力も持っているのかもしれない。とは言え、仮に無事だったとしても、サーベルが折れてしまった彼女は今、全く武器を持っていない。どうにかして自分が助け出すしか無いのだが、定格オーバーで射撃したパルスガンは冷却中で次が撃てない。


 アリスが先程吹き飛ばされた一角を目指して、防御陣地に身を隠しながら走る。狙いがブレているとは言え、戦車からの砲撃は止まない。身を隠して、爆音と振動を感じた瞬間に走り出して次の場所に身を隠す。アリスまでは残り20メートル。改めて彼女の倒れている付近を凝視すると、小さな物陰が動いている。彼女はまだ生きている。どれほどのダメージを負ったのかは分からないが、今すぐ助け出さねば。


 しかし敵の戦車もその動きを見逃さなかった。ナナクを狙っていた砲塔がアリスの方を向く。飛びかかってゼロ距離で斬撃を加えようとした彼女を最も大きな脅威と認識しているのだろう。


 戦車砲が発射されるより一瞬早く、先程の小さな物陰が素早く跳ね上がった。その物陰は戦車に飛びかかり、次の瞬間にゴンという独特な音が響く。


 戦車の砲撃はない。数秒の静寂。


「アリス!」


 ナナクは今の物陰がアリスだと確信し、全力で駆け寄る。よく見るとアリスは先程ナナクが狙った戦車の照準装置部分に何かを突き刺しているようだ。アリスは突き刺したそれを抜き取る。戦車の中の部品が破壊され、バラバラになったようにガラガラと音を立てる。


 彼女がその右手に持っていたものは、幅広の剣のようなものだった。長さ80cmほどの両刃の片手持ちの剣、ブロードソードだ。


「ナナク、怪我はない?」


 アリスがナナクを気遣うが、彼女の方こそ小さな破片がいくつも突き刺さり、傷だらけだ。背中につけていたマントは吹き飛ばされたときに千切れてしまったのか、何処かへ無くなっていた。


「僕は平気だよ。それより君こそ大丈夫なの?」


 アリスは無言で戦車の車体から飛び降り、そのまま彼を見つめる。この光景には既視感があった。このステーションの奥で最初に出会ったときの光景だ。前回のようにそのまま倒れてしまうのかと思って、彼女の肩をぐっと持って支える。


「え?ちょっと、危ないわよ。」


 急に肩を握られたアリスが戸惑う。前回のように、そのまま倒れてしまうというわけではないようだ。


「よかった、無事だったんだ。危ないってのは……って、わわっ。」


 彼女は戦車の装甲を貫通するほどの大きな剣を持っているのだ。それに気づいて体を離す。


「そこに落ちていたの。」


 彼女は先程自分が吹き飛ばされた場所を指してそう言う。ナナクが改めてその場へ近づいて覗き見た。すると、バラバラに破壊されたキャビネットの破片に混ざって、いろいろな種類の銃が散らばっていた。そしてその中に、なぜか刀剣類も含まれていたのだ。


「ねえアリス、これは何。」


 いつの間にか戦車の上に乗り、コンコンと車体を叩いていたアリスに問いかけた。


「武器じゃないかしら。」

「いや、それは分かるんだけど、剣があるのは何でだと思う?」


 ナナクの疑問はもっともだったが、アリスはそう思わなかったようだ。


「戦車を壊すため、じゃないかしら?こんな風に暴走したときに備えて。」


 そんな武器で巨大なロボット兵器を壊せるわけがない、と言いそうになったが、実際に彼の眼の前でその武器で戦車を停止させたのである。もしかして、と考えたナナクは散らばっている武器のうち、小ぶりなナイフを拾ってアリスが立つ戦車のところへ戻り、ナイフを戦車の車体に突き刺そうとした。カンという音がして数ミリの傷ができた程度で先程のように突き刺さることはなかった。再度、大きく振りかぶって思い切り突き刺そうとしたが、装甲がズブリと刻まれるような気配はなく、手首が痛くなるだけだった。なにか特別な魔法のようなことが起こるわけではないようだ。だとすれば、やはり異常なのはアリスの方かも知れない。いや、そんなのは最初に出会っときから分かっていたことではないか。


「ナナク、これ貰って行ってもいいかな?」


 アリスの呼びかけでナナクの思考が遮られた。


「え?貰うってどういうこと?ああ、折れたサーベルの代わりにしようってことだね。良いんじゃないかな。」


 それを聞いたアリスは、携えていたブロードソードを左腰の鞘に収めた。鞘のサイズとぴったり一致する。


「そろそろ帰りましょう。30分経ったみたいよ。」


 アリスが急にそんな提案をする。30分経ったから何だというのか、とナナクは一瞬思ったが、そういえばこの施設での作戦時間の制限は30分と決めていたのだった。


「アリス、ちょっと待ってよ。この施設、絶対おかしいよ。他にもきっと何かあるって。もっと調べようよ。」


 ナナクはもう少し長居したいようだった。しかしアリスはそんな彼を見てニヤニヤしながら腕をぶんぶん振り回す。時間切れになったら殴ってでも連れて帰る、というのはダンの命令だったのだ。もちろん冗談のつもりなのだろうが、冗談でもあの腕力で殴られたら瀕死の重傷どころか、頭ごと消し飛んで即死であろう。


「わかったよ。帰ろう帰ろう。」


アリスは振り回していた腕をピタリと止めて一言。


「そうしましょう。」


 そう言えばダンからの通信が一切ないことにナナクは気づいた。


「船長。さっきのロボットはアリスが破壊したよ。そろそろ帰ろうと思う。船長、聞こえてる?」


 相変わらずダンからの応答がない。戦車との戦闘の衝撃で通信機器が壊れてしまったのだろう。戦車ロボットを撃破してから何分か経つが、新たな敵ロボットが現れる気配もない。


 二人は、先程の戦車砲で空いた壁の大穴から外に出て、あまり大きな音を立てずに自分たちの宇宙船へ戻ることにした。


 ………

 ……

 …

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