第3話

 私はどこへ行っても浮いてしまう子どもだった。


 クラスで一番背の高い男の子よりも、頭一つ分背が高くて、ランドセルが死ぬほど似合わなかった。


 体の成長は早かったのに、頭の回転は遅くて、成績はいつも低空飛行。話すのが下手で、私が何か発言すると、その場がいつも変な雰囲気になった。


 小さな机と椅子に、体を丸めるように押し込めて、じっと静かにしているのに、なぜか集団の輪からはみ出してしまう。


「ナッちゃんに睨まれた」と泣き出す子がいたり(睨んだ覚えはない)、「気取ってる」と陰口を言われたりした。


 小学校六年生の夏祭りの日のことを、今でも覚えている。というか、今、思い出した。この公園であった夏祭りだ。


 ハルと私と、クラスの女子二人の四人グループで、一緒に行くことになった。もともと、ハルとハルのお友だち三人で行くことになったのだと思う。そこに、ハルが私も誘ってくれたのだ。


 私は浴衣を持っていなくて、ハルのお母さんが貸してくれることになった。ハルはピンク地に花火の柄のかわいらしい浴衣で、私は紺の地に白の朝顔柄という大人用の浴衣。子ども用の浴衣が私には小さ過ぎたからだ。


「ナッちゃん、かっこいいわねぇ」とハルのお母さんは褒めてくれたけど、私は恥ずかしくて下を向いた。現地で女の子四人集合したとき、私だけ明らかに場違いな気がした。


 三人の女の子が、きゃあきゃあはしゃぎながら夏祭りを楽しむのを、後ろからついて回っていると、時どき保護者と間違えられたりした。


 せっかくハルが誘ってくれたのに。浴衣まで貸してもらったのに。私はみじめな気持ちでいっぱいだった。ハルがいる楽しそうな輪の中に入りたいのに、どうしても入れない自分が悲しかった。


「ねえナツ、今日機嫌悪い? 私なんか変なこと言った?」

 帰り道、ハル以外の女の子達と別れた後、ハルのお母さんの後ろを歩きながら、ハルがこっそりと聞いてきた。


 違う。ハルのせいじゃない。そう分かっていたけど、ハルにちゃんと説明することができなくて、黙って首を横にふった。


 そして、ハルと別れ際にこう言ってしまったのだ。

「私のこと、無理して仲間に入れようとしなくても、いいよ」

 ハルは最初、きょとんと目を見開いて、それから悲しそうな顔になった。


 それ以来、ハルとは距離ができて、小学校を卒業と同時に引っ越して以来、疎遠になってしまった。



「腕一本で海外で活躍できるなんて、すごいよねぇ。憧れるなぁ」


 ボーッと昔のことを思い出していたら、ハルがそんなことを言うので、驚いてハルのほうを見た。授乳が終わって、赤ん坊を抱っこし直しているところだった。赤ん坊が、のどを鳴らす猫のように満ち足りた顔をしている。


「酔っ払いみたいでしょ。赤ちゃんって、おっぱいで酔っ払うんだよ」

 ハルが赤ん坊に目を向けたまま、おかしそうに言う。

 くりくりと愛らしい目をした赤ん坊と目が合った。


「抱っこしてみる?」

「え!?」

 急に赤ん坊を向けられて体が硬直した。普段、赤ん坊なんて会う機会がない。

「ほら、後頭部に手添えて。まだ首が座ってないの」


 ハルに言われるまま、恐々と赤ん坊を抱く。ミルクの匂いがする。

「かわいい。ハルにそっくり」

 自然に笑顔がこぼれる。本当にハルみたいだ。そこにいるだけで、まわりのみんなが元気になる。

 赤ん坊は、意外とずっしりと重い。それが、ハルが真っ当に生きてきた象徴のように思える。


「ナツ、今は東京に住んでんの?」

「うん。来週からシドニーだけど」

「いいなぁ。かっこいいなぁ。ナツは昔から、都会っぽかったっていうか。なんか垢抜けてたよね」


 ハルの顔を見て、ポカンと口を開けてしまった。誰か、違う人の話をしているんじゃないの? 私は昔から、挙動不審のウドの大木みたいだったはずだ。

「……え、え? そ、そんなこと、ないよ。ぜんぜん。安アパートだし。夜も土日も仕事で、お休みの日も大したことしてないし」

 私の心中の動揺に、ハルは全く気づいてない様子だ。

「なんで急にこっち来たの?」

 ハルが私の顔をのぞき込むようにして聞く。


 ハルの赤ん坊が、うぶぶと口からヨダレと音を出しながら、私の顔を手のひらでつかんだ。

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