第2話
「ハル……?」
ふわふわの髪に、薄い化粧をして、ジーンズを履いたハルが、目を丸くして私のことを凝視している。
平凡な人生を生きていても、小さな奇跡のようなことが、起こるときがある。例えば、ふらりと訪ねた故郷で、幼なじみとばったり再会してしまったりだとか。
「ナツ? ナツだよね? うっわ。なんでここにいるの? すごい久しぶり」
ハルが心底驚いた様子ではしゃいだ声を上げた。
かわいい。ハルは昔から、満開の桜の花のように華やかで、ハルがいるだけで、みんなの気持ちがパッと明るくなった。
いくつになっても、人って案外変わらないものだ。
「ハル、よく私のことわかったね」
心臓がバクバクいっている。すっかり大人になって、もっときれいになったハル。急な再会に心の準備ができていなくて、とりあえず口角を上げてみたけど、ちゃんと笑顔になってるのかどうかわからない。
「だってナツは昔からすごく目立つもん。遠目で、もしかしてって思ったら、本当にナツだった! あー、びっくりした。また大きくなった?」
ハルが歯をみせて笑う。
「あはは。うん。中高でも順調に大きくなって、今177センチ」
私も今度は、本当に笑えた。
「えー、ずるい。私いまだに150センチないのに」
二人でひとしきり笑い合っていたら、「あーん」と赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
「あ、ごめん。起きちゃった」
ハルがスリングごと抱えるようにして、赤ん坊を揺らす。その時初めて、ハルが赤ちゃんを抱っこしていることに気づく。
地味に衝撃を受けた。長い年月が経ったのだということを思い知る。
「おっぱいあげてもいい?」
ハルがベンチを指さすので、二人でベンチまで歩く。
「ハル、子どもがいるんだ」
「うん。地元の人と結婚して、上にもう一人いるよ。今は保育園に行ってる」
一緒にベンチに座るなり、ハルは素早く授乳スカーフを付けて授乳し始めた。どういう仕組みかわからないけど、外からは全く何があってるのか見えない。ぷくぷくと柔らかそうな小さな右手が、スカーフの外にはみ出している。
ハルがスカーフの中をのぞき込むようにしながら微笑む。きれいな顔。生きてる聖母画みたい。
私もハルも、二十七歳。だけど、ハルにはもう保育園に通う子どもがいて、二人目の子どもにお乳をあげている。
私が引っ越しを繰り返しながらフラフラと生きていた間に、ハルは二人も人間を創っていただなんて、何かの魔法みたいだ。ハルと私が同じ人間だということが、なんだか無慈悲な気さえする。
「ナツは? 今何してんの?」
「調理師。働いてたレストランがオーストラリアに支店出すことになってさ。実は、来週からシドニーに行くの」
「えー! ナツ、すごいね!」
ハルが屈託のない笑顔を見せるから、私の心はチクリと痛む。シドニー行きの話をしたのは、しっかりと大人の人生を歩んでいるハルに対して、少し見栄を張りたかったのかもしれない。本当は、全然すごくなんかないのだ。
「ナツ、相変わらずだねー」
そういうハルに、全く悪意がないことがわかっているのに、私の気持ちはますます沈む。やはり、人間の本質は変わらないのか。私は今も、あの頃と同じ、おどおどした迷子なのかもしれない。
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