第36話 巨人の再来

 ブレイミーでの療養の甲斐あってルチェスの傷は思ったよりも早く回復した。人間の薬が獣人に通用するのか未知数だったため、先に使っていたセティの薬を中心に使った。獣人の治癒力が人間のそれをはるかに超えていたことで数少ない獣人研究者たちの注目度がさらに上がったのは言うまでもない。ルチェスが完全に復帰するまでの間、今回の奪還に関しての報告を国王や討伐隊に伝えた。龍帝軍もツートップが不在の状況であっけなく崩れ、構成員たちは一瞬でお縄になっていた。討伐隊も急を要してはいたものの王国のバックアップのおかげで持ちこたえたのだった。暫定的な運営組織も解体され、討伐隊もこのまま幕を下ろすことになるだろう。というのも討伐隊はモンスターを従える龍帝軍に対して特別に組織されたものであった(そんな組織のトップこそ龍帝軍の重鎮だったのだから皮肉なんてレベルではないが、)ためである。いくら探してもギルベルトらの情報は出てこない。いよいよ本当にシャタペ山で果てたという言説が有力視されてきた頃であった。フィークスたちのもとにアッジとウスタがやってきてこう言った。

「大変だ!バローが何者かに襲われてるって話がでた!」

「どういうことだ?」

「黒い鎧を着た騎士が馬鹿でかい男を連れて襲ってきたんだってよ」

「その情報、討伐隊はつかんでいるのでしょうか?」

「いいや、まだ掴んでいないとおもうぜ。しかし、馬鹿でかい男ってのがどうも気になってな」

「ラスフィにいた、確かスラゴラとかいう巨人族でしたっけ。黒い鎧の騎士といえばレダンですし」

「ああ、まだそこまで決まったことじゃない。けど、あの後スラゴラがどこに行ったのかは掴んでいなかったんだ。もしかしたら龍帝軍の隠し戦力だったのかもな」

「一緒に戦ってくれたあんたらにも来てほしい。何かあったら戦わなきゃだからな」

「ハンマーも用意してあるぜ!」

「それはいいけど、これから向かって間に合うのか?馬車でもすぐとは」

「そこは心配いらない、今町の外にドラゴンを用意してある。こいつに乗ればひとっ飛びさ」犬ぞりに続いて今度は竜とは、どこまでコネが広がっているんだ。しかし、今すぐ向かうのであればこれ以上の手段はない。

「一度見に行こう。ラオさんたちだけでなんとかできるかわからない」

「そう言ってくれると思ったぜ!よし準備ができたらさっそく行くか!」

まだ町に残っていたセティたちと回復したルチェスも連れてフィークスたちは急遽バローへと向かうことになった。

 到着したバローはすでにひどいありさまだった。ラスフィよりも石積みの家が多いバローでは粉々になっていたり、ボロボロで跡地でしか家を判断できないものもあった。もとはどんな様子かを知っているフィークスたちにとってこれはかなりショッキングな光景だった。

「一度、ラオさんのところに行こう」少しづつ復興しようとする町を後にフィークスたちはラオの屋敷へ向かう。屋敷は多少攻撃された痕跡はあるもののほかの建物よりはましだった。門前には一人の男が魂が抜けたように呆然と警備している。というよりはただそこに立ち尽くしているようにしていた。よく見てみるとそれは、フィークスたちがここに来た時、見張りをしていた後輩のほうと思われる青年だった。

「どうしたんだ?」ルチェスが聞くと、青年は弱々しく

「突然、大男が襲ってきてこの屋敷もつぶそうとしてきて、僕先輩たちと一緒に戦ったんです。そんな時、崩れてきた建物の一部から僕をかばって、うぅっ」話しながら段々声が涙ぐんでいく。あの時案内してくれた男だろうか。体はすでに発見され、遺体としておくられたようだった。そんな青年に通してもらい、ラオのもとへと向かった。

 前にもあった部屋でラオはいた。多少の傷はあるが手当もされ軽傷だった様子だ。

「ラオさん、本当に黒い鎧の人物と大男が?」

「ああ、突然町を襲ってな。自警団などでは手に負えぬほど強かった」

「彼らは今どこに、」

「ルズホーネ神殿じゃ、一通り暴れた後奴らは神殿のほうへと向かった。砂上船などは使わせないが、もうすぐついてしまうやもしれぬ」

「あそこに行って一体何を、ネオハーツが認めるとは思えないけど」ルチェスが不思議がった。

「そうだな、けど何をしでかすかわからない。ここで捕まえるためにもルズホーネ神殿に行こう」

「ドラゴンはあんたらに預ける。奴らを止めてくれ」アッジがフィークスたちに言った。

「二人はどうするんだ?」

「俺たちはここで支援を考えたりするよ。理由もなく町が壊されるのを見るのはもうごめんだ。スラゴラは気になるが腕っぷしのあるお前たちに任せるよ、頼んだぜ」そういうウスタの瞳には悲しみと静かな怒りが感じられた。

「わかった。必ずあいつらを止めてみせるよ」

「わしからも頼むぞ」

「はい、ラオさん」バローにアッジとウスタをおいてフィークスたちは竜に乗り彼らが向かったというルズホーネ神殿に向かった。

 神殿の側面フィークスたちが中に入ったところの前に、一人の人とそれよりはるかに大きな巨人がいた。こんな状況でのんきに神殿を見に来るようなものはいない。

「レダン、あなたなのか」フィークスが訪ねる。

「あぁ、そうだよ。やはり来てくれたね」

「なぜ町を襲ったんだ!お前の目的は知らないが少なくともそれには関係ないだろ!」

「ここまでしないと君は来てくれないだろう?俺の力じゃ足りないから腕っぷしのいいこいつを連れてきたんだよ」

「まさか、フィークスにここを開かせようっていうの⁉」

「そんな必要ないよ。ただこれから起こることを君たちには見てほしいと思ったからさ」

「そんなことのために町を攻撃したのか、この外道が!」トーマスが言葉を強めて言った。

「まぁそんなこと言わないで、せっかくここまで来たんだ。いいもの見せてあげるからさ。まぁこいつを倒せなくちゃそれもなしだけどね」そう言うとレダンの隣にいた巨人、スラゴラが

「グオオオオ!」とうなり声をあげたもはや人というよりも獣のような咆哮だった。

「レダンに操られているのか?」

「歴史に残る大実験の見物料だ。前座としてせいぜい楽しんでくれよ?」レダンはフィークスにしか開けられないはずの神殿の隠し扉を開き中へと入っていった。フィークスたちも入ろうとするが、スラゴラに阻まれる。

「なんであいつに扉が開けるんだ?あいつも希望のかけらを、まさか」

「考えている暇はないぜ兄ちゃん。みんなはどうも顔見知り?どう倒すんだよこのデカブツ」ルチェスがフィークスにそう呼びかけた。スラゴラはあいも変わらず持っている棍棒を振り回す。ラスフィで戦った時と違い、ここには遮るものがない。まぁ今の調子だと邪魔になるものは何だろうと打ち砕く勢いだが、相変わらず動き自体はわかりやすい。操られているのもそれに拍車をかけている。

「前に戦った時は顔面に一発入れて追い払ったんだ。今回もその戦い方でいこう。殺す必要はないはずだ」仲間たちもそれに従って動き始める。

(スラゴラ、確か勝手に私をお嫁にしようとしていた方でしたね)この中で彼に好意を持たれていたエルダ。そもそも彼のせいでエルダはあの二人に誘拐されたのだが、こうも敵に操られていると少し思うところがある。

今や彼も龍帝軍の被害者の一人だ。ここで倒して、もうこんな目に合わないようにしなければ。そう思いながら魔法を敵味方にそれぞれかけていく。トーマスの防御力でもスラゴラの渾身の一振りには安易に使えない。そこをルチェスがかく乱することで威力の下がるタイミングを生み出す。成長した彼らはそれぞれの知識と技術で暴れるスラゴラを追い詰めていった。

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