第35話 放たれる欲望

 二人の攻撃をしのぎ切ったギルベルトはトーマスたちにむかっていく。その前にギルベルトが立ちふさがる。ほとんどの技を見切られ、もはや抵抗することもできそうにない。そんなルチェスを前にギルベルトは

「まだそんなことをするのか?今度こそ勝負はついた。お前らの技はもう効かない。それでも俺の前に立つのか?」

「当たり前だ、人間も獣人も違わない。共に支えあっていける仲間だ!ここで見捨てるわけに行くか!」

「そうか、聞いていた獣人とは違うのだな。だが、その考えが貴様の墓穴だ。死して悔いよ」そう言うと今度は手に魔力を込め始めるギルベルト。龍化によって人のものではないそれがさらに凶悪な形になっていく。オーラでできたその拳を握りしめたギルベルトは、

「龍拳」そう言ってルチェスを全力で殴り飛ばした。吹き飛ばされた勢いそのまま神殿の柱へとたたきつけられる。そうして地面へと力なく崩れ落ちた。

「ルチェス!」セティが叫ぶ。トーマス達も同様だ。

「...」その時、フィークスの心に何かが生まれた。ここに来るまでにたくさんの人に助けられてきた。だが目的のギルベルトにはまるで歯が立たなかった。決死の覚悟で放った攻撃も効かず、ともに戦ってきた仲間が強烈な攻撃を食らってしまった。もう無理かもしれない、一度退こうか。そう思った時だ。気が付くとフィークスは体を起こし、剣を構えてギルベルトに向かっていた。しかし、これ以上体の自由が利かない。そのままフィークスの体はギルベルトへと突進していった。

「何っ!」ギルベルトもその異様な雰囲気に気づいかぬはずもなく、注意を向けてはいた。しかし、その速度や力は先ほどの比ではない。あっという間にギルベルトが押され始める。守ろうとすれば瞬時に背後をとるし、攻撃なんてしてしまえば身軽に交わされる。剣と剣をぶつけて力押ししようとするが、先ほどまで勝てていたのが噓のように弾かれてしまう。

「お前は、お前は一体何なんだ!」ギルベルトすら恐怖を感じている中、とうのフィークスが感じていたのは全能感であった。現状ほぼ後手に回っているギルベルトだが、その動きが手に取るように予測できる。自分の手札どころか相手の手札すら自分が出しているかのような感覚、しかしだからといって逆転の糸口が見えたことによる興奮があるわけでもなく、情報を冷静に判断し次の行動に移す。強敵との戦いが今のフィークスにとっては単純作業へと変わっていた。その場からどんどんギルベルトを崖へと追いやっていく。と次の瞬間。

「崖が!」ギルベルトの足元が崩れそのまま落ちていく、雪と砂の混じった煙が立ち込める。ギルベルトの姿はもう見えない。消えたギルベルトにとどめを刺すべく、自分もその後を追おうとするフィークスをセティが引き留める。

「フィークス!ダメ!」しかし、強引に行こうとするフィークス。するとトーマスが

「フィークスさん!ルチェス君はまだ息があります!」その声が届いたのか。力づくで進もうとしていたフィークスは正気に戻った。急いでルチェスのもとに向かう。すでにエルダの治療は始まっていた。セティもそこに入り応急処置を済ませる。

「大丈夫か⁉」

「あぁ、大丈夫だよ兄ちゃん。へへっ」ボロボロになりながらもほんの少しだけ笑うルチェス。止血などが済んだところで神殿にアッジとウスタが駆け付けた。

「二人ともここに来るまでに黒い騎士なんかを見なかったか?」

「いや、見なかった。それよりもついに倒したのか?ギルベルトってやつをさ」

「あと少しというところで取り逃がしてしまいました。私たちをかばってルチェス君が負傷してしまい、その手当をしていたところです」トーマスが事情を説明すると

「ホントだこりゃひどいな。急いでふもとに降りよう。手当もおりてからのほうが安全だ」

「おいおい肝心のブツ!忘れてんぞ?」

「しまった!」ギルベルトとの戦闘ですっかり頭から抜けていた封印の魔石。こちらが目的のはずだったが、忘れてしまっていた。神殿の祭壇に置かれているそれは、ギルベルトの儀式が中断されたためだろうか、すでに宝玉はあの禍々しい色を発してはいなかった。魔石を回収し、ルチェスや全員の治療のため、フィークスたちは神殿を後にした

「魔石は取り戻せたけど、レダンもギルベルトも結局は取り逃した、次彼らがどんな動きに出るか、また1から考え直しか」フィークスが次の龍帝軍の動きを考えていると

「フィークス、さっきはどうしたの?ルチェスがやられた途端、人が変わったみたいになって」

「そうでしたね、何か体に異変はありましたか?」

「い、いいや。特には、あの時はただ体が動いていたというか、自分の意識とは別の何かが働いているような感覚だったんだ」

「希望のちからのおかげとか?」

「どうなんでしょうか、あの時私がフィークスさんから感じたのはどこか恐ろしい雰囲気でした、あれが希望とは少しだけ考えられませんな」トーマスが苦しそうな顔をした。ほとんど記憶のないフィークスでは何が何だかわからないが、周りの口ぶりを聞く限り、あの後に使った力というのはあまりいいものではなさそうだ。とはいえフィークスの中に宿っていた力によって今回の窮地は脱することができたのだ。出来る事なら自分で制御したいものだが、

「さてもうすぐ山小屋が見えてくるぜ、そこで一度休憩して、かえって体勢を立て直そうぜ」アッジとウスタの援助もあり、フィークスたちは無事、シャタペ山を下りることができた。

 崩れ落ちたルストブルム神殿の下で必死に這い上がるものがいた。ギルベルトである。フィークスたちの予想通り彼は決して死んでいなかった。

「あの時のやつの勢い、あれはいったい何だったのだ、」それまでフィークスたちをギルベルトが圧倒していたようにギルベルトの攻撃が全ていなされてしまった。こちらの攻撃を見切り、チャンスを生み出す面とそのチャンスを余すことなくものにしてくる面、相手が人間であるか魔物であるかを問わず、この両面をうまくこなすことが戦闘においては重要だ。もちろんギルベルトがあの時戦っていたのはフィークス一人だけだ。他の奴らは誰も戦える状態ではなかった。にもかかわらず、ギルベルトには戦う相手がもう一人いるように感じたのだ。ギルベルトが感じたのはおそらくその気配だ。その正体を探ろうにも、今のギルベルトはその限りではない。ひとまずこの状況を脱して体勢を立て直さなければ封印の魔石だけにこだわらずより多くの力と人員を、そう考えながら神殿へ向かうギルベルト。しかし彼は忘れていた、自分には人を見る目がなかったということを。

 やっとの思いで神殿まで戻ってきたギルベルト。祭壇のほうを見るとやはり封印の魔石は取り返されてしまっていた。それとは別にギルベルトの前に一人の男が現れた。

「レダン!生きていたのか⁉奴らは、あの忌まわしき希望はどうした!」

「彼らなら魔石を取り返して下山しましたよ。しかし、かなりのダメージです。これ以上あなたを捜索することはできないかと」

「そうか!ならば俺を引き上げろ!今度こそ俺の手で奴らを葬り去ってやる!」そう言うギルベルトにレダンはにやりと笑って

「いいえ、その必要はありません。私の計画には」

「何を言っている?」レダンはギルベルトを片手でつかみ持ち上げた後

「がはっ!」持っていた槍でギルベルトを刺し貫いた。予想外のことに何が何だかわからないギルベルトにレダンは語り掛ける。

「あなたにその肉体はさぞ窮屈でしょう。それにあなたのうちに眠る強い欲望、これだけ強力なら十分です。これからは私のために頑張ってくださいね?龍帝さん」

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