第28話 神の役目

 「マディ・レメクの魂?あなたはもしかして本当に大昔の人なのですか?」あまりにも衝撃的な言葉に思わず聞き返してしまうフィークス。

「いいえ、私は人間ではありません。魂を与えたという言い方は不適切でしょうか?言い直すとしたら、頭でしょうか?彼らは手足となって任務を遂行する。こんな関係でしょうか」

「な、なるほど」わかったようなわからないようなだった。他の魔導兵からはオルタの声が聞こえなかった。一つの体には一つの魂、一つの命しかないのでは?しかし、それはフィークスたち人間の尺度だ。彼ら魔導兵では、常識が異なっているのかもしれない。ここ最近、今までは、遠くなんとも思っていなかった創世時代のものに触れすぎている。そのせいかこうした常識外れのことを言われてもどこかすんなり受け入れてしまう自分がいた。いや、それだけではないな。今のフィークスたちにはおしゃべりしてもいられないからだ。

「さっきは悪かったな。急に襲い掛かってきたんだ。こっちもびっくりして戦うしかなかった」

「それは、私のほうこそ謝らねばなりません。先ほどのものとはどうも雰囲気が違いましたから」

「さきほど、ってことはやっぱり、操られていたわけじゃないんだな」

「はい、突然ここに黒い服を着た男がやってきました。私もこのマディ・レメクを使い戦おうとしたのですが、戦うまでもなく私は気を失ってしまった。思えば彼がここに来るまで、ほとんどの魔導兵から一切の情報がやってきませんでした。私のような存在に意識を奪うような形で干渉できる存在など、私はこれまで知らなかった。目が覚めると、あなた方がここへと向かってきていた。そうして私はあなたたちを迎撃したということです」

「雰囲気が違ったって?」

「それは、あなたです。あなたにはどこか暖かい感じがします。こうして私と精神世界で会話をすることができているのも、その力なのかもしれませんね」希望のちからのことだろうか?やはり、この力はこの世界にとって重要なものなのだろう。

「俺たち、そいつを止めに来たんです。」

「私の役目はこの先へと進もうとする者の排除でした、しかし、敵が未知の力を持っているとなるとあなたたちに託すしかありませんね。どうかよろしくお願いします」そう言われると、辺りは白い光に包まれた。

 次の瞬間、フィークスは、アルル城の地下にいた。

「フィークス!よかった。心配したのよ?」セティの声が聞こえる。

「俺の事よりも、早く封印の魔石を!」そういうも、

「ほかの討伐隊のみんなはもう行ってるよ。今はトーマス、エルダ、セティ、それに俺がいたんだ」ルチェスが説明してくれた。なるほど二手に分かれていたのか。

「気を失っていたみたいですが、大丈夫ですか?」

「えぇ、こいつの中にいたオルタというものに話を聞きました。ここを抜けていったものは、古代の彼らですら知らない、未知の力を持っていると」

「未知の力ですか、ならば皆さん急ぎましょう!討伐隊の方々が心配です」トーマスが促した。フィークスたちもライオットたちを追って地価の深部へと急ぐのであった。

 アルル王国の最深部に封印されていたそれは、赤黒い炎のようなオーラを放っていた。この封印の魔石に関しては、大きく議論が分かれていた。まず一つ、王国で信じられている主神讃唱には、世界に大いなる災いが降りかかったとき、主神ルガールは、それと激しく戦った。天地が裂けるほどの激闘の果てに、主神は災いに勝利し、これを封じた。この秘宝は封印の魔石と呼ばれ、今もこの国のいずこかに封じられていると。しかし、王国でもわずかに残る文献にはこのような記述もある。主神は災いとの戦いに敗北し、人間たちがこれを封印したというものだ。そしてそれを手にしたものが絶対的な権力を得た。これが今のアルル王家の誕生であると。

王国の過去が、神をもなしえなかった偉業によるものだという論説が広がれば、主神讃唱が揺らぎ、民衆の闘争による王家転覆が活発化するのを懸念したのかもしれない。人間が生きる上で大切なのは、ゆるぎなき真実などではない。いかに事実を良いほうへと帳尻合わせをするかだ。多くの場合、神というものはこういった帳尻合わせに駆り出されることが多い。神は絶対的な存在だが、一般的には確かな存在ではない。結果的に神というものは、人間のいい部分や悪い部分を演じる演劇の役のようなものなのかもしれない。そして今、この神の役が否定されようとしている。封印の魔石のことを王家は説明しなければならないだろう。だが、今ここで魔石を奪われれば、その必要もない。なぜなら、消されてきた資料に出てくる災いの正体。“破壊の炎”が目覚めれば王国もろとも世界は滅びることになるからだ。

 「うおおおお!!」ライオットが黒服の男に攻撃を仕掛ける。彼の槍による目にもとまらぬ刺突は、各地で上がる成果から見ても明らかだ。だが、相手にはこちらの攻撃が止まって見えているのだろうか。無駄の一切ない動きで、いや、もはや動きというほど大きなものでもない。ほんのわずかな身動きだけで攻撃をかわしていく。刃先が小さいのは槍であれば当然であるが、それを何度もよけるとなれば別だ。もちろんこれには相応のリターンがある。相手の攻撃を至近距離でかわせば、そこにいるのは、隙だらけの敵である。

「ぐあっ!!」ライオットに持っていた杖で強烈な打撃を与えた。本来杖は、人体よりも高い純度で属性エネルギーを放出してくれるものだ。これによって魔力が足りないものであってもある程度であったり、潜在能力が高ければ、強力な魔法が使えるのだ。この性質上、杖の素材は、属性エネルギーの伝導性の高い動植物の素材や、鉱石を使用している。中には武器として振るうのにも十分な強度を持つ者さえある。彼の杖はこうした希少鉱物の一つ、ルデライトでできており、これはまさしくそういった鉱物の仲間だ。思わず引いてしまうライオット、だが、そこに間髪入れずハックが攻撃を仕掛ける。彼もこれまででめきめきと腕を上げており、斧による豪快なひと振りは次代のモーガン副隊長の呼び声もあるほどだ。しかし、それだけを見ていてはいくらなんでも油断しすぎだ。大切なのは、いかに本命の一撃を与えるかにある。ハックが次代と呼ばれているだけあって、モーガンもまだまだ現役だ。ヤトラズナを倒した時ほどではないにせよ、まさに半殺しといった勢いで攻撃を振るう。ライオットたちは必死になっていたが、目的は対象の殺害ではない。彼を捕縛し魔石を守ることだ。

が、これもまた、対応するのは容易なことで、ひらりとかわしてその場を離れた。再び攻撃をしようとするが、それを矢の射撃が防ぐ、ゲイルだ。彼がいる限り、よほど接近していない限り、攻撃は通らない。攻撃をすることはやはり、隙をさらすことになるからだ。いまや百発百中の腕前になったゲイルの前ではうかつに手を出せない。だが、ならばそこからたたけばいいだけの事。身軽なライオットの連撃を捌き、斧を振る二人を躱したこの瞬間を待っていた。素早く魔法を打ち出す。が、ゲイルはこれを躱す。近接武器とは違い、攻撃の隙も減らせるのが、遠距離武器の強みだ。しかし、それすら彼には計算通り、かわす先をあまりにも正確に見切り、杖によって弾き飛ばした。もはや誰も対抗できなくなったその時

「そこまでだ!」とそんな仲間たちの希望となったフィークスが旅の仲間たちとともに黒服の男の前に現れたのだった。

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