第18話 奪われたもの

 龍帝軍によるグリンヘック襲撃事件から数日後のヒルミ、修道院では一人の騎士が大慌てで出かける準備をしていた。

「エルダ様、お花の準備はできましたよ!」

「トーマス、そんなに慌てなくてもいいのに、天国にいるお父さんに笑われちゃいますよ?」

「ぬぬ、確かにそうですね。すみませんでした」

「さてと、準備できましたよ。これから行けば、向こうで一日泊まることになりそうですね。気を付けていきましょう」

「はい!」そう言って2人はどこかへ向かってヒルミを後にした。ダウェザム山とは逆の方向の、長い森を抜けて、二人は進んでいった。道中、魔物に襲われることもあったが、二人にとっては捌くなど造作もないこと、ほとんど障害になることなく二人は目的の場所についた。周りで青々と茂る森とは対照的な殺伐とした風景、数十年前に大きく燃えてしまった小さな村、入り口の看板もよく読めないが、名前は憶えていいる。ポル村、エルダの父親であり、トーマスの親友、ジェイクはここで龍帝軍とたたかい、殉職となった。今日は、ジェイクを始め、この地で犠牲となった人たちへの弔いのために訪れたのだった。村に置かれている慰霊碑に向かって祈りをささげる。祈る中でエルダは、亡き父ジェイクとのわずかな思い出を思い出していた。

 エルダの母親は彼女を生んでから亡くなってしまっていた。そのため、父親に育てられていたのだが、ジェイクはこの辺りでは有名な凄腕の騎士だったため、仕事であちこち回って引っ張りだこ。そのため幼少期のほとんどはあの修道院で過ごしていた。しかし、家に帰れない任務の時などはトーマスが夜は預かっておくこともあった。どうしても一緒にいられる時間は少なかったが、だからこそともに居られる時間は何物にも代えられない程、大切だった。そんな数少ない日々が途絶えたのは、本当に突然の出来事であった。

 あの日、あの日ほど自分の流されやすさを悔いたことはなかった。ポル村からの至急の援軍要請が来たのだ。トーマスはジェイクを止めた。

「待つんだ!もうすぐ、もうすぐエルダの誕生日だろ?俺が行く!それでいいじゃない⁉」しかし、ジェイクはいつもと変わらぬ調子で言った。

「おい、待ってくれ。どうして俺が死ぬ前提なんだ?俺は死なない。それに、ここだって守らなくちゃならない。そうだろ?」そう言われた時、トーマスには自分の弱さが頭をよぎった。ジェイクが忙しいのは、それだけ実力があるからであって、トーマスがこの町にいるのはどちらかと言えばジェイクに劣っているがためだった。自分が行っても邪魔になるだけだったら、ジェイクに救える命があったら?そんなことを考えたら、もうジェイクを止められなかった。その後は知っての通りである。ポル村は焼きつくされ、ジェイクも死亡、帰ってくることはなかった。それからトーマスは過剰なまでに自分が動こうとするようになってしまったのだ。自分が動かないばかりに誰かが犠牲にならないように、そんなやり方をエルダに心配されることもあったが、トーマスにはそれ以外にどうしたらよいのかわからなかったのだ。

 ポル村でやるべきことは一通り終わらせたエルダとトーマスはポル村を後にし、ヒルミへの帰路に就いた。その森の道中、二人が森を進んでいくと突然あたりに濃い霧が立ち込め始めた。

「妙ですね。こんな時に霧が出るなんて、」

「何が起きるかわかりません。気を付けましょう」

「はい」しかし、進めば進むほど霧はどんどん濃くなっていく。次第に数歩先まで見えなくなった。さらに先ほどまで感じなかった気配がする。何かかが来る。とてつもなく強力な何かが、しかし、邪悪な気配というわけではなかった。二人が身構えていると。目の前に不思議な生き物が現れた。見た目は鹿だが、ずいぶん大きい。それに体が光り輝いている。神聖な雰囲気を身にまとったその生物はじっと二人を見つめていた。

「あなたは一体、」思わず話しかけてしまうエルダ、その風格からは獣でありながらも人語を理解し、何かを伝えようとしているようだった。が、それ以上の会話は続けられなかった。しばらくその生き物を見ていると、突然二人は強烈な眠気に襲われた。抗うこともできぬまま、二人は気を失うようにその場に倒れこみ、眠りについた。

 夢の中でトーマスは、あの日ジェイクに何が起きたのかを追体験することになった。ポル村に近づくともうすでに大きな黒煙が広がっていた。彼は近場に馬をおき、事態を収束させるため、村の中央へと向かった。するとその道中、ジェイクは一人の少年がこちらに向かって走ってくるのを見つけた。エルダといくつも違わないくらいのその少年はひどく慌てた様子でジェイクのもとに飛び込んできた。

「少年、どうしたんだい?お父さんやお母さんは?」

「父さんは村の人を助けてて、それで、母さんは、母さんは、ううっ」混乱んしていてうまく言葉にできていない様子だ。ここまで一人で逃げてきたのだろうか。もしくは彼の母親がこの子を先に逃がしたのかもしれない、そう思ったジェイクは急いで村に行こうとした。が、その子に足をつかまれ止められてしまう。

「おじさん!おじさんはどうするの?そっちは危ないよ!」どうやら自分のことを心配してくれているようだった。そんな少年にジェイクは優しく声をかけた。

「少年、君の名前は?」

「フィークス」

「そうか、フィークス君、私はここに君のお母さんやお父さん。それだけじゃない。他にもたくさんの人を助けるために来たんだ。今の君には少しだけ荷が重いかもしれない。だから私がその役を買ってここに来たんだよ」

「僕はどうすればいい?」

「そうだな、あそこにあるひときわ大きな木のところに隠れてるんだ。あそこならきっと魔物にもばれない。もう一度戻ってきたら、またそこで一緒に話そう」

「うん、分かった。おじさん、気をつけてね」

「あぁ、それじゃあ、またね」そう言って走っていく少年を見送ると、後ろから、低く獰猛なうなり声がした。さっきの少年を追ってきたのだろうか。それにしてもこいつ、かなり気が立っている。ここまでの火災が起きたことで人間のみならず他の生き物も多かれ少なかれ興奮状態にあるだろう。だが、それとは別に、何か強制的にどう猛さを搔き立てられているような、彼自身すら制御できていない様子だった。トーマスに余裕を見せはしたが、今回ばかりはそうもいかないかもしれない、そう思った。しかし、引くわけにはいかないのも事実。剣を握る腕に力が入る。

「悪いがお前にてこずってる場合じゃない。悪いが倒させてもらうぜ!」

じゃ行くが走り出したところで、トーマスは目が覚めてしまった。気が付くとあたりは晴れ渡り、もう先ほどの不思議な生き物はどこにも見えなかった。

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