第16話 師の足跡・前編
もう昔の話だが、セティは孤児だった。本当の親に関しては、良くも悪くも記憶などほとんどない。物心ついた時には自然と待ちゆく人から物をくすねて暮らしていた。ある日セティは一人の薬売りに狙いを定めた。こうして生きているとどんな人がお金を持っているのか何となくわかってくるものである。機をうかがい、一瞬の隙をついて金品を奪った。が、その場から立ち去ろうとしたとき、なぜだか体が動かなくなった。そうしてだんだんと先ほどの薬売りのもとに引き寄せられてしまった。
「おや、こんなに小さな子が盗みをしなければならないとは、残酷ですね」薬売り男はため息交じりに言った。あちこちから声が聞こえる。
「あの子が、いつも盗みをしていた子ね、」
「ようやく罰が当たったんだ。ざまぁないな」あぁ、もうダメだ。このままつかまってどうなるんだろう。他にもつかまっていった人たちはひどく怖がる様子だった。何をされるのかは想像もできない。だが、セティのことを捕まえた薬売りは予想外のことを言った。
「なぁ君、うちに来ないか?僕の仕事を手伝ってほしいんだ」まぶしい笑顔は、セティが今まで感じたことのない気持ちを沸き起こさせていた。しかし、警戒を解いてはならない。相手は大人だ。何をするのかわからない。
「どういうつもり?あんたみたいなやつについてくなんてごめんよ!」強がるセティに薬売りは
「いいのですか?ここで私の話を呑まなければ、あなたきっと袋叩きですよ?」
「うぐっ」
「おいおい、薬売りさん、そいつはとんでもない泥棒だぜ?」そう言う町人に薬売りは
「大丈夫、この子は必ず町のためになってくれます。僕が約束します」
そうして始まったのだ。あの薬売りとの、お師匠様との生活が。
「あの時は素材が買えなくってイライラしててつい違うなんて言っちゃったな」帰り道の途中でよったとある町の料理屋でセティはそんなことを考えた。せっかくの食事中くらい厄介なことは頭から取っ払いたかったのである。ギルベルトの使って見せた究極魔法、そしていまだ帰らぬお師匠様の行方、今のセティには憂鬱な話題が常に頭の中をめぐっていた。一刻も早くお師匠様の足取りをつかまなければならない。だが、いったいどうすればいいのだろうか。食事も済んでそろそろお金を払おうとしたその時、
「あれ?こんなところにかわいい子がいるじゃん!」
「お姉ちゃん一人?俺らと一緒に遊ぼうよ」とガラの悪い男達に絡まれてしまった。少し前にもこんなセリフを聞いたが、なんだか嫌悪感がその時の比ではない、態度はでかいし、身だしなみもたいして良くはない、女など力に任せればどうとでもなると思ってるような雰囲気に嫌気がさした。
(こいつらを魔法で吹き飛ばすのはたやすい。けど、)そんなことをしたらこの店もただでは済まない。だからといって流石に力では無理というもの、どうしようかと悩んでいると
「これこれ、こんな真昼間から女あさりとは、言いたくはないが、怠けた若者ですね」そんな声が男たちの背後から聞こえた。
「なんだじじい?」
「今はてめぇみたいなやつはおよびじゃねえんだよ」
「後でたんまり金むしってやるから覚悟しとけよ?」傲慢な態度をとる男たち、しかし、セティが瞬いた一瞬のうちに男たちは次々と打倒されてしまった。先ほどは声だけだったせいで記憶とうまく合致しなかったが、顔を見た途端、その予想は明確な解となる。
「あなたは!あの時エルダさんを私の代わりに診てくれていた」
「ウルマーといいます。ああ、ここではなんだな。場所を変えましょう。外で少しだけ待っていてください」
「は、はい。そうだ。ご飯ごちそうさまでした!これお代です!」セティはお代を払って先に店の外に出た。しばらくすると先ほどの男たちを軽々しく店の外へと放り出した。ウルマーによって伸びてしまっている。
「あ、ありがとうございました。二回も助けていただいて」セティはウルマーに礼を言った。ウルマーは
「なに、娘さんが困っていたなら助ける。当然のことをしたまでですよ。特に、君を放っておいたなんて知れたらガストのやつに何と言われるかわからない」
「!!」その言葉を聞いてセティは驚いた。ガストとはずばり、あの時セティを拾ってくれた薬売りの、お師匠様の名前だったからだ。
「あなたは一体、」
「わしはあなたでいうところのガストと同じ、彼の師匠というやつですよ。そのペガサスの毛皮のローブでピンときました」思わぬところで足跡の手掛かりを見つけたセティは少し口調が早くなりながら聞いてみた。
「お師匠様がここずっと帰ってきていないのです。“究極魔法”のことを調べてくるといったきり、それで、あの後彼ら討伐隊といった先で究極魔法を使っている者がいました。、お師匠様は、私が大きくなってからは家を空けている期間が長くなっていたのですが、今回の件で一層不安になって、」
「なるほど、私も随分と会っていません。最後に会ったとき、彼はまだ究極魔法を完成させていなかった。あぁ、ここではなんです。もしよければ私の家に来てください。お茶にお菓子も出しますから」
「はい。あのよければ一緒に行ってもいいでしょうか?」
「えぇ、もちろん」セティはお師匠様の手がかりを求めて、ウルマーの家についていくことにした。家はかなりがたが来ているようだが、中はしっかりと手入れされていて、魔導書やら薬学書やらが、きちんと整理整頓されていた。セティは、出されたお茶を飲んでみた。久しぶりに飲む味だった。いつもお師匠様が入れてくれていたお茶、セティとしてはもっと甘いほうが好みだったので、自分で薬を売りに行けるようになってからはそのお金で自分用の茶葉を買ってきていた。お師匠様がかえってこないうちは勝手に飲んではまずいと思い、長らく飲まずじまいだったのだ。甘さは控えめだが、飲むとすっきり思考がさえわたる。セティもここ一番集中したいというときは、これを淹れてもらって気合を入れたことを思い出した。
「それでなのですが、ここに最後に来た時、お師匠様は何を?」
「えぇ、ガストは完成まであと一息というところで残りのピースの正体を私に聞いてきたのだ。だが、魔法の研究に関しては、ガストのほうがわしよりも出来が良くてね、そんなこと私に聞かれてもわからないというのが正直なところだった」ウルマーは一度呼吸を整えた。
「それでわしは、ある一つの話をもちかけた、この町、ククロの外れに月光の迷宮という場所がある。そこには古き魔法使いの力が眠っているという言い伝えがあった。もしかしたらそこに、何かいいアイデアがあるかもしれないと言ったら、あやつすぐに飛び出していきおった。月光と名につくだけあってどうも魔法でそこへは夜しか入れぬと聞く。今から向かえばちょうどいいころだろう」そう聞いたセティは
「わかりました!行ってみます!何かあったらまたここに言いに来ますね!」そう言ってものすごい速さで家を飛び出して行ってしまった。師弟そろって行動が早い。第一ウルマーには追い付くことができなかったが、ガストに会ったとき、もしセティが僕を探しに来たらあいつ一人に行かせてくれ、これもあの子への試練ってやつさなんてことを言っていたのを思い出し、追いかけるのもやめておいた。かくして若き魔法使いは、自らの師の足跡を辿ってその月光の迷宮へと足を運ぶのであった。
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