第11話 人の街

 アルル王国の北側、シャタペ留置所。ここに一人の男が訪れた。黒い鎧を身にまとう長身の男を見ると留置所の前の門番たちは、すっと門を開いた。この世界の犯罪は多様で特に恐ろしいのがいくつかある禁忌の魔法である。これらの魔法を扱えるものは必然的にものすさまじい魔力と魔導の才を持っているため僅かな気の緩みも許されない。禁忌とされる魔法は、例えば死の魔法。大昔、人がドラゴンに乗ることを覚え始めた頃には既にあったとされる、もっとも古い禁忌の魔法だ。文字通り、撃たれたものを問答無用で亡き者にする恐ろしい魔法である。この魔法を使える者は特に危険視されており、時には使用者に関する魔女狩りまで起こったほどである。だからこそ彼らを一時的にでも無力化できる魔力遮断を発明した魔法学者の功績はあまりにも大きい。さて、今日この黒い鎧の男が留置所にやってきたのは、そんな危険な死の魔法を何のためらいもなく民間人へと向ける危険集団、龍帝軍の一員である。彼は今までどんな尋問官の質問にも秘密裏に行われる拷問ですら口を割らなかったほどである。そんな悪人に持たれてはたまったものではない鋼の意思を砕くためこの度黒い鎧の男がやってきたのである。尋問室に連れてこられた龍帝軍の男はその男を見るなり

「はっあんたみたいなやつが尋問に来るとはわれらの主はなかなかやってくれているようだ。うわさに聞く王国一の戦士----黒騎士レダン」レダンと呼ばれた鎧の男は龍帝軍の男に低く重い声で言った。

「軽口はいらん。貴様の持っている情報を話せ。お前の役目はそれだけだ」ただでさえ冷たい尋問室の空気がより凍り付いた。わずかに灯るろうそくの炎を消してしまいそうな黒騎士を前に男は

「...私がこの留置所に入れられてから12回月が満ちた。もうすぐだ、貴様らの信じる主神を我らの龍帝様が打ち倒す。まずは人の町、その次に王の町だ。我らの時代は近い」にやりと笑う龍帝軍の男の様子を鎧の奥から見た騎士はそのまま尋問室を後にした。白銀の世界では吹雪に紛れて見えずらい黒き鎧は同じくらい黒い竜に乗り、王都のほうへと飛び去った。

 フィークスたちが討伐隊らしくない平和な日々をもう2週間ほど過ごしていたある日、彼らのもとに隊を挙げての久しぶりの依頼が舞い込んだ。それまでは各地の拠点にいたり、出発する時間が合わず顔をあまり見なかった5人が揃う。全員の前でライオットが任務の確認をする。

「今回の任務は、ブレイミーの隣町、グリンヘックだ。近々龍帝軍がここで何か大きな事件を起こすという情報を討伐隊が掴んだ」

「そりゃ大変だ。で、俺たちにそいつらをとっちめろっての?なんで?」ハックが水を差す。

「モーガン副隊長が推したそうだ。彼らには非凡なものがある!彼らならこの事態にも何とかしてくれるはずだ!ってさ。さすがに買いかぶりすぎだろ」ゲイルがため息をつく。それもそのはずフィークスたちが討伐隊に入ってからというものの大きな任務は彼らの実力に見合わないハードなものばかりだ。もちろんどちらも成り行きで大事になっただけなのだが、今回は王国きっての大都市での任務だ。身の丈に合わないにもほどがある。

「なあ、グリンヘックってどんな街だ?」ルチェスがフィークスに聞いてきた。これまでの生活でいくらか人間の生活に慣れてきたルチェスは町でたびたび耳にしていた町の名前に興味津々だ。そんなルチェスと過ごすうちにフィークスも少しだけ変わった。今ではルチェスのことが弟のように思っていた。が、グリンヘックはフィークスも言ったことのない町だった。するとグリンヘック生まれのゲイルが代わりに答えてくれた。

「でっかい街さ。けどそれだけ、所詮は人の作ったものだ。自然にはかなわないよ」

「冷たいなぁゲイルは、俺は何度か行ったことあるぞ!うまい飯矢もいっぱいあるからな!着いたらみんなで行こうぜ!」

「ハック、そんな気分で行くんじゃないんだぞ?そもそも町を守りに行くのだから飯の話はそのあとだ!」ライオットが咎める。

「「えぇー!」」二人の残念そうな声が重なる。

「いずれにしても行ってみなくちゃな。自然が好きな俺からすれば退屈だけど、初めて行くフィークスにはきっと新しい刺激だと思うぜ?」珍しくゲイルも笑っていた。

「あぁ、楽しみにしているよ」こうしてフィークスたちはブレイミーを離れ、王国でもブレイミーに次ぐ大都市、グリンヘックへと向かうのであった。

 「すごいな。でっかい家があちこちに、まるで石でできた森だ!」高いグリンヘックの建物を見て思わず驚くルチェス。ブレイミーで一番大きな建物といえば当然アルル城なのだが、グリンヘックの建物は高さと数が段違いだ。ルチェスが石の森というのもうなずける。街のいたるところで人々が世間話をしている。着いたのは夜だというのに街灯や街の明かりで昼のように明るい。

「一体どれだけの魔力があればこんなにたくさんの魔灯が点くんだ」ライオットが啞然とする。

「もしかして、犯人の狙いはそこだったりして?」

「変な冗談はやめろ、と言いたいところだが、今回ばかりはハックに賛成だ。この街には神流から魔力を抽出できる場所があるんだよ。昔はグリンヘックを王都にすべきだなんて話もあったようだが、俺が生きてきた中ではそんな話はちっとも聞いたことない」

「じゃあその神流から魔力を取り出せる場所ってのはどこにあるんだ?」

「町の奥さ。ただ、事情を説明しなきゃならない。何の用意もなしに行ったらまずいからな。討伐隊の書簡は用意してある。俺が町の役場に渡してくるからそれまでみんなはほかに怪しい部分があるか調べておいてほしい」そう言うとゲイルは夜の街に消えた。

「ゲ、ゲイルが俺の意見に賛成するとは、周りの景色と相まってこれは夢か?」信じられなそうにしているハックに

「今起きそうなこともただの夢ならいいんだがな、」

「あぁ、とりあえず宿屋か酒場でも探すか?」ハックが提案する。

「宿は借りなくていいんだ。討伐隊の宿舎に泊まれるように準備している。それと酒を飲むのは禁止だ。仕事で来てるんだぞ?」ライオットがすかさず突っ込む。

「げげっ注意するのはライオットの役割だった、」

「役割とは何だ!役割とは!」なんだかよくわからないことでもめ始めた二人、どうしようかとフィークスが悩んでいると

「ねえ!あっちで何かやってるよ!人間でも獲物を捕らえたことを祝うの?」ルチェスが向こうの何やら催しをしている方を指さした。フィークスと一緒に過ごしたこともあるが、初めて会った頃より大分態度が柔らかくなってくれた。獣人だからだろうか、普通の人よりも距離感を詰めるのが早い。フィークスも気になったので少しだけ見に行った。そこでやっていたのは、龍神の舞だった。創世神話にも登場する龍神を敬うための舞で各地を回る踊り子がその度に踊っているものだった。その踊りは美しくも力強く、まさに龍を表している踊りだった。踊りが終わると今度は後ろの店のほうからどこかで聞いた声がした。

「えぇ!売り切れ⁉これで3軒目よ?何とかならないの?」

「ざ、在庫がなくって、すまんな姉ちゃん」困ったような店の男と話す声の正体は薬草屋に買い物に来ていたセティだった。

 

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