第10話 戦う理由

 うっそうとしたウィリスの森を抜けたフィークスたちはそのままブレイミーへと戻った。帰る途中、ハックは自分がとらえられていた際にのもとに訪れていたものだった。

「人間とかかわるにはいい手段だなって思ったのさ」

「なっ僕のこと道具扱いか⁉」が、この話で少しばかりハックは不満そうだった。フィークスたちは引き渡しの話の後、村長らと話したことについて考えていた。ヤトラズナは確かにウィリスの森のモンスターであるが、通常は地上に生息しており、そもそも洞窟には入らないという。なぜあの場所にヤトラズナはいたのか、今回のことは副隊長が隊だけではなく王国政府にも掛け合うことになった。

「あの時のモンスターもヤトラズナももしかしたら龍帝軍の仕業なのかな」

「どうだろうな、あのイカれた集団は何やってるかわからない。第一奴らのせいでフィークスの村は」

「おいハック!」ゲイルが止める

「いや、いいんだ。あいつらが村を滅ぼしたのは事実だ。だから俺は討伐隊に入った。もう誰にも自分みたいな想いをさせたくない、」今でも思い出す。変わらぬ平穏が一瞬で崩れ去ったあの日のことを。

 フィークスはごく平凡な農家の一人息子だった。ポル村は豊かな土地でフィークスたちも普通に過ごすには特に苦労もしていなかった。そのため幼いころは村の子供たちと野山を駆け回っていた。事件が起こったのはある日の夜、満月が美しく見えていた夜だった。いつものように部屋で眠りについていたフィークスは周りの喧騒に目を覚ました。それからことの異常さを知るには今の自分から見たら平和ボケもいいとこな当時の自分でもさして時間はかからなかった。家が燃えている。いや、村が燃えている。

「フィークス起きなさい!」母の声が夢かと思う自分を呼び起こす。そこからは母に手を引かれるまま家を出る。走るうちに後ろからガラガラと今までフィークスは聞いたことのない家が燃え、そして自重に耐えられなくなり焼け落ちていく音がした。

「ねえ!父さんは?父さんはどこ?」フィークスが聞くと母親は

「お父さんは村の人を助けに行ってる。大丈夫よ」そう言ってひたすらに二人で走っていった。周囲の家からはまさに阿鼻叫喚の叫びが聞こえてくる。中には今日も一緒に遊んだ友達のものらしき声も毎日優しくしてくれたおじいさんの低くか細い声がフィークスの耳にはっきり残るくらい大きく聞こえてきた。そんな声たちを振り払いフィークスと母親は村の端までやってきた。ひとまずは森の中に入ろう。そう思っていた親子に最後の絶望を送るように茂みから巨大な影が飛び出してきた。魔物の一種、ヤミオオカミである。このままでは息子すら危ないそう考えた母は咄嗟にフィークスを横に押し飛ばした。わけもわからないフィークス彼の母は、

「お母さんは大丈夫!だから先に行きなさい!」もう訳が分からなかった。それから先はただひたすらに走り続けた。村からだいぶ離れたところで石につまずいたフィークスは這いずって近くの木陰に身を隠した。ここからでも聞こえる炎と絶叫にフィークスは耳をふさいでいるしかなかった。

 再び目を覚ますと周りは炎とは違う暖かい日の光がさしていた。フィークスはとっさに村のほうを見る、か細い黒い煙が立ち上っていた。昨日からの疲れでふらふらになりながらも必死になって村に向かう。しかし、すでに村は燃え尽き変わり果てた姿になっていた。周りの森や川と不釣り合いなボロボロの黒い柱が、あちこちからする焼け焦げたにおいが、どこかで今も燃えている炎のかすかな音が幼いフィークスの目を、鼻を、耳を苦しめる。そこからはもう無意識に歩いていた。どこを見渡しても両親どころか人影一つすら見えない。気づくとフィークスの住んでいる家、いや住んでいた家があった場所に立ち尽くしていた。幼いながらもずっとここで暮らしてきた、大事なフィークスたちの家。そのわずかに残る面影からそれまでの懐かしい記憶を思い出すには、フィークスは幼すぎた。どうしてこうなったのか、これからどうすればいいのか。考えられないフィークス。すると背後に人の気配がした。すぐにそちらに行こうとする。が、そんな思いとは別に体はとっさに物陰に隠れた。なぜなら

「ハーハッハ!これでわが龍帝軍にたてつく忌々しき希望は潰えたのだな?」こんな恐ろし気な笑い声が聞こえてきたからである。その台詞の異様さにフィークスの体が反射的にその声の主を避けたようだった。ほかの声がその声に続く。

「はっ。村中を確認しましたが、生存者はだれ一人見えませんでした。ギルベルト様」怖い。大火とそれに包まれ焼き尽くされた村を見てなお分からなかった感情の正体がここでフィークスにはっきりと知覚できた。あいつらがこの家を、村を、大切なみんなを殺した?呆然としていた事実が頭の中でどんどん言語化されていく。震えが止まらない。今まで押し殺していた、というよりもただ体を通り抜けていただけの呼吸が荒くなってくる。

「ん?向こうから人の気配がするな。何者だ!」そんな様子を感ずいたのか、周りの人間たちからギルベルトと呼ばれているらしい男の声がした。

「生き残りかもしれません。私が確認してきます」奴らのうちの一人の足音が迫ってくる。このままだと見つかるもうだめだ。自分も殺される。そう思ったとき今度は遠くから別の声がした。

「ギルベルト様ー!大変です!討伐隊と騎士団のやつらが!」

「何⁉もうやってきたか。主神とやらの犬どもめ、一度逃げるぞ!お前たちついてこい!」

そう言って近づいてきた足音もみんなフィークスとは別方向へと走っていった。それからフィークスは騎士団たちに保護され、その後あの宿屋へと預けられた。そうしてフィークスは成長し、今討伐隊として任務にあたっている。もう自分のような恐怖や絶望を誰にも味わってほしくない。今も変わらない戦う理由。そんなことを思い出しながらフィークスは仲間たちと再びブレイミーの門をくぐったのであった。

 それからフィークスたちはそれぞれに任務をこなした。といっても今までのようなものとは違い、町付近の魔物の対処くらいである。ルチェスはフィークスとともに任務にあたった。暮らしていく中で人間と獣人の文化の違いに悪戦苦闘するルチェスの姿はフィークスや仲間にとっては面白くそして思わず応援したくなるものだった。それもそのはず、正式ではないにしても彼らにとっては初めての後輩のようなものだ。が、雨に濡れた時に身震いとともに水をまき散らすのは勘弁してほしかった。お風呂はそれに加えて体中の抜け毛の量がとんでもなく、出入り禁止の処分となってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る