第5話
古寺の周囲には腐臭が漂う。御堂は傷だらけで朽ちかけており辺りに人の気配はない。動物の骨が散らばる中に
「赤魔か」
男は狂ったように全身を回転させながら堂内を跳躍する。その動きは無支祁の雷鳴に匹敵する俊敏であった。この者の経緯はわからない。然し乍らそれが赤魔の齎すものであるならばこの男もまた狗渓の手にかかった犠牲者である。十蔵は男の回転を見定め、伸びてきた爪を腕ごと斬り払った。男は悲鳴をあげるとそのまま威勢を失い、自らが蹴り飛ばした仏像へと近寄り懺悔の弁を繰り返した。
「御主、何があった」
「どうでもよいこと」
女の声。気配はなかった。十蔵は戦意なき相手を前に刀を納めており防御を構えることが出来なかった。声の主は十蔵の背中から腹部にかけてその刀身を貫いた。十蔵は膝をつき血を吐くと全身から力が抜けていくのを必死に堪え、声の主を探した。かすれる視界の中に賊が映った。その黒衣と腰下まで伸びた髪には見覚えがある。長髪は犬男の元まで寄るとその首を一太刀で刎ねた。
「狗渓はお前を追っているが私がここに居合わせたのは偶然。私の任はこの者の中で育った赤魔を貰い受けに来ただけ。
「待 ……て」
「片瞑、私たちは羅刹。人の世に交わろうなどとは諦めよ」
「
「そうか。なら生きてみよ。それも一興」
十蔵の意識が戻ると村長と太助は手を取り合い踊って喜んだ。
「腰があッ!」
「大丈夫かジジイ!」
「腰が逝ったッ」
「ジジイ!」
「ちょっとあんた達! 十蔵さん病みあがりなんだから静かにしたげて!」
十蔵は思い返していた。顎門。その顔はかつて十蔵に人の生き方を教えた女の生き写しであった。目の前で斬り殺されたはずの女と同じ顔の忍び。十蔵の使命は狗渓の壊滅。それはそれとして十蔵には顎門を斬らねばならぬ理由があった。しかし不意をつかれたとはいえまるで太刀打ち出来なかった。仮に刀を抜いていたとしても今の十蔵には勝てる道筋が見えなかった。ただ自分は生き延びた。
「おいオッサン! まだ立ちあがっちゃダメだよ!」
「腰がぁ 腰」
「ジジイ!」
十蔵は刀を取ると外に出てひたすらそれを振った。まだ幼き頃に生きるためと修行に耐えた地獄のような日々。女は云った。お前に忍びの定めを捨てさせると。それは叶わなかった。十蔵は忍びとして成長し、狗渓に於いて十傑まで上り詰めた。心を捨て、誰であろうと掟と任に従い殺めてきた。然し乍ら根底にはいつも女の願いがあった。人として生きよ。同じ顔の女は諦めよと云う。十蔵は雑念を払いひたすらに刀を振った。
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