第4話

「付き纏うな」

「いいじゃねえかよオッサン。旅ってのは大勢のほうが楽しいぜ」

 潮原を後にした十蔵は東方を目指した。これといって宛があるわけではなかったが東は国の中心地。人が多ければその分集まる情報も数がある。狗渓の忍衆は雑把も含めれば多勢になるがそれらの上に立つ十傑じっけつなる集団がある。頭領を筆頭とする組織において十傑はその直下。どれもが手練の忍だった。十蔵が抜けた今、先立って倒された無支祁を除けば残り八人。それら全てを討ち、頭領討伐を以て十蔵の使命は果たされる。中には十蔵を追う者もあるであろうがともあれ十傑の所在を掴むことが先決であった。

「聞いてる? ねえ? オッサンってば」

「黙れ。ついてくるな」

「お供しますぜ。オッサンは命の恩人だからな。へっへ」

 道中、十蔵に付き纏うようになったこの幼子は太助といった。畑で盗みを働き逃げようとした際に出会し捕らえたのだがなぜか懐かれてしまう。都に向かう途中、男が悲鳴を上げながら十蔵一行の方へと駆け寄ってきた。何事かと太助が尋ねれば男は村が野盗に襲われているのだと告げた。十蔵は先を急ぐとして男を見捨てようとしたが太助はそれを制し村へ寄ってみようと提案した。十蔵は太助の話も聞かず無言で歩みを止めない。太助は遠のく十蔵に向かって思いつく限りの罵倒を並べ立てた。それでも十蔵は罵詈雑言を気にも留めずやがて太助や村人から見えないところまで行ってしまった。

「へっ、ありゃあだめだ。おっさん、俺に任せろ。連れってくれるかい」

「もうだめだ。皆んな殺されちまう」

「俺が退治してやるって言ってんだろ!」

「お前みたいなガキ一人じゃどうにもならねえ。村の若衆が束でかかってもたった二人にたちうち出来なかったんだ。もう終わりだ」

「腑抜けたこと言ってんじゃねえよ。俺はこれでも侍の子だ! いいから連れてけ!」

 村人は渋々ながら太助を連れ村へと戻った。村の中はやけに静かだった。野盗の手にかかったのか所々に死体が転がっている。息巻いていた太助も実際に死人を目の当たりにすると背筋が震えた。

「奴らどこに行ったんだ」

「知るか! い、行くぞ」

「待て、ぼうず!」

 太助は丸腰で村の中へと入っていった。叫びながらも目は閉じたままただ勢いで走り抜けていく。村人は何が侍だと言わんばかりに頭を抱えた。太助が猪の如く突進する先で何かにぶち当たり尻から地面に落ちた。太助が見上げると逆光を浴びて大きな影となった何かが目の前に立ち塞がっていた。太助は思わず悲鳴をあげて両耳を塞ぎうずくまる。

「きろ……」

「ひえええ」

「起きろ! もう終わった」

「ひえ、え?」


 十蔵達は野盗退治の礼にと村で一宿一飯のもてなしを受けた。太助はまるで自分の手柄かのように騒ぎ立て村の女達に可愛がられて浮かれていた。

「お前さん、何者じゃ。あの野盗どもとてそれなりの太刀筋。おそらくはもともと武士だったのが落ちぶれたんじゃと思うたがそれがまるで赤子じゃった」

「偶々だ」

「ほっほ、まあええわい。この村はこのとおり小さな中で皆家族のようにやってきた。死んだ者は戻らんが残ったもんは皆お前さんに感謝しておる。たいした振る舞いも出来んが今晩はゆっくりしておくれ」

「長殿に聞きたいことがある」

「なんでも。儂が知っておることなら話そう」

「この痣に見覚えはないか」

「なんじゃこれは。ふむ、犬の形に見えるの」

「知らぬならかまわない。要らぬことを聞いた。忘れてくれ」

「痣のことは分からんが、犬と聞いて思い出したことがある」

「それは」

「この村の先をさらに東へ進んだ先に古寺があってな。そこの坊さんがよくこの村に訪ねてきておったんじゃがいつからかぱたりと姿を見せんなった。気になった村の衆が一度寺に様子を見に行ったんじゃがそりゃあ酷い有様だったらしい。寺はまるで熊にでも襲われたかのように爪痕がびっしりと付いとったとな。そやつは慌てて逃げ帰ったんじゃが。犬を見たと言っておった」

「その者は」

「まことに無念じゃが、そやつはそれから腑抜けてしもうて此度の野盗騒ぎで真っ先にやられてしもうた。まあ生きておったところで口にするのは犬ばかり。儂は皆に近づかぬよう言って聞かせたが、どうじゃろ。何か手がかりになればよいが」

「犬か」

「儂はそう思っとらんがね」

「助かった。明日の朝ここを出る。もう一つ頼みがあるのだが」

「なんなりと」


 明朝、太助が目を覚ますと十蔵の姿はもうなかった。だんだんと意識が明確になるに連れて、太助はまさかと考えた。

「小僧、あの方ならもう行きなされた。お前さんの面倒を頼むとね」

「あの野郎ォオ!」

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