────それから2週間が経った。


 世間はクリスマスムード一色。

 光くんからは、あの日以降パッタリと連絡が途絶えてしまった。


「……はぁっ、」


 つい溜め息が漏れる。だって私の職場は……クリスマスといえばGlowing Stars。



 目を背けようとしても、至る所に置かれているチラシやポスターの光くんとやっぱり目が合ってしまう。


 その度に、やるせなさで胸がいっぱいになった。



 光くんが1月スタートのドラマの撮影中なのは、知っている。ブログの更新などは特にないけど、ときどきSNSで撮影の目撃情報が上がっている。

 主演ではないものの、重要な役どころで出演シーンが多いと、前に会った時に言っていた。


 撮影大変なのかな。きっと年始の特番の撮影なんかも並行してやってるんだろうな。身体…大丈夫かな?


「あんなこと……言わなきゃよかった」


 後悔が日に日に増す。なにも余計なことは考えず、まっすぐに光くんと向き合えばよかったんだ。変に冷静になる必要なんかなかったのかもしれない。そうしたらきっと今だって連絡し合えてた。クリスマスだって……もしかしたら、会えたかもしれないのに……。




──AM4:00。雑誌を整えながら、ふと窓の外を見る。


 光くんの愛車と似た車が……通ったように見えた。

 ダメダメ、私。妄想し過ぎ。しっかりしなきゃ。


 そう自分に言い聞かせて、なんとかクリスマスの時期を越えた。



──更に1週間が経ち…


「……はぁっ、」


 やっぱり、光くんからの連絡はなくて。


「……はぁっ、」

「もー、ママ?はぁはぁうるさ~い!どうしたの?」


 ついには娘の柚に心配されてしまう始末。



「あ……ううん、ごめんね。何でもない」

「そっか!……あ、ねぇママ!光くん出てるよ!」


 年末年始の特番。

 光くんもGSも、あちらこちらに出演していて。


「やっぱかっこいいね〜!!」

「…………うん」


 つい最近まで、近くに感じていた人。


 やっぱりものすごく遠い存在なんだなぁと、痛いくらいに感じて。テレビに映る光くんを直視できない。


 だって……涙が出てきそうだから。



……リビングを離れて、キッチンカウンターの片隅に置いているある物を取り出す私。



「……渡せなくても良いから……最後まで作ろう」


 先月、光くんを怒らせてしまう前から、毎日コツコツ編み進めてきたマフラー。光くんの誕生日プレゼント、何が良いのかサッパリ分からなかったから。


 今どき手編みのマフラーなんていらないって……古臭いって、思われてしまうかもしれないけれど。


 そんなことを考えながらも、最後の一列まで、心を込めて編み進めたのだった…───




───年始のバタつき感もやっと落ち着いて。



 今日は、1/25。

 日付を越えれば1/26……光くんの誕生日。


 夜勤の私は“もしかしたら”なんて、0に近い可能性にすがるように、彼の誕生日プレゼントを紙袋に入れて職場のコンビニへと向かった。


 いつも通り業務をこなしつつも、やっぱり時計が気になる。


 AM0:00になった瞬間……心の中で光くんに“おめでとう”を言った。



 それから時間だけが虚しく過ぎて行き……

 AM2:00、AM3:00……いつも光くんが現れる時間になっても、彼が姿を見せることはなかった。


 やっぱり……もう二度と来てくれないのかな……?怒らせてしまったんだもん。仕方ないよね。


 そもそも誕生日当日に、わざわざ会いに来てくれるはずないか。きっと、彼女とかいるんだよね。インタビューでは答えられないことも、沢山あるんだよね。


『気になってるからに決まってるでしょ?』


 いつか言ってくれた言葉を思い出す。

 あれだってきっと、一時的な感情だったんだよね。そりゃきっと……そうだよ。



 いつの間にか、外も明るくなって。


「清水さーん、お疲れ様!上がっていいよ」

「ありがとうございます」


 店長に声を掛けてもらい、バックヤードに着替えに行く。


 光くん、やっぱり来なかったな。


 そう思いながらスマホに目を向けると、ロック画面にメッセージの通知が表示されていて……


 全身がカーッと熱くなるのを感じた…───





『お疲れ様』

『裏に車停めて待ってます』




 大慌てで着替えを済ませる。鏡を見て、ほとんど取れ掛けてるメイクに唖然とした。……とはいえ、メイク道具なんて持ってきていないから、サッとリップだけ塗り直し、お店の裏に向かう。


「お疲れさま」

「……光くん……」


 顔を見た瞬間、うわぁぁっといろんな感情が込み上げてきて。泣きそうになってしまったけど、なんとか堪えた。


 そんな私に、きっとまた光くんは気が付いていて。


 運転席から降りて私の方に歩いてくると、後部座席のドアを開けてくれた。




「……乗って?」

「…………うん」


 後部座席に乗り込むとドアを閉めてくれて、運転席に移動する……はずが、


「……え?!」


 なぜか後部座席に乗り込んできた光くん。


「……ちょっとここで話そ」

「………」


 車内で隣同士に座って、光くんは私を見てくれてる。でも、ドキドキして苦しくて……隣を向けない。




「芙由さん?」

「…………はい」

「……この前は……ごめんなさい」


 あまりに真剣な声に、やっとの想いで隣を向く。


「俺が悪かったです。芙由さんの言う通り……あんなとこでもし誰かに見られて、SNSに拡散されでもしたら、芙由さんにも迷惑掛かるし……」


 眉を下げて、心底申し訳なさそうにしてる光くん。


「俺……普段はめちゃくちゃ警戒心強い方なんすけど。芙由さんの事となると……なんかいろいろどーでも良くなっちゃって。笑」



 すいませんでした、って……頭を下げてくれる。


「光くん……謝らないで……」


 真っ直ぐ過ぎる光くんの言葉に胸がいっぱいになって……言葉が口から溢れ出す。


「私も悪かったから。光くんの言う通りだよ。言ってることとやってること、違っちゃってた……」


 言いたいことは心の中いっぱいに詰まってるのに、全然上手く伝えることができない。


 でも光くんは、少しだけホッとしたような顔をしてる。……とりあえず仲直りは……できたみたい。



「あ、そうだ……光くん……。……これ」


 自分でラッピングしたそれを、紙袋から取り出す。


「え………?これ………俺に?!」

「……うん」


 やべー、ってニコニコ嬉しそうに笑って、


「開けてい?」


 ウルウルの瞳で聞いてくる光くん。

 うん、と目で応える。


 光くんはラッピングをスルスルと解いた。



「これって……」


 一瞬の間が空く。


「手編み………芙由さんの………?」


 あぁ……やっぱり引いちゃったかな……。


「うん。こうゆうの古臭くて嫌かなぁとも思ったんだけど……フラッと外出る時とか、あれば暖かいかなぁって思って」


………いや、待って?推しに手編みのマフラーなんかプレゼントしてしまった自分。

 冷静に考えて、引くよね?……うん、絶対に引く。


 急に恥ずかしくなってきて、顔から火が出そうだ。


「………誕生日プレゼント……、何が欲しいか分からなかったし……、高級なものなんて私……買えないから……」


 無言の空気感が怖くて、言葉を連ねてみる。

 光くんを見るのが恥ずかしくて怖くて、視線は隣に向けられない……。すると……



「──っえ……、……光……くん……?」


 突然、男らしい手が伸びてきて抱き寄せられて。

 気付けば私は……、光くんの胸の中に……。



 そして……




「…………芙由さん」




「俺と………付き合ってくれませんか?」



 これは、夢でしょうか?幻でしょうか?


 ゆったりした洋楽が小さなボリュームで流れてる車内で、ドッドッ……と心臓の音が大きく耳に響く。


 自分の鼓動?それとも光くんの……?

 何が何だか分からないんだけど……



「……好きなんです。芙由さんのこと」



 頭も身体も動かない。

 だんだんと息も上手くできなくなってきて。

 慌ててすぅっと息を吸い込んだ。



「……うそ…だよね……?」


 きっと今私……目が点になってると思う。

 信じられないよ。信じられるわけがない。


「嘘つくわけねーじゃん。まじだよ」


 大好きな光くん。紙面や映像で、何度も何度も見てきた光くん。その彼の、胸の中に今……私……?



 “あぁ……光くん……良い匂い……”


 なんて、妙に冷静に考えてる自分もいつつ。

 ぎゅぅと手に力を込めて、私の答えを待ってくれてる光くん。……必死で脳を動かそうと頑張ってみる。



 信じられない。

 でもきっと、嘘じゃない。


 断る理由なんて……一つも、少しも、ない。


 光くんの胸板に顔を寄せたまま、長い沈黙の末……

やっと言葉を発した。


「あの………」

「……ん?」

 

 私は、彼のファンがどれだけいるのかを知ってる。何万人何十万人もが、彼を日々の生き甲斐にしてることも。もちろんそれは“アイドル”の光くんに対してなんだけど……なかには本気で彼を恋愛対象として想ってる人達も、決して少なくないことを知っている。


 正直……………恐い。


 好きだとか、好きじゃないとか、そうゆう次元の話ではなくて。


 彼の背後に見えるいろんなもの──もしも彼と付き合ったら起こり得るであろうこと。

 そのすべてを受け止め切れる自信が、今のところ、少しもない。


 

「確認したいことが……4つ……あるんだけど……」

「え、なに?4つもあんの……?笑」


 驚いた声で笑いながら身体を離す光くん。さっきまでの緊張感が……ふわっと少し和らぐ。



「まず1つ目ね……、私……バツ1なんだけど……大丈夫?」


 恐る恐る聞くと、ふははっと吹き出す光くん。


「んなこと、知ってるわ!笑」


 当たり前だと言わんばかりに答えてくれる。

……そうだよね。光くんはそんなことを気にする人じゃないもんね。


「……じゃあ……2つ目ね。私……すごく歳上だけど……良いの?」


 これだってそうだ。年齢なんて気にしないって、光くんなら言ってくれるって。分かってはいるけど……


 やっぱりちゃんと聞いておきたい。なんにせよ、自信が少しもないのだから。


「……そんなのさ、俺のファンなら聞かなくても分かるっしょ?笑」


 光くんは悪戯に笑って、3つ目は?と促してきた。


「3つ目……。私……全然……綺麗じゃないし……。一般人の中でも……本当にフツーな……こんな感じだけど……良いんでしょうか……?」


 客観的に見たら、どう考えても有り得ないような組み合わせの私たち。あんなに綺麗な女優さんやモデルさん達にいつも囲まれている光くんが、私なんかと付き合って、本当に後悔しないのかな……って。



「芙由さん……?」


 そんな私の不安を拭うような優しい声が耳に響く。


「俺ね、普通が良いの。……いや、えーっと……こう言われんのも複雑かもしんないけど……。ごめん、ストレートに言うわ。普通が安心すんの、俺。」

「…………」

「もともと芸能界とか全然興味なかったし。未だに、普通に暮らしたいなーって思うことあるぐらい。笑」


 私の目に掛かる前髪を、そっと避けながら続ける。


「芙由さんといるとさ、普通の自分に戻れる気がするんだよね。……だから俺、普通な芙由さんを好きになったんだよ?」



 つーかそもそも普通ってなに?って話なんだけど。って笑いながら、本音を伝えてくれる光くんに……少しずつ私の中の不安が溶かされていく。



「……で、最後の4つ目は?」


 4つ目……。

 少しだけ、言うべきか迷った。


 でもこれが……一番聞きたかったこと。


「あのね……、……光くんのこと本当にずっと大好きで……、心の支えで……ずっと応援してきて……」

「うん、知ってるよ。ありがとう」


 優しい声。心の中で、ふぅっと深呼吸する。


「……だから……光くんの気持ちも嬉しい……というか、今も信じられなくて、夢みたいなんだけど……」


 伝えたら光くんがどう感じるのか。正直怖かった。


……でも、伝えなきゃ。


「……正直に言うね。……私……この気持ちが“推し”としての好きなのか、“恋愛”の好きなのか……自分でもよく分からないの……」



 光くんと関わりを持つようになってから、ずっとずっと、引っかかっていたことだった──



 私の中で、『推し』として好きな気持ちと『恋愛』の好きは……どこか別物な気がしてた。


 世の中には“リア恋”とかいう俗語があるように、芸能人にリアルに恋をしてる人だって少なくないのは知っている。それは全然悪いことだとも、変なことだとも思わないけれど。


 自分に関して言えば、光くんに『リア恋』していると思ったことは、一度もなかったから。少なくとも光くんと初めて会った、あの日までは……。


 なんせ歳が離れている。10歳近くも年下の光くんに対して、私は半分保護者のような目線で応援していた部分もあった。



 その証拠に『光くんも一人の人間なんだから、人としていつか幸せになってほしいな』なんてファンレターに書いていたくらい。


「……そんな感じなんだけど……………、」


 伝え終わって、顔を見る。私が光くんを好きなのには変わりない。間違いなく大好き。でも、推しへの好きと恋人への好き──そこがハッキリしてないのに、お付き合いなんてしても良いのだろうか?光くんに失礼なんじゃないかと、純粋に引っかかっていて。


 けれども、私がすべてを伝え終えると、光くんは嬉しそうに顔をクシャッとさせていて。クリクリの瞳で私を見つめ返し……こう言った。



「ん〜……俺、正直そんなんどっちでもいい!」

「………え?」

「推しとかいたことないから分かんないけどさ?なにかが微妙に違うんだとしても……どっちの好きでも、別に関係ないよ。だって好きは好きでしょ?」


 穏やかな声でそう言って、


「つーか絶対……恋愛の好きだって思ってもらえるように、俺頑張るから」


 そっと優しく私の手を……両手で包む大きな手。

 かわいい顔には似つかわしくない、男らしい手。



「俺と付き合って?」


 ちょっと甘えるみたいに上目遣いで、もう一度、光くんは言ってくれた。


「……………はい、」


 ぶっきらぼうになんとか返事をすると、光くんは再び私を引き寄せて、抱き締めてくれた。よかったー、とホッとした声で光くんが言う。


「………分かる?俺今めちゃくちゃドキドキしてる」


……うん……やっぱり……。

 最初からずっと聴こえてた鼓動の音は、私と光くん、二人の音だったんだ。



「ドラマの本番より緊張したわ。笑」


 笑いながらそんなことを言ってくれるもんだから、当然キュンとしてしまう。


「俺の仕事……会える時期と全然会えない時期といろいろだし、いっぱい寂しい想いもさせちゃうかもしんないけどさ」

「……うん」

「俺なりに精一杯、大事にします」



 こうして……

 大好きなアイドルは、私の恋人になった…───

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