「───なんでこうなるんだよ……っ」


 芙由との電話を一方的に切った。

 事務所の会議室──週刊誌を思い切りデスクに投げつける。


「おい、光。落ち着けって。今はGSにとって大事な時期なんだよ。分かってるだろ……?」


 マネージャーに諭されても、怒りは静まらない。

 芙由と別れるなんて……そんな選択肢、俺には一ミリもなかったのに。


 その日、メンバーが集められてスキャンダルについて周知があった。今は大事な時期だから、くれぐれも週刊誌には気を付けるようにという指導付きで。


「……みんな……ごめん」


 悪いことはしてない。

 してるつもりなんてないけど、メンバーに迷惑が掛かってるのは間違いない。申し訳なさで顔を伏せる。



「……まぁ、仕方ないよ……な?」

「撮られたのは迂闊だったけど、恋愛は自由だし!」

「これからは気を付けましょう!」

「…………」


 メンバー達から励ましの言葉をもらうけど、心のモヤは取れない。


 泉は黙ったまま、ぼーっと何かを考えていた。



───皆それぞれの仕事で解散した中、泉と俺はペアで収録の予定があり、二人で移動車に乗った。


「泉……」

「……なに?」

「……ごめんな」


 なんとなく気まずくて謝ると、


「うん」


 一言だけ、そう返って来た。別に怒ってる風でも、同情してくれてる風でもない、あっさりとした返事。



「お前さ……なんでいつもそんな冷静なの?」


 口から零れていた言葉───。


 こんな黒い世界にいて、泉だっていろんなものを見てきたはず。それなのにこいつは何も知らないみたいな顔して、いつも目の前の仕事を淡々とこなしてる。


 泉は急な俺の問いかけに一瞬驚いた顔をして。真ん中に空間を開けて隣に座る俺を、真っ直ぐに見た。


「……俺この仕事好きだから」

「……え?」

「あることないこと言われるけど、案外真面目に頑張ってる人のが多くね?」


 柔らかい表情だった。

 なにかが心にグサリと刺さった気がした。



「……あ、そーいえば」


 泉は何か思い出したようにスマホのメッセージアプリを開く。


「伝言頼まれた」

「伝言って………誰から?」

「………ん、」


 スマホを渡されて。開かれていた画面を見る。

 懐かしいアイコンの相手───“Airi”。

 泉と愛梨の、トーク画面だった。


「いま現場一緒なんだよ」

「あぁ……そういえば、ドラマ……」

「うん。で、さっきメッセージ来た」



『ねぇ、光やばいじゃん!』

『うん』

『私テキトーに匂わせといてあげよっか?』

『お前大丈夫なの?』

『別に平気。嫌われるの慣れてるもん♡』


 ほら、と言って泉が次に開いたのは、ネットニュース。


 俺と芙由の記事のすぐ下に………


《優城光、熱愛報道は真っ赤な嘘?!》

《白鳥愛梨『彼女は私よ』アピール開始!堂々と復縁匂わせ?!》



 愛梨のSNSを開いてみる。


 最新の投稿──俺のメンバーカラーを背景にして、俺が私服でよく着ているブランドを身に付けて笑う愛梨の姿があった。


 既にものすごい件数のコメントが付いていて、開かなくても大炎上していることが見て取れた。


「こいつ、SNSの使い方よく知ってんのよな~。良くも悪くも」

 

 泉はスマホをしまうと、視線を正面に戻す。



 愛梨………。



 俺はあの時、ちゃんと話も聞かず、一方的に彼女を切った。


 本人の言葉ではなく……噂話を信じて。




「………最悪だ……俺……」



 俺は愛梨を誤解していたのかもしれない。

 でも……今更真実を知ることなんて……


 もう、できない───




「泉、」

「ん?」

「ごめん、もっかいスマホ貸してくれる?」


 泉は「え…」と小さく溢すと、ついさっきポケットにしまったスマホを取り出して渡してくれた。


「愛梨のトーク開ける?」

「……ん、」


 言うと、驚く様子もなくスマホを操作し、愛梨とのトーク画面を開く。


「どーぞ。ご自由に」


 何も気にしてない素振りでまた正面に向き直った。



───丸いアイコンをタップし、電話を耳に添える。


『……っはーい、何〜?』

『…………愛梨?』

『え?!光?!』


 受話器の向こう側はとても静かで、楽屋なのか家なのか……と瞬時に思考を巡らせる。


『久しぶり』

『……ごめん。私余計なことしたよね?』


 挨拶もすっ飛ばして、不安そうに愛梨は言う。


『うん。かなり迷惑』

『……だよね。すぐ消す。ごめんなさい』


 どんどん弱々しくなっていく愛梨の声を聴いていたら、突っ張ってた感情が解れてきて。



『………でも、ありがと』

『……ぇ?』

『あとごめん。あのときは』


 黙ってしまった愛梨。電話の奥がひんやりと冷たくて、寂しげで。───…申し訳なさが募った。



『……アイドルやめないでよね』

『……え?』

『私みたいに……光を生きる希望にしてきた人、たくさんいるんだから』


 声が微かに揺れていた。

 愛梨の言葉が、身体の真ん中に、突き刺さる。


『……分かってる』

『ならよかった』

『ん、……じゃあ』

『……うん。……………バイバイ』


───…電話を切った。


 さっき急に降ってきた雨が車の窓をポツポツと濡らしていて。俺の視界を震わす。


「……さんきゅ」


 差し出された泉の手に、そっとスマホを置いた。




 “……俺この仕事好きだから”

 泉の───柔らかい微笑み。


 “アイドルやめないでよね”

 愛梨の──泣きべそ混じりの声。


 さあ………どうする?

 これから先、どうやってこの仕事と向き合う?


 俺だって……泉と同じ。

 この仕事……好きだ。


 でもそのために芙由と別れるなんて、俺ん中じゃ、有り得なくて。それならもういっそ……辞めてしまおうと思ってたけど………。


 

  

───残りの移動時間、泉とは一言も言葉を交わすことなく。


 強まっていく雨に心を晒しながら……

 ずっとずっと、考えていた。


 どうする?

 どうしたら良い?

 芙由に安心してもらうには……?

 芙由と安全に一緒にいるには、どうしたら……?



「あ"〜も〜……、……」


 結局また、出口の分からない問いに戻って。

 髪をわしゃわしゃと掻きむしる───




「───光、ちょっと来てくれ」


 移動車を降りると、マネージャーがなぜか俺だけを呼んだ。



「……なんすか?」

「確認してほしいものがある」


 言われるがまま、マネージャーについて行く。



 開かれたPCを覗き込むと……

 事務所の問い合わせフォームから送られてきたとみられるメールが表示されていた。


───────────────

優城光様

お久しぶりです。

にじの家の芳雄です。

ご活躍テレビで拝見しています。

鶴子の遺品整理をしていたら

光のものがいくつか出てきました。

忙しいとは思いますが

時間があるときに取りに来られますか。

しばらく待って連絡がなければ

こちらで処分します。

芳雄

───────────────


 芳雄さん────にじの家の施設長。

 俺が施設を出た原因の人だ。


 芳雄さんとは馬が合わず、しょっちゅう喧嘩ばかりしていた。その度に鶴子さんを困らせて、すごく胸が痛かったことを覚えてる。


 15歳で家出をし、自立して生きていくことを決めたのも、芳雄さんと同じ屋根の下で暮らすことにうんざりしたから。


 今更遺品整理って……なんなんだよ。ムカつく。


 そうは思いながらも、鶴子さんが残してくれてた俺のものが何なのか気になって。マネージャーに返信してもらい、芳雄さんに会いに行くスケジュールを押さえてもらった────

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