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「──…んで?どうなのよ」
「………なにが」
新曲のレコーディングの合間、ぼーっとしていた俺の肩をポンッと叩く司。噂好きの中学生男子みたいにニマニマして、俺の隣に座った。
「芙由さん。あの後どうした?」
「どうしたって……家まで送っただけ」
「ほぉ~!!」
わざと大げさに茶化してくる。
「家に連れ込まなかったんだ?笑」
「あほか。んなことするわけねーじゃん」
「………まぁ、光はしないよな。笑」
そう。俺のガードの堅さはメンバー内でも有名だ。実際、愛梨と付き合うまでは女性芸能人の連絡先なんて1つも知らなかったし。
ましてやこのSNSの時代、どこで何を発信されるかも分からないような一般の女性となんか、恐くて関われなかった。
「なんか理由があんでしょ?」
「………え?」
「光がそんな積極的になってんだもん。普通に何かあるの分かるって。笑」
やっぱり……司には、なんだって気付かれてる。
──────────────────
Glowing Stars 優城光くんへ
初めまして。
人生で初めて推しができた記念に
ファンレターを書いてみました。
Glowing Starsと光くんに出会えて
毎日が幸せです。
生まれてきてくれてありがとう。
命ある限りずっと応援し続けます!
芙由より
──────────────────
ほんの些細なきっかけだった。
芙由さんからの初めてのファンレターを読んだその日は──俺の大切な人の、葬式の日だった。
俺を育ててくれた、大切な大切な人。
母親も同然の存在……鶴子さん。
葬儀会場は、彼女が大好きだった紫陽花でいっぱいにした。施設のみんなの総意で、そうすることにしたのだ。とりわけ好きだった紫の額紫陽花で遺影を囲った。
自分にとって唯一無二だった存在の死に、家に帰ってからも呆然としていた。マネージャーのせめてもの計らいでその日は一日オフを貰えていたけど、何もする気にはなれなかった。
───そんな中、ふと、マネージャーが持ってきてくれたファンレターの山が目に入って。
きっと、親同然の存在を失ったショックを少しでも和らげようと、ファンレターを持ってきてくれたんだろう。
読む気にはならなかったのに、自然とその中から一枚の手紙に手が伸びていた。
紫の額紫陽花が描かれたレターセットだった。その柄は、さっき彼女の遺影を囲っていたものとよく似ていた。
封を開け、中を開くと、なんとも言えない懐かしさを感じた。
……芙由さんの字を見て。
『生まれてきてくれてありがとう。』
その文を読んだ瞬間、ぶわっと涙が溢れてきた。
通夜でも葬式でも少しも泣けなかった俺だったけど……閉じ込めていた感情が爆発するように、ただただ泣いた。
その言葉は、鶴子さんがいつも俺に言ってくれていた──魔法の言葉だったから。
──────
───
にじの家。
俺が育った養護施設の名前。
世間には公表していないけど、俺は3歳〜15歳までを施設で過ごしている。鶴子さんはそこで働いていた養護教諭だった。
俺の母親は生まれてすぐに事故で亡くなり、父親は女性を取っ替え引っ替えしてるうちに、家に帰って来なくなったらしい。
3歳までは、父親方のばあちゃんに育てられたけど、そのばあちゃんも病気を患ってしまい、泣く泣く施設に俺を預けに来た。
……と、鶴子さんからは聞いている。
鶴子さんは、俺が施設にいた当時50代だったと記憶している。見た目も若々しく、溌剌としている人だったけど、どこか『おばあちゃん感』のある人だった。
物作りが好きで、いろんなものを手作りしてくれた。もちろん料理も上手くて、俺は未だに鶴子さんが作ってくれたオムライスを食べたくなるときがある。
幼少期は、良いことも悪いこともさまざまなことを経験した。学校で、施設育ちであることを揶揄われたり、いじめられることもしょっちゅうで、泣きながら鶴子さんに話を聞いてもらうことも何度もあった。
──…そのたびに鶴子さんは言ってくれたんだ。
「光と出逢えて、私はとっっても、嬉しいのよ。
生まれてきてくれてありがとうね。産んでくれたお母さんに、感謝しないとね」
今の俺が真っ当な感覚で成長できたのは、紛れもなく鶴子さんのお陰だ。今でもしんどくなる度に、鶴子さんの言葉を思い出す。
そうすると魔法みたいに辛さが和らいで……
また、頑張れる。
そんな施設生活の中でも一番記憶に残ってるのが、小学生の頃、鶴子さんの勧めで始めた“文通”だ。
ある日、鶴子さんは《文通友達募集》と書かれた女子中高生向けのお料理雑誌の切り抜きを俺に持ってきた。字の練習にもなるし、外の世界を知る良いきっかけになりそうだと、なぜだか鶴子さんはノリノリだった。
文友募集掲示板、と頭に書かれたその切り抜きには、数人が募集文を記載していた。俺はその中から、同じ県内に住む一人を選んで手紙を書いた。
最初の1通目はすごく気恥ずかしかったけど、鶴子さんが一緒に文章を考えてくれるその時間が楽しくて、俺はワクワクしながら、毎月手紙を書いた。
1年くらいは定期的にやりとりが続いたものの、俺もまだ小さかったし、いつの間にか終わっていった。
俺が他のメンバー達よりファンレターを積極的に読む理由は、もしかしたら過去の文通の思い出があるからかもしれない。
このデジタルな時代でも、俺は手紙が好きだった。どんなプレゼントをもらうより嬉しかった。
───
──────
……そんな過去はさておき。
まったく同じ紫陽花柄のレターセット──芙由って人からの手紙が毎月必ず届いてることに気付いて以来、マネージャーが持ってきてくれる大量のファンレターの中から、宝探しみたいにその額紫陽花柄の封筒を探すようになっていった。
丸っこくて温かみのある文字で、何かいつも心が軽くなる言葉を書いてくれてる。
いつしか彼女からのファンレターは、俺のアイドル活動の原動力の一つになっていた。
いつかこの『芙由』という人に会ってみたい。
そう思ってはいたけれど……
「………なるほどね~。そんな運命的なファンレターの送り主と出会ってしまったわけか」
「………うん」
俺の話を聞き終わると、司は晴れやかな顔で言った。
「よし、光!これはきっと……運命だ!」
「…………は?」
「相手はファンなんだし、勝ち戦じゃん!」
「…………」
それに……と言って、司はスマホを取り出して俺にある画面を見せる。
「こっちももう、よろしくやってるみたいだし?」
<<白鳥愛梨、新恋人発覚!!>>
<<優城光の次は今年大注目の若手俳優S!!>>
「…………」
「切り替え速すぎだよな~。さすが鋼のメンタル。笑」
………愛梨なんて……もう、どうでも良い。
それに……俺は気付いてしまった。
俺は今……
愛梨に対しては感じたことのなかった気持ちを持っている。
この人のことをもっと知りたい。
連絡したい。また会いたい。
今感じているすべての感情が、人生で初めてだ。
「…………司」
「……ごめん……さすがに言い過……」
「お前、俺を煽る天才だな」
俺は男としての、小さな覚悟を決めた───
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