3
手渡された紙袋の中には……
約3年分──36通以上の私が送ったファンレターが、すべて綺麗に収められていた。
「……これ……え……うそ……」
「芙由さんがくれた手紙。全部読んでますよ、俺」
「…………」
「いつか会えたら御礼言いたくて、全部残してました」
何も声を発することができない。
だって……やっぱり、涙が出てしまいそうだから。
元々、読んでもらえるはずがないと諦めを含みながら毎回書いてたファンレター。3年書き続けたら、1通くらいは本人の元に届くかもしれないと。
そのくらいの低い低い期待の中で書いていたのに。
まさかすべて読んでくれているとは。
おまけに全部取っておいてくれてるなんて……。
泣きそうだけど、泣きたくはなくて。
グッと涙をこらえる。
光くんはこれまで自分に会って泣いちゃう女の子をたくさん見てきたんだろうな。
涙をこらえる私を、慣れた感じで微笑みながら見つめてくる。……恥ずかしい。
ふぅ~っと深呼吸してから、光くんを見た。聞きたいことがたくさんあるんだ。泣いてる場合じゃない。
「……どうして私って気付いたんですか?」
「ははっ、だってこれ」
そう言うと、光くんは私が送った中で最新のファンレターを手に取った。
「先日は娘がお世話になりましたって、書いてるし。名前も、ここにほら。笑」
ファンレターに記した私の名前を指さしながら、またさっきと同じように、嬉しそうに笑ってる。
間近で見る大好きなアイドルの笑顔……まるで私との会話を楽しんでくれてるようで、胸が熱くなる。
「でもまさか……読んでないと思って……」
しどろもどろになりながら私が言うと、
「読んでるかも分かんないのに、3年も毎月書き続けられるって凄いことですよね」
「……そんなの……たいしたことじゃないよ……」
光くんのためなら、毎日だって手紙を書ける自信がある。……まぁさすがにそこまですると、自分自身に幻滅しそうだから、月1回と決めていたんだけれど。
「でも、光くん、他にも沢山貰ってるでしょ……?」
毎月何百通と届いてるに違いないファンレター。
その中で、私の手紙がこんなにきちんと読んでもらえたことは、本当に奇跡としか思えない。
光くんは、ふっと笑いながら、こう言った。
「たしかに沢山貰いますけど……きっちり毎月欠かさず1通ずつくれる人なんて、しかも3年間ずーっとなんて、そうそういませんよ?笑」
それに……と、彼は少し言いあぐねているかのような様子で、くるりと身体を車の前方に向けつつ、付け加えるように言った。
「──俺……芙由さんの字、好きなんすよ」
字………?
まさかの言葉に唖然としてしまう。
字なんて全然上手じゃないのに。なんならコンプレックスなくらい不恰好な字。
毎回ファンレターを書くときは、渾身の集中力をもって、ほんの少しでも綺麗な字だと思われたいなって頑張っていたくらいの……丸っこい癖字。
光くんはまた後部座席にいる私の方を振り返って言った。
「安心するってゆうか……なんか懐かしくなる字で。きっと温かい人なんだろうなぁって思ってました」
「え……そんな……。全然上手じゃないのに……」
「上手いとか下手じゃないんですよ。人の内面が出ますよね、字って。笑」
そんな風に言ってくれる彼の字が、決して綺麗ではないことを、ファンの私は知っている。
でもたしかに、私も光くんの字が好きだ。不格好だけど、どっしりした字。不器用でまっすぐで、でも実はとても繊細な彼の人間性がよく出てる……そんな字だ。
「それに……なんかいっつもグッと来ること書いてくれるし。笑」
恥ずかしそうに笑ってる、愛しのアイドルからの誉め言葉。
「……ありがとうございます」
嬉しすぎてもう、どうしたら良いのか分からないから、とりあえずボソリと御礼を言った。
「つーか芙由さん、リアクション薄すぎて俺のこと知らないのかなって思ってました。笑」
あ……初めてダンススクールで会ったあの日かな?
だってそれは……目の前の光景が信じられなすぎて。ただただ、目の前に光くんがいる現実を理解するのに精一杯だったから……。
「なのにLIVE来てくれてたから、驚きましたよ。笑」
話していて、思う。ファン相手にもちゃんと敬語を使ってくれる……こうゆうところ。礼儀正しくて真面目で、どんなに人気者になっても決して驕らない。一流芸能人なのに、感覚が一般庶民に近いところ。
やっぱり私は、光くんが大好きだなぁ。
「LIVE……気付いてくれたんですね……」
「そりゃもう。結構見えるんで、顔もしっかり」
じゃあやっぱり、私に言ってくれてたんだ。
『きてくれてありがとう』って。
「しかも芙由さん、泉の担当なのかと思ったし……」
と、ちょっとむくれて見せる光くん。……キュン。
「ペンライト青だったからさ、あー……泉が好きかぁって。あのとき一瞬、俺凹んだ。笑」
柚からも聞いていたけど。
凹んでたとは………なんて可愛いんだろう。
「……ごめんなさい。光くんに見惚れてて……ペンライト戻すの忘れちゃっただけです……」
「ははっ、そっか。んならよかった」
光くんはなぜか安心したようにそう言った。
「………」「………」
車の中で、大好きなアイドルと二人きり。
……かれこれ10分くらいは経ったかな?
何分経とうが、何時間経とうが、慣れることなんてない気がする。光くんに伝えたい想いは、たんまりと胸に抱えているのに……。
いざとなると、何を話したら良いのかさっぱりだ。極度の緊張状態で、喉もカラカラ。
すると……
光くんの口から、信じられない言葉が。
「あの……連絡先、教えてもらっても良いですか?」
えっと……これは……
夢でしょうか?幻でしょうか?
光くんから連絡先を聞かれる世界線に……
いま、私は、いる?!
いやいや、まさかそんなことあるはずない。というかそもそもファンに連絡先を聞くその心は……?
さっき「ファンにこうゆうことするの初めて」って言ってたよね……?
もしかして光くん……実はとっても遊んでる人なのかも。アイドルってやっぱり女性関係派手なのかな。
……いや、そんなはずないよ。だって光くんだよ?
私がずっとずっと見てきた光くんは、決してそんな人じゃない。うん、絶対違う。
あぁ……ダメだ。脳内の独り言が止まらない。
「……って、ごめんなさい。俺すげーチャラい奴に見えてますよね?笑」
まるで私の心の中を読んだかのようにそう言って、光くんは気まずそうに頭を掻く。
「でも俺、ファンの人に連絡先聞くのも、人生で初めてです。……これもまじ」
信じられないことが今起こっている訳だけど………
でも、私は知っている。彼がどれだけプロ意識の高い人なのかを。……きっと彼の言っていることは本当だ。ほんの数秒前、一瞬でも疑いの心を持ってしまった自分を引っ叩きたい。
「……良いんですか?私なんかが……。ただのファンなのに、連絡先聞いてしまっても……」
やっぱり頭を過るのは、そんな言葉。
「ははっ、良いも何も。俺が知りたいんです」
なんの迷いも滲んでいないその瞳。私は恐る恐るスマホを取り出すと、メッセージアプリの画面を開く。
でも……緊張で手がガタガタ震えて……
「……貸して?」
そんな私の様子を見かねて、光くんはさりげなく私のスマホを取り上げた。
「……はい、これ俺ね?」
そう言って、私の連絡先に追加された“Hikaru”という名前のアイコンを見せて、スマホを返してくれる。
「………」
……良いの?ほんとに?
世の中に数十万数百万人いるファンの内の、米粒みたいな一人にすぎない一般人の私が……光くんの連絡先なんて知ってしまっても……?
そんなことをグルグル考えて、スマホを見つめたまま固まる。
「……絶対連絡します。返信下さいね?」
「…………はい」
──…光くんは「これから仕事だから」と、そのまま車に乗り、帰って行った。
仕事の前にわざわざ会いに来てくれたの?
いやいや……きっと他にも用事があったんだよね。
馬鹿みたいに自惚れそうになる気持ちを、無理矢理胸の奥底に閉じ込めて、ダンススクールの中へ戻る。
待合スペースの隅の椅子に座って、楽しそうに踊る柚をぼーっと眺めながら、レッスンが終わるのを待った。
───…その日の夜…
「……絶対連絡します。返信下さいね?」
そんな言葉に独り舞い上がって、家事の最中もスマホが手放せない。
何度も何度もメッセージアプリを開いてしまう。
「……なんか私……バカみたい。笑」
ちょっと笑えてきた。
正直、頭の中が99%、光くんになっていて。残りの1%で、何とか日常を過ごせてるような状況。
連絡なんてきっと来ないよ。ただ毎月ファンレターを書くような熱心なファンとの繋がりが欲しかっただけなのかも?
気持ちを落ち着かせ、普段通り柚を寝かし付ける。
いつもなら一緒に寝落ちしてしまう私だけど、やっぱりどうにもこうにもスマホが気になって。
気付けば、時刻は0:00を過ぎてしまった。
いい加減寝ないと。明日も仕事なのに。
そう思ってスマホを充電器に繋いだ……
その時───
──…ピコンッ
メッセージの通知が画面に表示された。
『今仕事終わりましたー。もう寝てますよね?』
『今日はありがとうございました』
『おやすみなさい』
“Hikaru”という名前。
トーク画面に連続で並ぶメッセージ。
「……既読……付けちゃった」
慌てて開いたもんだから、ソッコーで既読を付けてしまった……。
「返信どうしよう」
既読を付けてしまったからには、返信しなきゃだよね……。
『お疲れ様でした』
『おやすみなさい』
悩みに悩んだ挙句、そう返信をした。
スマホを充電器に乱暴に挿し直し、天井を向いて、目をギュッと瞑る。
ドクドク……ドクドク……。
心臓が飛び出しそうなほど上下してるのを感じる。
返信、あれで良かったんだろうか?
もう読んだかな……?
気になって、やっぱりどうしても、気になって。
チラッとスマホを見た私は……
思考が一瞬停止した…───
『次のオフ、会いに行きます』
………光くんが?……私に会いに来てくれるって?
いやいや、そんなはずはない。
きっと誰かへのメッセージを送り間違えたんだ。
………とゆうか、なんで?
なんで光くんは私にこんなに構ってくれるの?
一応、3年以上ファンだから?信用してくれてるってことなのかな。でもきっと、私よりも前から光くんを応援してる人だって沢山いるよね……。
その日は結局、頭の中の独り言が止まらず、ほとんど眠れぬまま朝を迎えたのだった…──
──…それから、1ヶ月が経った。少しずつ本格的な寒さが近づいてきていて、私の勤めるコンビニの陳列棚も、商品の入れ替わりが進む。
『次のオフ、会いに行きます』
光くんはあの衝撃的なLINE以降、たったの一度も連絡してこなかった。……そもそも私が返信してないんだけど。
やっぱり何かの間違いだよね?
うん、そうだよね、絶対そう。……なんて考えてるうちに、返信のタイミングを失ってしまったのだ。
でも心の奥底では、光くんからまた連絡をくれるのをちょっと期待してしまっていて。
“いかん、いかん。相手はトップアイドル。私はただのファン”……と自分に喝を入れる日々。
「今月のファンレター……どうしよう……」
差出人が私だと本人に知られてしまい、それを彼が全て読んでくれてることを知ってしまった以上、今まで通りファンレターを送るのは“あざとい女”と思われそうで……。ちょっと躊躇われる。
とはいえ伝えたいことが山程あるのは相変わらずだから、書かずにもいられなくて。結局書くだけ書いたファンレターは、ポストに投函できず……鞄の中に閉まったまま。
「……はぁ……っ」
どうしちゃったんだろう、私。
トップアイドルにちょっと構ってもらえたからって、完全に浮かれぽんちになってるよ……。
いや、でもきっと、誰だってこうなるよね?!
ずっとずっと大好きだったアイドルと知り合えたら、きっと誰でも浮かれてしまうはず……だよね。
って、自分を正当化してみたりして。
現実的に考えたら、警戒心の強い光くんがファンと交流を持とうとすること自体が、有り得ないこと。
やっぱりあれは夢だったのかも。
うん、きっと何かの間違い。
今週の土曜日、ダンススクールで会えなかったら、もう考えるのはやめよう。
そう決意して、棚に商品を陳列していると────
「……あ、いたいた」
入店を示すメロディと共に、大好きな声が聴こえた気がして。
あぁ……、ついに光くんの声が空で……幻聴まで聴こえるようになってしまったか……。
そんな自分にさすがに呆れながら、お店の入り口へ顔を向ける。
「いらっしゃいま………えっ?!?!」
「芙由さーん」
サングラスに全身黒い服を着た光くんが、ニコニコしながら近づいてくる。そして、その横には……
「初めまして~、芙由さん」
スラッと背が高く、スタイルの良い男性。こちらもサングラスをしているけど……
「司……くん……?!?!」
紛れもなくその姿形は、メンバーの司くんだった。
「光から聞きました。LIVE来てくれてありがとう!」
「え……、あ……いえ……、楽しかったです……」
パニック!パニック!もう訳が分からず、しどろもどろになりながら返答。
というか、いかんせん目立ちすぎてる二人。
芸能人オーラ、溢れ出すぎてますよ……。
……というか、待って?
なんで私がここで働いてること知ってるの?
「……あ。いま芙由さん、“なんでここで働いてること知ってるの?”って、思ったっしょ?笑」
私の心の内を見透かしたように、光くんは言った。
無言で頷く。
「ごめんね、柚ちゃんに前聞いちゃった。駅の近くのコンビニで夜働いてるって」
……そっか。柚が言ったのか。
謎が一つ解けてホッとしていたら……
「芙由さん、仕事終わったら時間ありますか?」
「……へ?!」
「司は明日舞台の稽古だから、このまま帰るんすけど、俺は明日丸一日オフなんで。夜勤って何時までですか?」
「……朝6時まで……ですけど……」
時刻は現在AM2時。あと4時間もある。
「りょーかい。じゃ、一旦司を家まで送って、どっかで仮眠してから迎え来ますね」
……え……今なんて?……迎えって?……え?
じゃあ後で!って去ってこうとする光くんを、慌てて呼び止める。
「あの!」
「ん……?」
「朝はけっこうお客さん来ると思うので……その……誰かに見られたりとか……大丈夫ですか……?」
この時間はお客さんなんてほぼ来ないから、こうして店内で普通に話せてるけれど。朝は大変なことになる気がして、光くんが心配になる。
「ははっ、分かりました。じゃあお店の裏に車停めとくんで、終わったら来て?」
「……はい」
「気にかけてくれてありがとう」
そう言って微笑んで、先にお店を出て行く光くん。
「芙由さん、今度娘ちゃんに会わせてね!俺のこと好きなんでしょ?笑」
司くんも笑顔でそう言うと、じゃ、と光くんに続いてお店を出た。
………待て待て。
今これ……どうゆう状況?!
ここ数ヶ月、信じられない出来事が次々と起こるから、頭の中はパニックを通り越して完全にフリーズ。
「……とりあえず……仕事しなきゃ……」
まったく働かない頭で何とか業務をこなし……
迎えたAM6:00───
「おつかれさまー」
「……おつかれ………さまです」
コンビニの裏に停まっていた、以前一度だけ乗ったことのある高級車に近づく。窓を開けて手を振ってくれる光くんが見えた。「乗って」と後部座席に促され、言われるがまま車内へ。
「柚ちゃんは?実家ですか?」
「……え、あ……はい、そうです」
目の前のスーパーアイドルは、オンオフ関係なく、何度会ってもオーラがすごい。
かっこよすぎて相変わらずガチガチになってる私。
「実家ってどこ?」
「へ?!」
「俺、送ります」
………いやいやいや。そんなの……だめだ。
推しがアッシー……いや、やっぱりだめだめ。
「いえ、あの、大丈夫です!すぐ近くなので……」
私が慌てて答えると、
「あ、5分とかで着いちゃう感じ?そしたらちょっと遠回りさせて下さい。笑」
そう言いながら、ナビをタップして「住所教えて?」と聞いてくる光くん。
……光くんのファンの皆様。
Glowing Starsのファンの皆様。
ごめんなさい。
今から光くんに送迎をしていただきます。
どうか……お許しを……!
職場のコンビニから2駅先にある私の実家──というか、今住んでる家。車だと20分ちょっとの距離。
「えっと……住所は……───」
「おっけー」
運転する光くんの後ろ姿にドキドキしつつ、やっと答える。
「ははっ、もうそれやめましょうよ。笑」
光くんは、なぜだか可笑しそうに笑って……
「敬語やめません?」
「え?!」
「なんか距離感じて嫌なんで。……あ、でもきっと芙由さんの方が俺より年上だから、タメ口OKの許可ください。笑」
きっと、というか……
私、光くんより10歳近く歳上なんですけど……。
そもそも、スターと一般人以前に、こんなに歳も離れている。ほんとに、なんでこんな風に車に乗せてくれたり、わざわざ職場に会いに来てくれたりするんだろう?
もしかして……?
ネガティブな思考が、またもや頭をよぎる。
私がこれまで3年以上ずっと見てきた光くんは、実は嘘の顔で……
本当はやっぱりチャラチャラした遊び人……なの?
「芙由さん?」
「……はい…」
「俺の印象、会ってからどう?変わった?」
またも私の心の内を見透かすような光くんの質問に、ドキッとする。
「え、んーと……変わってはない……ですけど……」
「けど?」
「………なんで私に……こんなことしてくれるの?」
ここぞとばかりに勇気を出して聞く。
私は、かなり疑い深い顔をしていたらしく。
「ははっ、そりゃそう思うよね。笑」
そう言って、前方に向けていた視線を私に移して。
「そんなのさ………」
「気になるからに決まってるでしょ?」
……あの……もうダメです、私……。
全然頭が働きません。
……気になるって何……どうゆうこと?!
夜勤明けで疲れた脳で、今の状況と光くんの発言を必死で整理していると、
「……あ、そういえば」
光くんが口を開いた。
「今月はくれないの?」
「へ?!」
何の話かと思考を巡らせてもさっぱり分からない。
「……ファンレター。俺ずっと楽しみに待ってんだけど。笑」
「え……あ、それは……」
ずっと投函できずにバッグの中に眠っている今月分のそれを……ゆっくりと取り出す。
「なんだか出せなくて……。顔知られてしまったし、あざといかなって。笑」
「ははっ、なんだよあざといって。笑
ちょーだいよ。俺の癒やしなんだから」
“俺の癒やしなんだから”
……そんな。
……そんなそんなそんな。
「ん、」
運転席から後ろに伸ばされた男らしい手に、ファンレターをそっと乗せた。
「……どうぞ」
光くんは「ありがと」と、嬉しそうな声で受け取ってくれて。
「あー……、まじで会えたんだなぁ俺。芙由さんに」
「……え?」
「ずっと会ってみたかったから」
……えっと……それは、なぜでしょう……?
「知ってるでしょ?俺が一目惚れしないこと」
「え……あ……うん」
雑誌のインタビューなど隅々まで読み込んでる私。光くんの恋愛観なんて、当然バッチリ頭にインプットされている。
「でも俺ね、人生で初めて一目惚れしたかもしんなくて」
「………?」
ミラー越しに、サングラスの奥の瞳と、パチっと目が合う。
「芙由さんの、手紙に」
「へ?!」
光くんは、今さっき渡したファンレターを大切そうにサンバイザーのポケットにそっと挟んだ。
「俺……芙由さんのこともっと知りたいんです」
彼が真剣に言ってくれてるのは、伝わる。
「でも……」
「……ん?なに?」
「私……全然なんにもない人間ですよ……?」
「え?」
「知ったところで、中身すっからかんです。笑」
そう。私はごくごく普通の一般人。光くんみたいな特別な存在なんかじゃないから。
コンサートに行った時につくづく感じた、アイドルと一般人の差。
それがまた露呈するのは……正直、悲しい。
チラッとミラーを見ると、表情を変えずに前方を見つめている光くん。
「……そんなのさ」
「………」
「俺だってなんもないよ?」
「いやいや……そんなことは……」
「だって俺、職業がアイドルってだけだし。中身は普通の、なんもない人間だもん。笑」
と、ちょうど私の実家へと到着した車。
光くんは後ろを振り返る。
「なんにもない芙由さんのこともっと知りたいし。アイドルの俺じゃないなんもない俺のことも、もっと知ってほしい」
サングラスを取って……ちゃんと視線を合わせてくれた。
「また連絡します。今度は既読スルーやめてね?笑」
こうして夢のような20分間が終わり、車を降りて。
立ち去る高級車に小さく手を振りながら、私はその場でしばらく動けずに立ち尽くしていた───
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