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Glowing Stars 優城光くんへ
推しがいる人生は
最高に楽しくて、幸せです。
頑張りすぎないでほしいけど
頑張ってくれて、ありがとう。
芙由より
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「柚?行くよ」
「はーい!」
娘の柚は、小学1年生。
土曜日の午前中、一緒にある場所へと向かう。
「──柚、お手紙いれる?」
「うん!」
途中、娘の手でポストに手紙を投函。
どうか光くんの元へちゃんと届きますように……!
読まれず事務所のスタッフさんに破棄されるなんてこと、ありませんように……!
それから向かった先は、小さなダンススクール。
「ママ、ばいばーい!」
「柚、楽しんでね」
有名な講師がいるらしいこのスクール。歌ったり踊ったりするのが大好きな柚は、半年前から毎週土曜日、ここに通っている。
ほとんどの子が小学校高学年の中、ポツンと低学年の小さな柚も混じって踊る。
スタジオの外の待合スペースの椅子に腰掛けた。
高学年の子達の親御さんは子供を置いて迎えにくるスタイルなので、待合スペースには、毎週私だけ。
“柚が男の子だったら、TR事務所に入って欲しかったなぁ〜”
なんて、ミーハーな母親でごめん、と思いつつ。
楽しそうに踊る柚をぼーっと眺めていると、
「お疲れでーす」
………あれ……?……この声……?!
毎日私を癒してくれる大好きな人の声に似ている気がして、振り返る。
「え……、う……そ……でしょ……?」
驚きすぎて声が上手く出せず、小さく呟く。
いつも画面越しに見ている彼……さっきファンレターを出したその宛名の彼が、そこに立っていた。
入口から死角になってる私にはまったく気付いていない様子。
「あ、すいませーん、真野先生いますか?」
受付に声を掛けている大好きな憧れのアイドル。
その姿をただ呆然と見つめていると……
「っ?!?!……びっくりしたーっ、」
ようやく待合スペースの隅にいる私に気付いた彼。尻もちをつきそうなくらい驚いてる。驚いた拍子に痛めてしまったのか、首をしきりに触っている。
「ごめんなさい……俺、全然気付かなくて。笑」
「………いえ」
どうしよう……全然うまく喋れない。
ドキドキしすぎて、目も見られないや。
“首……大丈夫ですか?”
口先まで言葉が来ているのに上手く声が出せず、独りガチガチに固まっていると…───
「あー!!優城光だー!!」
「うぉー、すげー!!なんでいんのー?!」
光くんに気付いた生徒達が、スタジオの中から大きな声で叫んでいる。
「おう、光。久々だなぁ」
真野先生。柚の担当講師ではないから、今日初めて見た。この人が噂の有名講師らしい。一見、髭を生やしたダンディーなただのおじさん……なのに。
「先生、お久しぶりです。今日オフで時間あったんで来ちゃいました」
まさか……光くんと知り合いだったなんて………。
それから光くんはしばらく、真野先生と一緒に子供達にダンスを教えてくれた。オフの光くんをこんなに近くで見ていられるなんて、なんだか頭がおかしくなりそうだ。
しかも、見学者は私のみ。贅沢すぎて、申し訳ない気持ちにすらなってくる。
「はい、じゃあまた来週!」
「ありがとうございました!!」
夢のようなレッスン時間が終わり、次々とお迎えが来る。光くんは先生と事務所の奥に行ってしまい、他の親御さんは誰も彼の存在に気付いていない。
「ママ〜!ねぇ、今日ね、優城光が来たんだよ!」
「え?!嘘ー?!」
……そんな会話が聞こえ始める。
まだ事務所にいることを知って、入口で待ち伏せをしている親御さんもチラホラ。
もちろん私も………ヲタク心に火がついてしまい、どうしてももう一目会いたくて……。
「皆さん!すみませんが、優城くんは真野先生とお話されてますので、まだ当分出て来ないと思います。次のレッスンの開始時間となりますので、お帰りください」
受付の方が声を掛けてきた。10分後に、真野先生以外の別の講師が行っているレッスンが始まるらしい。
スタジオの外に目を配ると、たしかに次のレッスン生らしき子供達が入口の外で困り顔をしていた。
仕方ない。諦めて帰ろう、と動き出したとき……
「あ、待って……!」
「……ふぁぇ?」
間抜けな声を出してしまった私。
「きゃー!!」と悲鳴のような声を出す親御さん達。
人だかりをスルッと擦り抜けて……なぜか私に近付いてくる大好きなアイドル。
「……さっきはすいませんでした」
「……はい?」
「あんな驚いちゃって……ごめんなさい、失礼でしたよね」
……なんて良い子なんだろう。
そうそう、こうゆうところ。バラエティやメイキング映像で見てきた彼のこうゆう優しさに、私は沼落ちしてしまったんだっけ。
「全……然……大丈夫…です……」
やっぱり緊張で上手く喋れず、なんとか答える。
「ならよかったです」
光くんはほっとしたような笑顔を見せて、ぺこりと軽く頭を下げると、再び事務所の方へ戻ろうとクルッと後ろに向き直った。
「……あ、あの……!」
勇気を出して呼び止めると、一瞬顔を歪めて首を押さえながら振り返ってくれた。
「……首、大丈夫ですか?……さっき痛めちゃいましたか……?」
「あ、え、これ??違います!寝違えただけなんで、気にしないでください!笑」
そっか。よかった……。ほっとしていたら、
「──優城くん、握手してください!!」
後ろから次々と親御さんたちが押し寄せ、光くんの周りにはあっという間に人だかりができた。
「……柚、行こっか」
「うん!」
私はなんだかふわふわした気持ちのまま、静かにその場を後にした。
「…──ママ~、よかったね!」
「ん……?」
「光くんに会えて!」
柚がニヤニヤしながら、私を覗き見てくる。
「柚は司くんが良かったな~」
「あはは、そうだね、残念。笑」
……そう、柚はGSのメンバー、司くんを推している。
柚の推しの司くんは、光くんの親友でもあり、優しくて爽やかな男の子だ。我が娘ながら、なかなか良いセンスをしてると思う。
「ママ、なんで言わなかったの??」
「なにを?」
「光くんに”大好き”って!」
そんなこと……とてもじゃないけど……
「……恥ずかしくて言えなかったなぁ。笑」
「えー、言えばよかったのにー!」
柚とそんな会話をしながら未だフワフワした頭で自宅に着き、テレビを付ける。
「……光くんだ」
きっと先月あたりに収録したのであろうバラエティ。今日会った本物の彼とは違う髪型で、楽しそうに笑ってる。
「……かっこよすぎたけど……普通に……人間だった……」
夢のような出来事に、私は独り言が止まらなかった…───
─────3ヶ月後…
その日私は、柚と一緒にGlowing Starsのコンサートに来ていた。
あの日以来、「また光くんに会えるかも」と毎週ドキドキしながら、柚のダンススクールの送迎をしたけれど……結局、光くんは一度も現れなかった。
生半可じゃない忙しさだろうし、当たり前だよね。
ちょっと残念に思いながらも、3ヶ月ぶりに生の光くんと会えるこの日を、私は心待ちにしていた。
「うわぁ〜!すご〜い!」
「すごいね!思ったより会場大きい……」
会場に入ると、セットに大興奮の親子二人。私も柚も、LIVEに参戦するのはこれが初めてだった。念願のコンサート……!
キョロキョロしながら、なんとか自分たちの席を見つけて着席する。
「司くん、近くに来てくれるかな〜?」
柚は純粋な瞳をキラッキラ輝かせてるけど……
一方の私は……
「…………」
無言になってしまうくらい、2階席からステージの距離は……ものすごく遠く感じた。
そっか……この距離か。
そうだよね……そりゃ、そうだ。
遠いステージをぼんやり見つめながら……
“アイドル”と“一般人”というその差を、改めて思い知らされる。
たった一回会って、ほんの少し会話できただけなのに。勝手に親近感を持ってしまっていたけれど。
当然のこの距離感を目にして……
ほんの少し、虚しい気持ちになった。
コンサートが開演する。遠い所でキラッキラの衣装に身を包む光くんを、必死に目で追う。
私の位置から一番近いステージに、2番人気の泉くんが来た。ペンライトをメンバーカラーの青に変え、フリフリと振る私。
泉くん……遠目で見てもやっぱりカッコイイなぁ。美しいお顔。
大好きなアイドルグループと同じ空間にいられるなんて、最高の時間。幸せな時間……の、はずなのに。
なぜだか、胸の奥の虚しさは、徐々に大きくなってくる。
アイドルとファン。
どちらも同じ人間のはずなのに、どうしてこんなにも世界が違うんだろう……?
キラキラ輝くGSのメンバーと、米粒みたいな私達。
私という人間は、彼らと比較するととてもちっぽけな存在なんだなぁ……なんて、当たり前のことなのに、なぜだか無性に切なくなってくる。
輝かしい空間の中で、そんなことを冷静に考えてしまう自分に嫌気がさしてきた時……
次の曲が始まり…────
「え……?!」
すぐ目の前に、光くんを乗せたクレーンが現れた。必死でペンライトを振る。赤に戻すことも忘れて。
すると……
「──きてくれてありがとう」
ピタッと視線が……合ってる気がした。
今……私に向かって言ってくれたのかな……?
もしかして、ダンススクールで話した保護者だって気付いてくれたのかな?!
「──……ねぇ、光と目ぇ合った!!……っもー……泣く……っ」
「いま絶対見てたよね!良かったね〜、おめでと〜!!」
隣の若い女の子2人が話す声が聞こえる。
なーんだ、そっか。……そうだよね。
きっとここにいる皆が、自分と目が合ったように感じるんだよね。
「……光くん…」
本人には届きっこないような小さな声。
遠くなってゆくクレーン。
そのてっぺんで一番に輝く光くんの後ろ姿を見つめながら、溜め息が漏れ出た。
あーぁ……どうしてこんなに虚しい気持ちになるんだろう?あの日、会えない方がよかったのかな?
変に親近感なんて持ってしまったからこんな気持ちになるんだ。……うん……きっとそう。
『アイドルとファン』
画面や雑誌を見て応援してるだけじゃ分からなかった、その明らかな距離感をまじまじと見せつけれたような気持ちになって。
幸せいっぱいなはずのLIVE後、初のLIVEに大満足の柚とは対照的に……私はちょっぴり、落ち込んだ。
───それから2週間経った頃…
娘の柚は、母親の私の期待以上にダンスにのめり込んでいて、夏休み中のダンス合宿のメンバーに選ばれていた。
2泊3日、山中湖周辺の施設で行う合宿で、夜にはバーベキューなどもするらしい。
「ママ、いってきまーす!」
「楽しんできてね!」
ワクワクした表情で合宿に向かった柚。夢中になれることがあるって良いなぁなんて、しみじみ。
「……よし、書こうかな」
柚を送り出し、机と向き合う。あのコンサート以降、なんとなく書く気が起きなくて、まだ今月の分のファンレターを書いていなかった。でも……もう3年も毎月続けている習慣をここで終わらせてしまうのは、ちょっと悔しい気もしてきて。
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Glowing Stars 優城光くんへ
横浜LIVE参戦しました!
最高にかっこよかったです。
幸せな時間をありがとう。
芙由より
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届いてるかなんて……ちゃんと読んでくれてるかなんて、分からないけれど。
それでもやっぱり、彼と彼らの存在に毎日救われていることは確かだから。
かっこよかったのは本当だもん。
エイッといつもより短めの文章を綴って。
いつもと同じように何度も宛名を確認し、ポストへと投函したのだった───
──2日後、ダンス合宿から帰宅した柚の一言で、私の心臓は一気に加速する。
「ママ、あのね、光くんが合宿に来たの〜」
え……?うそ……!
「それでね、ママが光くんのこと好きって、柚、光くんに言っちゃった!」
「………へ?」
「ひゃはっ、ごめんね、ママ〜」
いたずらに笑顔を作り、ケタケタと笑う柚。
「あ、あとね、光くんがママに言っといてって」
「………え?」
「コンサート来てくれてありがとう、だって〜!」
ドクドク……ドクドク……。
速まる心臓の音。
「あ、あとね。光くん、ママは泉くんが好きだと思ってたんだって!」
「え……?なんで……?」
「ママがね、青のペンライト持ってたからだって!」
………あ。
そういえばあの時……赤に戻すの忘れてて……
え!!
てゆうことは……?!
やっぱりあの時……私を見てくれてたんだ……。
「きてくれてありがとう」
……あれは……やっぱり私に?
───翌日…
私は再び、机に向かった。
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Glowing Stars 優城光くんへ
先日は娘がお世話になりました。
とても楽しかったようで
家でも熱心に練習しています。
光くんみたいに
沢山の人を魅了するダンスを踊れるように
なってくれたら良いなぁ。
芙由より
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前にダンススクールで会った後に書いたファンレターでは、柚のことには一切触れずに映画や新曲の感想をサラッと書く程度にしてたけれど。
でも、このときばかりは、あえてプライベートなことを書いてみようと。
なぜだかそんな好奇心がわいてきていた。
ちゃんと読んでくれてるのか……私の中で、勝手で自己満だけど、賭けに出たような気持ちだった。
そして私は初めて、同じ月に2通目のファンレターを投函した…──
───それからあっという間に2ヶ月が経った。
「……来るわけないよね…っ」
ダンススクールの待合室で、独り言がこぼれる。
自分がこんなにミーハーだったとは……さすがにビックリ。もしかしたらまた会えるかもと淡い期待を抱いて、毎週ちゃっかりオシャレしてここへ来てるなんてね……客観的に見ると、ちょっと寒気する……。
当たり前だけど、やっぱり光くんがダンススクールに顔を出すことなど、あれ以来全くなくて。ここに来るたび毎回ドキドキして、結局いつも少し凹んで帰る自分が、なんだか恥ずかしかった。ファンレターだって、読む暇ないに決まってるのに……。
そう思っていた……
その時だった…────
「お疲れさまーっす」
………え?!
大好きな……大好きな声がして、振り返る。
「……あぁ!よかった、やっぱいた」
光くんは待合室の隅にいる私を見るや否やそう言って、
「すいません、柚ちゃんのママちょっと借ります」
受付の女の子に、光くんはそう声をかけた。
そして、私を見ると……
「芙由さん、こっち、来てもらっても良いですか?」
そう言って、ダンススクールの外へ出て行った。
……え……待って……?
いま……芙由さんって……?
クエスチョンマークの浮かぶ頭と、ドキドキ騒ぎ続ける胸の鼓動。もう完全に、パニック!!
歩けてるのか、歩けてないのか、自分でもよく分からないまま光くんの背中を追う。光くんは駐車場の一番隅に停めてある、黒い高級車の後部座席のドアを開け、私に入るよう促した。
「……あの……私……良いんですか……?」
「ははっ、大丈夫です。ここ通りから見えないんで」
混乱して訳が分からないまま、言われた通り後部座席に乗り込む。
光くんは運転席に座って、後ろを振り返ると……
「あ……先に一つだけ言わせて下さい」
何やら真剣な顔で、真っ直ぐに私を見る光くん。水分を多く含んだ真ん丸の瞳。一瞬だけ目を合わせたけれど……それ以上見ていたら泣いてしまいそうで、少し視線を下にずらして、頬のあたりをじっと見た。
「──俺、ファンの人とこんな風に個人的に話すの、芙由さんが初めてです。もちろん車に乗せるのも」
「………え?」
「すげーチャラい奴に見えるかなと思ったんで、いちお。笑」
笑ってるけど、それが嘘じゃないのは充分伝わる。
光くんにまた会えただけでも、光くんの車に乗れるだけでも、ファンとしては奇跡の出来事で……
自分の心臓の音だけが響く脳内で、何も考えられず呆然と彼の頬を見つめ続ける……。
「え……俺、ほっぺになんか付いてる?」
あんまり見つめ続けたせいか、自分の左頬を手で拭う仕草をしてる光くん。
「いえっ!何も付いてないです……!……とっても綺麗な……お顔です………」
……あ、やばい。ついつい心の声が。
「……ぷっ、ぷはは!笑」
光くんは、私の様子を見て吹き出した。
嬉しそうに顔をしわくちゃにして笑ってる。
この笑顔……大好きなんだよなぁ。見ているこちらまで幸せになれちゃうような、そんな満開の笑顔。
「……あの……なんで……?」
「ん?」
「……どうして……私の下の名前……?」
やっとの想いで口を開き、思い切って聞いてみた。
光くんは、「あぁ……」と言うと、助手席に置いてあった紙袋を、斜め後ろに座る私に手渡す。
中身を見て………驚いて、顔を上げる。
ばちりと目が合って……息をするのを忘れた。
「最初に会った時、言ってくれれば良かったのに」
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